うっすらとした藍色の空気が
相応の冷たさを持って道行く人々の肌を刺す





ぞろぞろとまばらに移動している人の群れにまじり





「新ちゃん、まだ大丈夫そう?」


「ええ、火はまだついてませんよ姉上」


しめ縄門松などの縁起物を入れた袋を持参した
志村兄弟が やや早足で指定の場所へと向かう





周囲に燃え広がるものがない広々とした場所で


ダルマをてっぺんに括りつけた高い木組みの
塔の周りにも 無数の袋や縁起物が積まれていた







…昔からの習わしとして


正月に使われた飾りは七日に外され


小正月と呼ばれた十四日から十五日


地域によっては第二日曜日ないし月曜
あるいは三月の中頃に


竹や松などで出来たいくつかの塔の周りへ
持ち寄って火をつけ、盛大に燃やされる





昨今では風習の類は少なくなっているものの


この行事は今でも各地で残っており、故に
集まってくる人の数もそれなりに多かったが





あら、新八君にお妙さん」





マフラー・手袋・帽子にダウンコートという

完全防備な黒髪美女…もとい美男は人混みの中でも
ハッキリ見つけ出せる程度には浮いていた





さんもどんと焼きに来てたんですか?」


「ええ…がどうしても塞の神(さいのかみ)
餅を食べて欲しいって言うから」


「賽の神?どんと焼きですよね、コレ」


「そう呼ぶ地域もあるみたいですよ」





早く点火始まらないかな、と手をすり合わせながら
眉をしかめる彼と分かれて


二人は近くの塔に積まれた縁起物の山へと歩み寄る











「地味でも伝統行事は伝統行事」











「いろんなモノがありますね」


「絵馬に破魔矢に熊手…これはダルマね」





適当な位置に、自分達の家に飾られていた
正月飾りを置いてから


新八がそちらへ視線を向けると





「…姉上、このダルマ何か変じゃありません?」


そう?何だか愛嬌があってカワイイじゃない」


「いや愛嬌があるってーか見覚えがあるってーか」


一抱えほどの…エリザベスの顔をした
ダルマが縁起物に囲まれて転がっていた





よく見ればそのダルマのすぐ側にも点々と
同じものがある事に気がつく





「って何でエリザベスダルマがこんなに!?


「全く嘆かわしい限りだ」


そう言ったのは、いつの間にか隣で
腕組みしていた桂である





びっくりして身を引いた新八に構わず

彼は不満気な面持ちで続ける





「おじさんが極秘ルートで特別に仕入れてくれた
開運エリザベスだるまに誰も見向きもせん」


「やっぱアンタが持ち込んだのかよ!!」


「在庫といえど粗大で出すワケにもいかんし
せめて縁起物として燃やそうと思ってな」


「伝統行事ゴミ捨て場にすんなぁぁぁ!!」


そうだぞ桂君!学級委員のクセに行事を
私的利用するなんてもっての外だ!」






と、当たり前のように妙の側に現れた近藤が
だみ声を桂へと浴びせかける





「その点オレはお妙さんの飲んだパックジュースの
ストローもきちんととっておいてある!」


「きちんと捨てろぉぉぉ!」


「それを捨てるなんてとんでもない!!」


「ならゴリラを捨てましょう」





華麗な回し蹴りを顔面に食らって


転倒した近藤へ、妙が更に追い打ちをかける
その流れは至っていつも通りだった





姉上ぇぇぇ!まさかここで燃やすつもりじゃ
ありませんよね?!」





粗大ゴミ遺棄から殺人幇助になりかねない事態に


待ったをかけようとする新八を





片手で押しとどめた九兵衛が、近づきざまに言う





「妙ちゃん、僕も手伝おう


いや止めて九兵衛さん!てかいたのね」


「書き初めを燃やしに来たそうな」


「書き初め?」





オウム返しにたずねた桂へ、餅の刺さった
長い竹を二つ担いだが無表情に答える





「知らぬのか?塞の神で燃した書き初めが
高く上がると、腕が上がると言われている」


「詳しいんですねさん」


「父上からの受け売りだ」





先程出会ったも目立つ容姿ではあったが


彼女も彼女で闇に馴染む暗い色の作務衣に
形状が違えど長物を手にした姿が


妙にしっくり来ていて、別の意味で浮いている





ついつい桂と顔を見合わせつつも
半笑いで新八が尋ねる





「その私服、寒くないんですか?」


「肌着もあるゆえさほどは
それよりも二人とも、早く餅を買った方がいい」


「餅なら先ほど町内会の人が作っていただろう」





首を振り、が黙って指を差す







塔から少し離れた位置にある仮設テントの
餅を作っていたであろうスペースは


無残なまでに破壊されていた





餅の在庫が入っていたであろう箱は散乱し
竹や松の枝はバキベキにへし折られ


わずかに無事な分ではとてもではないが
会場の全員に行き渡らないのは明らかであり


急いで追加の受注を行うおばちゃんの横で





「ちょっとちょっとお嬢ちゃん!
ワンちゃんのしつけぐらいちゃんとしといてよ!」


「定春〜投げた棒と餅の箱だけ取ってこなきゃ
ダメでしょ?めっ!


誰かぁぁ!この子の保護者か通訳呼んで!!」





モグモグと口を動かす巨大な白い犬の傍らで

説教を受けながら犬を叱る神楽が


「原因アレかぁぁぁぁ!」


「ぬ?どうした桂ど定春くぅぅぅん!
その肉球をモフらせてくれぇぇぇぇ!!」






止める間もなく、身を震わせた桂が
一直線に駆けていった







騒ぎがより大きくなったのは言うまでもない





「何がしたいんだあの人は…ってアレ?
姉上と九兵衛さんは?」


「縄を探しに勲殿を引きずって向こうへ」


「そ、そうですか ありがとうございます」





二人が点火に間に合いませんように、と
祈りながら連なる塔へと視線を戻すが


どうやら奥の方で何か揉めているため
点火が遅れているらしい





なんだろう、と二人が見に行くと







そこには縁起物の片隅に積まれたエロ本

空気の抜けたビニール人形数体とを指し示し


捨てた本人だろう銀髪とアゴヒゲ教師を
睨みつけている黒髪のクラスメートがいた





「迷惑になるんで、こーいったゴミは
各自持って帰って捨ててください」


「ゴミじゃねぇよ供養だ供養
人型のモンにゃ念がこもるって言うだろ?」


「いや服部先生のは純然たるゴミでしょ
オレのは世の男どもの夢がこもってるから
半端な捨て方しちまったら悔いが残るっつーか」


「そゆ事言うか、アンタもゴミ捨てそびれたから
ちょーどいいとか言ってたじゃん」


「お前らを粗大ゴミにしてやろうかぁぁぁ!」





ダメ教師二人の言い分に苦労させられている
土方に同情しつつも


関わり合わないよう、こっそりと距離を





取っていた新八になど全く構わず
が声をかけていた





「先生、ビニールは燃えにくいので
積むのはやめていただけませぬか」


「いやツッコむトコそこじゃねぇ
…ってお前来てたのかよ!」


「来てはいかぬか?」


「いけなかねーがコートなりマフラーなり
も少し着こめ、風邪引いても知らねーぞ」


「心遣い感謝いたす して十四郎殿
兄上を見かけなんだか?」


「あん?さっきその辺にいたの見たから
まだ近くにいるんじゃ」





言いさして、彼は自分が先程まで注意していた
大人達がいやらしく笑っているのに気づいた





あっれー?ずいぶん態度違うじゃねーの」


「ちんちくりん相手に色気づいちまって
案外溜まってんじゃねーの?学生さんよぉ」


「すました顔してツッコむだのイケないだの
すこーしやらしくないですか風紀委員さーん」


「「やらしいのはオメーらの思考と
置いてってるわいせつ物だぁぁぁ!!」」






男子中学生のようなやり取りに対しても


微塵も動じずが口を開く





「先生方も意外と信心深いのだな」


「バカ言うんじゃねー オレぁ甘酒がタダで
たらふく飲めっから来てんの、あとゴミ処理
でなきゃ誰がこんなクソ寒い中うろつくかっての」


「オレは一応縁起物も置きに来てるぞ
妹は、こういう行事にゃ熱心なのか?」


無論 各地を流転していても塞の神は
兄上と参加するよう務めている」





兄の健康を願い緑眼を輝かす少女を


ふーん、と興味なさげに見下ろしながら
服部は言葉を続ける





「まぁ風習を大事にするのはいい心がけじゃ
ねーの?無形重要文化財になってるトコあるし」


「そうなんですか?」


「しかも一箇所じゃないからな、どうだ?
一つ賢くなったろお前ら」


「勉強になりましたがゴミは持ち帰ってください」







ともあれ両者の置いていったわいせつ物は
当然ながら撤去され


今年の干支生まれの小学生を伴っての

代表者による点火が始まった





「結構勢いよく燃えてんなー」


「ガソリン染みこませてありますからね

備えはしとりますが、竹が跳ねますんで
あんまり近寄らんようにしてください」


「だってよ〜兄貴探しに行くのはいいけど
気ぃつけろよお前


「何故ゆえ私に言うのです…新八も
何故に妙な顔をしているのだ」


「あはは…」





あっという間に炎が塔の表面を舐めて走り


ポンポンと軽く爆ぜる音を響かせながら
先端がたわんで傾ぎ、崩れて炎に巻かれる様を





眺めていた人々は次の瞬間





洪水のように吹き出した色鮮やかな火花
度肝を抜かれて逃げまとう





ぎゃああぁぁ!ケツに火があぁぁぁ!!」


「爆発!?」


「誰だ花火なんて捨てたヤツはぁぁ!!」





即効で消防車による消火活動が行われ





え!?コレ日本でのお祭ですよね?」


「だからって花火はねーだろ!今一月だぞ!」


「祭りだって聞いたから、せっかく派手なのを
入手したのに…」


「そーいう演出はいらねーから!!」


花火を仕込んだらしい留学生カップルが
隅っこの方で正座させられていた





「…大丈夫なんですかね?服部先生」


「心配ねーだろ、むしろ今の炎で
ケツの厄も清められたんじゃね?」





気を取り直し、別の塔へ点火が行われ


高々と上がる炎から煙がたちのぼり
灰と火の粉を巻き上げて散らしていく





紅蓮と呼んでも差し支えのない輝きに


集まった参加者のほとんどが見入り


携帯や三脚付きの一眼レフカメラで
撮影する者も、ちらほらと見かけられた









やがて火の勢いが段々と落ち着いてきて


残った塔への点火とともに、腕章をつけた
係の者が大声で呼びかける





はーいもうお餅焼いて結構ですんで〜
近づき過ぎないよう注意して焼いてくださいね〜」


「あ、もうお餅が焼けるみたいですよ」





声をかけて新八は、さっきまで側で
燃え盛る塔を眺めていた銀八がいない事に気づく


が わざわざ探すまでもなく





あ゛ー寒かった〜オヤジ、もう一杯」


「勘弁して下さいよアンタこれ5杯目ですよ?」





宣言通りに銀髪天パが配布甘酒をおかわりしまくって
並んでる人々のひんしゅくを買い





「総悟お前 何で餅じゃなく
くさや持ち込んで焼こうとしてんだ、クセっ!


「土方さん家のポストにでも突っ込んどこうと
思いやして威力倍増しとこうかと、うわクセっ





大量のマヨにまみれた餅を手に
異臭騒ぎを起こす沖田へ怒鳴りつける土方や





「焼き終わったぞ、次は誰だ?」


「3分内ニミディアム・レアデ焼ケヨ」


「分かった 焦がすか」


「サクット要望無視スンナヤ!」





長蛇の列の先頭で、いい具合に焼けた餅
竹ごと渡したが次の分を受け取り


何事もなかったかのように振り返って


ちろちろとくすぶっている炎の前へ
餅を突き出しクルクルと回し始める光景が


「何やってんだアンタらぁぁぁぁ!!」





ツッコむ新八の叫びもむなしく


非難の声にも構わず干物を焼いていた
沖田が彼女の方へと近づいてくる





「あー熱ちぃ、やっぱ面倒くせーわコレ
おいこれ炙ってくんね?」


「チョッ!クサッ何持ッテキテンダヨ!」


「困るよ沖田くーん順番は守んないと
あと一本五十円だ…クッセぇぇ!うおえっ





なだめようとしていた長谷川があまりの臭気に
えずきだし、並んだ人々も散っていく





「総悟テメェいい加減にしろよ!
そのくさやは没収だ…ってコラ逃げんな!







しまいには燃え尽きかけてる塔の周りで
くさやをめぐった追っかけっこに発展





させようとした張本人の竹を


自らの竹を槍代わりに跳ね当てて弾き飛ばし

空中でキャッチしようとした





「お主ら塞の神を何だと心得」


言葉半ばでキャッチしそこね、頭に直撃を
食らってその場に倒れ伏す






そうしてあまりにも目に余る数々の行為に





「お前らどこの学校の生徒だぁぁ!」





怒り心頭となった町内会の面々によって


騒ぎを起こした者達を筆頭に


会場にいた3Z生徒全員と担任が仲良く
正座させられたのだった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:久々の大勢出演だからか、がちゃがちゃ
騒ぐだけの話になっちゃいました


銀八:いかにも"いつもはちゃんと書いてます"
って言い方してんじゃねーよ、いつも大体
こんなだろ?いつもグダグダだろ?


妙:先生だってグダグダの一旦を
担っていたんですから同罪でしょう?


キャサリン:オメェラ二人モゴリラノ投棄
説教サレテタロ オカゲデ私モ連帯責任ダヨ


長谷川:なーいい迷惑だよな〜
せっかくお兄さんの餅焼いてたちゃんに
協力してもらって稼いでたってのに


銀八:それはこっちの台詞だっつーの、あと
ヅラは今すぐ髪切って燃やしてこい


桂:訴えますよ先生 毎年飽きないんですか?


新八・土方:反省しろお前らぁぁぁ!!




正式には左義長(さぎちょう)とも言うとか


様 読んでいただきありがとうございました!