天気予報で台風の接近を知っていたので、朝方の
この大雨と暴風は予想の範疇だった





「けど、ここまでスゴイとは…」





かすめていく程度にもかかわらず


庭先の地面は沼のようにドロドロになり


吹き荒れる風に、太めの枝やら誰かの傘やら
トタン屋根やらいかがわしい看板が飛ばされ


台風一色になっているTVのニュースを

新八は浮かない眼差しで眺めている





「ホントに夕方までに止むのかなコレ
ああそうだ、万事屋にも電話しとかないと」







多少のグチと逼迫した食糧問題についての
話をされつつも銀時に欠勤の旨を伝え


居間に戻ってきた辺りで





視界の端を何かが掠めて、ふと窓へ目を向ければ





うなり続ける強風に煽られて高々と空を飛び


庭へ落ちる作務衣姿の少女が目に止まる





「ああ何だ、さんが飛んできて落ちたのか」


だがこれもまた予想の範囲内のため、新八は
特に驚きもせずに手元の茶をすすって





時間差で茶を吹いて窓へ振り返る


「いやいやいや!大惨事じゃん!?











「予測してても回避無理だろコレは、と」











…と、ノリツッコミで叫びつつ二度見した窓だが


転がっていたのはボロボロの黒いこうもり傘のみ





「よかった見間違いか…」


考えすぎだよな、と自らの思考をたしなめつつ


実際起こったとしてもフラグとして
成立する程度には現実味のある己の妄想に
どことなく嫌な予感を覚えたトコロで





玄関を激しく叩く音が耳に入ったので





半ば覚悟とともに開いたら、倒れこむようにして
ずぶ濡れのが顔を出した


「だ、大丈夫ですか?」





ある程度予想していたが とりあえず意識の有無を
確認すべく呼びかけつつ身体を支え


その支えていた腕を勢い良く掴まれ


新八は小さく悲鳴をあげる





「案、ずるな…いつも、の事、ゆえ」







手は氷のように冷たく 下から持ち上がった
顔色は死人一歩手前


苦しげな息の合間から途切れ途切れに漏れる声も
相まってその様相は


彼女の嫌う二つ名に、とても良く当てはまっていて





"カンベンしてくれ"と新八は内心半泣きになる





「は、ははは放してください!ととととにかく
なんでまたウチに!?」


「戻っ、ばかりで、不安だ、行かねば、兄上


「毎度の事ですけど落ち着いて順に話して下さい
ゆっくりでいいですから あと手も放して」


「ああ…スマヌ、感覚が鈍くて…アレ?父上が見」


「意識は手放さないでぇぇぇ!!」





危なっかしいやり取りを繰り広げながらも

少しずつ意識がハッキリしてきた


あまりにもヒドい台風の様子に兄が心配になり


外へと出て道を歩いていた際、風に煽られて
屋根とともにふっ飛ばされ





そこから意識が飛んでいつの間にか三途へ行き


どうにか我に返り、朦朧とした頭で辺りを
ふらついていたらココに辿り着いた…と語った







当人の呼吸が整ってくるのに比例して
手を放してもらった新八も落ち着きを取り戻し


通常運転すぎるの行動に頭を抱える





自分が死亡フラグの塊だって自覚してくださいよ!
いや、自覚がなくても普通はこんな天気で
外に出ようなんてしないでください!!」


「しかし連絡も雑音に邪魔された挙句切れたし
もしも兄上に万一があったら…!


「それって台風の影響じゃ…いやちょっと何で
玄関から外に出ようとしてるんですか!?」


「邪魔してすまなんだ、私は行く」


「行くなぁぁぁ!」





このまま荒れ狂う天候の中
外をうろつかせたら、確実に相手は死ぬ



すがりつく新八が抱いた懸念は確信に近かった





「止めてくれるな新八!」


気持ちはわかりますけど確認とりましょ!
冷静になってさんに確認し直しましょ!?」





死に物狂いで引き止められたからか


思い直したが兄へ連絡を取り直すと
あっさり繋がり、店にいる事まで確認が取れ





『それにしても何で家から出ちゃうかな
僕あの後、家にも電話したのに』


申し訳ございませぬ!この失態命に変え」


『なくていいから…しょうがないから
君も雨宿りしてから帰りなね?無茶はダメよ』


了承ナシ?!いや別に構いませんけど!」





ひとまず台風が過ぎるまで、つかの間
彼女は志村家にご厄介になることとしたようだ







「迷惑かけ通しですまぬな」


全くですよ…まあ過ぎた事は
もういいので、お茶でもどうぞ」


「かたじけない」





両手で湯のみを持ってすする仕草や


温かい室内の空気とお茶に、平素の無表情を
わずか緩ませたを見て


うっかり和んだ新八は 同時に自問自答する





(この人、僕より一つ上のハズだよね?

なのになんだろう…この心の底から沸き上がる
"親戚の子供を預かってる"感)





借りたタオルで髪を拭くため三つ編みは解かれ


ドロドロだった作務衣も、スナックにいる妙に
許可をもらって貸してもらった着物に変わっており


軽く別キャラみたいになっているから、と


答えは導き出されるのだけれども







『新ちゃん、ちゃんにヘンな事しちゃダメよ?』





電話口での妙の言葉を思い出し


しませんよ、と同じ言葉を脳内で返して


とりあえず彼は向かい合っている
彼女と世間話に興じる





「朝からこの天気だと、おちおち外に
出歩けなくて大変ですよね」


「うぬ ろくに鍛錬も出来ぬからな
お主も難儀だろう?」


「ええまあ、ただしばらく家の中にいるなら
出たばっかのお通ちゃんの新曲を完コピしたり
振り付けとか自主練に励もうかと思ってましたけど」


「熱心な事だ、私には気にせずやるといい」





とは言うものの知人といえど客が来ている状況と


その客がある意味油断のならない相手で
ある事が、新八には引っかかっている模様





「そう言ってもらえるのはありがたいんですけど
さすがにさん一人にしてそれをやるのは…」


「ふむ…なら私は代わりに掃除や洗濯を
行って時を潰せば問題なかろう」


何がどうなってそこへ行き着くんですか
大人しくしててくださるだけでいいですから」


「身体が動かせないと落ち着かぬのだ」





外が大荒れなこの日にウチの中にまで嵐を
呼びこむのはカンベンしてくれ!



と言いたげな雰囲気にじませ遠慮していたけれど





微動だにしない表情で、少しでも
役に立ちたいだの 邪魔は決してしないだのと


一歩も譲らず言い続ける態度に





「ああもう分かりましたよ好きにして!」


新八もとうとう根負けしたのであった









自室を含め、動かしたり触れてはいけない
モノや箇所などをひと通り説明し


ある程度の分担を決めて





「じゃあ何かあったら呼んでください
あと何も壊さないでくださいよ?


「分かっている」





不安半分でへ仕事を任せ


言われた通り、自室にこもってCDをかけ
身体を動かし始めた新八だったが







風雨の音とお通の歌声が響く中


結局気になって練習に身が入らず
プレーヤーを止めて恐る恐る様子を見に行く





「また三途に行かないとも限らないし…」





棚の上にある本とかが頭に落ちて
打ち所が悪く、そのまま…


或いは風呂場なんかで足を滑らせ以下略…


もしくは今この瞬間、縁側の廊下辺りを吹いてて
窓を割った石か何かの直撃を…





ありふれたパターンしか出てこないが


それでも"倒れたと血に染まった床"
固定されたイメージとして浮かび上がっていて







ぬ?どうかしたか新八」





だからこそ、担当させた場所の掃除が
しっかり終わっていたのと


手順よく洗濯を行っている彼女の姿に驚かされた





あ!いえその、掃除終わったんですね」


「無論だ、しかしこうして家事を手伝うのも
居候させてもらった時以来だな」


「そそそそうですね、あの時はまぁ僕の方も
色々あってあまりお構い出来ませんでしたけど」


「何、厄介になっていたのはこちらだ」





そこでぼんやりと彼は、その時の事を思い出す





料理の腕は芳しくなかったけれども


積極的に参加していた掃除と洗濯は
意外と、問題なくこなしていたような





今とて袖を少し端折り、下着や汚れのヒドい
衣服をせっせと手洗いしていて







屈みこんで熱心に作業するその背中や横顔に
家庭的なモノを連想した直後





メガネの奥の瞳が揺れたのを自覚し


あわてて呪文を唱え始める


「アレは能面アレは能面アレは能面アレは能面
アレは能面アレは能面、アレは能面っ…!


「すまぬ水音で聞こえなんだ、何か言ったか?」


「いえ何でも…ってそれ僕のパンツぅぅぅ!


「む、紛れ込んでおったか 確かお主の
洗濯物は自分でやるのであったな」





真顔で謝りながら何事も無く差し出された
下着を握りしめる新八の胸中では


どこまでも普段通りの彼女に対して


ホッとしていいやらその男前ぶりに嘆くべきやら


複雑過ぎる気持ちが沸き起こっていた










再び部屋に戻ってCDをかけ直す





しかし歌詞や動きが頭に入ってこないので
振り付けの方は早々に諦めてしまった


垂れ流しにしたお通の歌声に聞き入り


小さな声で歌詞を追っていて





「終わったのだが、茶はいるか?」


「あ、はい!お願いします」





襖の外へつい反射的に答えてから、しまったと
頭を抱えて新八は思う


何やってんだ僕は…いつも通りでいいじゃん

髪型と服が違うだけでアレさんだぞ)





二人きりという現状のせいで意識するのか?と


続けて問いかけ、いまだ荒れている空模様を
睨みつけたりもしていたけれど





台風も茶を持って来たも消えはしなかった





お主も妙殿が気になるか…私もだ
早く天気が落ち着くといいな」


「ええ、そうですね」





肺がしぼむほど息を吐いて、熱々のお茶を
もらうついでに彼女へ訊ねる





「いつもはその…さんと家にいる時
どんな感じで過ごしてるんです?」


「お主の家とさほど変わらぬが?
というか、よく家に上がるから知っておろう」


「ああ、そうでしたね」





不思議そうに首を傾げる少女には


話を振った新八の心境など分かるはずもない







と相対している時には大抵


銀時や神楽を始めとする見知った顔が側にいて

騒がしかったり、当人がブラコンぶりや
死亡フラグなどを発揮していて


流されながらもツッコミ入れるのに精一杯で


大して意識などした事はなかったのだが





姉の着物から伸びた腕は、目を凝らせば
傷があるけれども女性らしくしなやかで


黒く艶やかな髪も自分よりは小さな肩も





手を伸ばせば、届きそうで









ところで、その格好は寒くないか?」





問われて、とっさに動かしかけた手を引き


やや上ずった声で新八は胸を張って答えた





「これはお通ちゃんを陰ながら護り続ける
男の勲章ですからね!お通ちゃんへの愛
あれば むしろアツさで寒さを襲い返せますよ!」



「なるほど…鍛錬も怠っておらぬようだし
相当に鍛えているのだな」


鍛えている、の一言と共にさらされた胸元や
腕のあたりへ視線が送られたのを見て





勝手に上がる顔面の温度に耐えながら


お通親衛隊としての己にあるまじき精神だと
声に出さずに自分自身を叱り飛ばす





だがそんな内情を知らぬは容赦がなかった





「出来れば日を改めて手合わせ願いたいが」


つつしんでお断りします、てか僕が
勝てるわけないじゃないですか!」


「そうとも限らぬぞ?お主も日々成長してるし
それに命までは狙わ」


「勝手に命(タマ)取ろうとすんなぁぁぁ!」





全力で拒否をする彼の心もまた


血を吐くような叫びをあげていた





(台風早く過ぎろぉぉぉ!これ以上
持たなくなっても知らんぞぉぉ!僕が!!









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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:結論からいいますが、台風は夕方まで
過ぎず代わりに新八の神経がすり減りました


銀時:据え膳がこれじゃヤる気出ねぇのは
分かるけど、この状況で何もしなかったのかよ
がっかりだわーマジありえねぇわー


神楽:好シチュエーションを生かせず散るとは
やっぱ新八は新八アルな


新八:どう転んでも非難しかない!てゆうか
善意だとしても頑固すぎだよあの人ぉぉ!


狐狗狸:お兄さんが心配過ぎる気持ちを
紛らわしたい部分もあったんじゃね?台風だし


妙:店の女の子達やお客さんも
収まるまで不安そうにしてたものねぇ


神楽:あれはかなりヤバかったネ、むしろ
外へ出た色んな意味でヤバかったアル


銀時:まーアレだ今回は人災ってコトで


新八:…銀さん今、完全に"厄介モンが
来なくて助かった"
って顔してましたよね?




マトモに考えたのに生殺しでゴメンなさい
銀魂でおねショタなんて成功せんがな


様 読んでいただきありがとうございました!