厳しい門前をくぐった直後
「片メガネ殿、話があるのだが」
出待ちしていた目立たぬ色合いの作務衣に
身を包んだ少女に呼びかけられても
異三郎は大して驚きもせずに答える
「分かりました 少しお待ちいただけますか?
話せる場所を設けますので」
「すぐに済む故ここでも構わぬが」
「アナタと違いエリートには都合があるのですよ」
にべもなく一蹴され、仕方なくは
直立不動で待機する
三十分程前ぐらいまで彼女は
手紙を届けたついでに城内に留まって
江戸に越した外国からの少女や、同じ寺子屋へ
通う同級生を意識し始め
"カッコイイ男"を目指したいらしい晴太に
煮干しの差し入れを行った話を
請われるまま、そよ姫へ披露していたのだが
[今ちょうど奉行所で仕事中だお!(・ω<)
たんは今何してる?メールしてネ☆
P.S ノブたすを見かけたら
戻ってくるように伝えてくださいm(_ _)m]
こんな感じのメールと場所の写メが送られて
眺めていると、ひょこりと覗きこんだ姫が
思い出したようにこう言う
「そう言えば見廻組の局長さん、先日の辻斬りの
一件が片付いたのはいいけど 半端に間が開いて
困るって言ってましたよ」
「…そうなのですか?」
「はい お城からもそう遠くないみたいですし
さんも差し入れを持っていけば喜ばれますよ」
ニコニコと笑うそよ姫が
公用で従者に連れてゆかれるまで
神楽と遊ぶ約束の伝言を承ったり
万事屋の面々の近況や 時には無茶ぶりに
応え続けてたは
城を出てから、さほど悩む事なく
姫の情報とメールの写真を頼りに
奉行所門前で 出待ちを決行したのであった
「ヒマを持て余したヤツは面倒くさい」
案内された応接室で差し向かいの席をすすめつつ
「そちらも何かと忙しい間を縫って
わざわざ会いに来てくださってご苦労様です」
頭を下げた異三郎に習って、も頭を下げる
「手短に済ませてくださると言う事ですので
短い間なら、お話に付き合いましょう」
「それは助かる」
席について間を置かずに
「あ、そうだ頂きもののお菓子がありますが
よろしければお一ついかがですか?」
彼はいかにも高級そうな菓子折り箱を取り出す
「気持ちだけ受け取っておく」
「遠慮なさらずとも結構ですよ、エリートたるもの
広い懐で市民と接するのが礼儀ですから」
箱の内側で区切られたスペースには
一つ一つ 透明なフィルムで包装された
焼き菓子が品よく収まっている
「おいしいんですよ?
完全予約制で数量限定の人気商品ですから」
「…ドーナツといいお主も甘味好きか」
「頭を使うのに糖分はかかせませんからね
甘いモノは苦手だったりします?」
「さほど食べぬな」
"お好きにどうぞ"とばかりに勧められるが
少女の手も目も微動だにしない
「心配せずとも毒などありませんよ」
「だいえっと中だ」
表情も声色も変えずに露骨なウソをつかれ
「エリートの好意を無下にするとは…
全くもって、損なご性分ですね」
度し難いと言いたげな眼差しを送って
異三郎はフタをした箱を一旦手元へと引き戻す
「すまぬな、で早速だが」
「おっと失礼」
振動している携帯を彼がすかさず取り出し
操っている合間
は口を閉ざして大人しく待つ
「お待たせしました」
「む…それで話は他でもない」
「何分エリートですので部下への指示なども
迅速に行う必要がありまして」
「それは大変だな」
「いえいえ、先日の件でのアナタ方程では
ありませんよ…土方さん達へご協力なさったそうで」
「関係なかろう、こちらの要件は」
「そう急がずとも、まずはお茶でも飲んで
落ち着きなさい」
話の腰を折られた不満をぐっとこらえながら
彼女は出された香り高い緑茶をゆっくりと
一口すすってから、呟く
「うまい」
「当然でしょう、しかし仮にも女性なのですから
"おいしい"と言ってくれませんか?」
「余計なお世話だ」
「のぶめさんでも言える事がどうして言えないのか
はなはだ理解に苦しみますね」
返事の代わりにお茶をもう一口飲み込んで
茶碗を置くと口を
「話題にして思い出したのですが、メールでも
書きましたがのぶめさん見かけませんでしたか?」
見計らったような問いかけに
は、一旦口を閉じてから首を横に振る
「そうですか…一体何をしているのやら」
「その内戻るのではないか?」
「問題はそこではありませんよ、もしこの後
見かけたら連絡するよう伝えてください」
不承不承頷きながら、少女は胸の内でだけ
"出来れば会いたくない"と呟く
「さて、さんとこうして対面するのは
病院でのお見舞い以来ですよね」
「…あの時は驚いた」
万事屋の面々を筆頭にささいなキッカケで
大勢の人間が巻き込まれた 将軍家のお家騒動にて
重症を負った異三郎は事件後しばし入院していた
その際、ヒマを持て余したらしいメールが
届いたのを見兼ねて
不本意ながらも借りがあったは
手土産を持って見舞いへと赴いた事があるのだが
病室へ向かう途中で足を滑らせ
階段落ちした挙句に外へと放り出されて
木に引っかかった状態での三途行きとなって
助けだされた直後に通りがかった彼とかち合い
『アナタは見舞いに来たんですか?それとも
見舞われに来たんですか?』
『出会い頭の言葉がそれか』
挨拶代わりに嫌味をひとつもらっていた
その後もしっかりとした足取りで歩く相手の隣へ
ある程度の距離をおいて並びながら
『存外しぶといのだな』
『お互い様というヤツですよ』
『病み上がりの割には達者そうで何より』
『エリートですから鍛え方が違うのですよ
例え、今この時に暴徒に襲われたとしても
アナタ程度の相手なら倒せます』
『大した自信だな片メガネ殿』
『試します?』
『怪我人を相手取って自慢になるものか』
無表情同士で淡々と繰り広げていた
物騒極まりない会話を思い出し
少女はこう言葉を続ける
「お主にも血が通っていたとはな」
「相変わらず歯に衣着せぬ物言いですね
私が機械か何かだとでも?れっきとした人間ですよ」
「そうだな、機械の方がお主より人間らしい」
割合本気で言われたその一言は、かなりの
破壊力を伴って相手の耳へ届く
「…流石に傷つきますよ?エリートの私でも」
「そんな事よりも、要件に入るが」
「もう少し礼儀を弁えてくださいませんか
何でしたらメールでマナー講座のアドレスをお送り」
埒が明かないと思ったのか
発言を無視しては、懐から取り出した
真新しい携帯電話をテーブルへと置き
ずいっと異三郎の方へ押しやって言った
「機械を返す故 縁を断たせてもらう」
「…メル友を止めたい、という事ですか?」
否定せず、顔色一つ変えないまま彼女は続ける
「支払い先を教えてくれると助かる」
"今まで紛失・破損した携帯電話の代金を
全て返済する為に"という主語は
幾度と無く繰り返されたので必然的に省かれていた
深い溜息をひとつつき、異三郎は眉間を揉む
顔を合わせる度 先程も言った通り"幾度と無く"
同じ文言を繰り返されていたので
要件などは会った時点から既にお見通しだった
が、慣れ合うつもりがないせいか話しかけても
逐一返答が素っ気ない上に
機械音痴ながらも律儀にメールを返そうと
奮闘し学んでいたメル友の離反は
彼にとってあまりにも面白く無い事態で
「…いいですよ」
緑眼を輝かせた相手を手の平で制し
ただし、と言葉を付け加えた異三郎は
あくまで冷静に"条件"を口にした
「アナタから私の口へ接吻出来たならば
仰る要求を全てのみましょう」
言われた当人がその意味を理解するのに
数十秒ほど時間がかかった
「…は?」
「耳が遠いんですか?もう一度言って
差し上げましょうか、アナタから私の口へ」
「いや聞こえているが」
「でしたら結構、これでも忙しい身なので
手早く済ませていただけると助かります」
まったくといって態度の変わらぬ相手とは逆に
「お主頭でも打ったか?よもやそのような
世迷い事を口にするなど…」
問う彼女は眉間にシワを寄せて僅かに身を引く
「縁を切りたいと言ったのはそちらでしょう?
キスの一つで成立するなら安いものじゃありませんか」
「魚の話などしておらぬぞ」
「携帯の話しかしてませんよ、頭でも打ちましたか?」
「混ぜっ返さんでくれ」
反論すれど一向に動く気配もなく
更にしばらく様子を見ていても、は
テーブル上の携帯に視線を落として黙っていたので
「思い切りが悪いですね」
立ち上がり、異三郎が行動を起こす
とっさに逃げようと身を引くが腕を捕まれ
同時にもう一方の手で肩を固定し
抱き寄せるようにして引っ張りあげられたため
少女は、今にもテーブルを乗り越えかねない
不安定な姿勢で顔を突き合わせていた
「なっ、何をするか!」
「この距離なら楽でしょう?それとも
携帯電話を返すのが惜しくなりましたか?」
どれだけもがこうとビクともしない上に
息がかかるほど間近で見つめ合っての現状は
さしもの鉄面皮も崩れざるを得ず
「…む、無理、だ…分かった私の負けだ!
だからもう勘弁してくれ、頼むから」
困惑して焦る姿を見て
珍しく彼は、楽しそうにクスクスと笑いだした
「冗談ですよ、アナタがそういった事に
不得手で出来やしないのは分かっていました」
言いつつ手を離すと、がすかさず
部屋の端まで距離を取ったので
余計に異三郎の機嫌はよくなるばかり
「…性質の悪い冗談はよしてくれ」
「スミマセンね、エリートな気遣いを無視した
発言が続いたので退屈でつい」
「ならば携帯でもいじっていればよかろう」
「一対一で会話する時ぐらいは弁えますよ」
相手が座ったのを見届けて
警戒しながらも席へと戻るだが
「しかしさんの反応が予想外に楽しかったので
少しクセになってしまいそうですね」
意味ありげな視線と言葉とを投げかけられ
思わず一瞬だけ全身を強張らせた
「…本当に、嫌な男だ」
「お褒めに預かり光栄です」
片眼鏡越しに、わざとらしく時計へ視線を走らせ
「さて、そろそろ仕事に戻らねばなりませんが
話はおしまいという事でよろしいですか?」
異三郎は 時間切れを告げる
「……致し方なし」
携帯をしまって席を立ち、部屋を出て
出口へ向かう途中
「せっかくですし、持ち帰ってご自宅で
お食べなさい」
フィルムに包まれた焼き菓子を二つばかり
手の平に乗せられたので
は、瞬時目を丸くする
「しかし、私は受け取る義理など」
「いい暇つぶしになりましたし、メル友の好意は
素直に受け取るものですよ?何よりお土産に
持って帰れば お兄さんも喜ぶと思いますよ」
何とも言えない眼差しを送られつつも
「感謝いたす」
今度は菓子を受け取ったのを見て、似たような
無表情の彼は口角を釣り上げていた
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:死神篇については、朝右衛門さんが
銀さんらと街中逃げ回ってる辺りで巻き込まれます
…が長編には起こしません
そよ姫:え〜?書けばいいじゃないですか
狐狗狸:他の原作長編同様にどこかで簡潔に
一件を語る予定ですので、無茶振りせんで下さい
異三郎:似たり寄ったりの展開を書くだけの
技量しかないと大変ですね
狐狗狸:的確な台詞で心抉るな、一国傾城
アンタだけ出番格段に減らしたろか
異三郎:アナタごときがエリートの出番を
削れるとお思いですか?身の程を知りなさい
狐狗狸:嫌われた腹いせはみっともぎゃあぁぁ!
そよ姫:まあ!スゴい身のこなしですね!
神楽ちゃんやさんみたーい!!
…何とも不穏な感じに仕上がりました
様 読んでいただきありがとうございました!