冬が未練がましく縋っているかのような強風が
ようやっと鳴りを潜めて


葉桜も散る花より葉の方が青々と茂り始める





早々と散った花弁は水路や路肩の溝へ溜まりながらも


気まぐれに吹く風に巻き上げられて薄紅色の
小さな流れのように軽やかに転がってゆく





そんな景色に不釣合いな、くっきり際立つ緑色を





「…ずいぶんとでけぇ落しモンだな」


拾い上げ、あちこち眺め回しつつ高杉は呟く





折り畳み式ながらも真新しく、飾り気のない
携帯電話をややぎこちない手つきで操作し


画面に表示された文字を見て…





なるほど、相変わらずじゃねぇか」


お馴染みの笑い声を零しながら納得して


笠の位置を直し、彼はある場所へと足を向ける







――――――――――――――――――――





玄関の石畳の前に、見つからなかった携帯電話が
ぽつんと置いてあった





「ぬ?」





拾い上げて確かめては見たものの


緑色の、目立つ傷のない携帯の"でぇた"には


片手で収まる程度の電話帳と やたらと膨大な
片メガネ殿からの"めぇる"しかない











「世や人が無常でも縁は無くならない」











…私の携帯に間違いは無いようだが


「何故にこのような所に…?」





もらって間もないこの携帯を、見知らぬ者が
家の前へ置いてゆくとは考えづらい


さりとて知った顔なら わざわざ家に置かずとも
私へ手渡すなり放っておくなりすればいい話だ


片メガネ殿ならば新たな携帯を置くだろうし





……よく分からぬが、まあいいか







兄上をお迎えし 買い物などを済ませ
両手で"めぇる"の文面を何とか打ちこみ


どうにか送り終えた数秒後に、電話が震える


…だがそれは返事の"めぇる"ではなく


知らぬ番号からの電話だった







――――――――――――――――――――





数度の呼び出し音を経て、かけた側が
耳を離そうとした頃合に回線が繋がり


訝しげに"誰か"を訪ねるの声へ





「よぉ





答えた高杉は、受話器の向こうで変化した空気をも
予想して楽しげに口の端を上げた





『その声…高杉か?何故お主が、いやそれより
これをどこで拾った?何が狙いだ





二言目に発せられた言葉は、ぐっとトーンを
落としてはいたけれども


その分鋭さを増して聞く者の耳を貫く





だが高杉にとってソレは 単に退屈を紛らわす
程度の効果しかない





「おいおい、届けた相手に対して礼もねぇのかぁ?」


『…これを置いていったのはお主なのか?』


「何だ、手渡しの方がよかったか」





やや間が開いて、短く唸ってからはこう返す





『……感謝いたす』


「オレに礼を言わなきゃならねぇのが
そんなに気に入らねぇとは、嫌われたもんだな」



『それも少しあるが、私はこの道具を正直
疎ましく思っている』





言うその声は、心底うんざりしている雰囲気を
存分に含んで沈んでいる





「気に入らねぇなら捨てちまえよ」


『モノを粗末にするのはよくないと教わった』


「未練がましくモノを大事にしていても
いずれ壊れちまうんだ、捨てるのも選択だぜぇ?」


『一理あるが…これの場合捨てても意味が無いのがな
して、どうやって家を突き止めた?


「そいつぁ聞くだけ野暮ってモンだろ?」





茶化すようなそのセリフからは何も聞けないと
踏んでか、あるいは大して興味も無いのか


ため息をついて、彼女は早々に話題を変える





『よくよく思うが、お主と関わるとどこかで
桜が絡む気がするが…桜が好きなのか?』


「どうだろうな、風情は気に入っちゃいるが」


『まあ私もその点は同感だ、桜の下にて
佇み微笑む兄上はもっと好きだが』





相変わらずな兄の敬愛振りを耳にして


彼はいつぞやの廃寺で雨宿りした一件を
思い起こしつつ、口を開く





「あの時は柱越しだったが…その口振りだと
本当に年相応の女と変わらねぇな」


『…お主はあの時も今も、変わらず気まぐれだ』


「そいつは褒め言葉として受け取っとくぜ」







少しでも真意を探ろうと 無表情のまま真剣に
悩み続けているだろう娘の姿を思い描き





喉の奥でひとしきり笑い、高杉はこう締めくくる





「じゃあな、地獄で会うまで
精々生き延びて見せろ」



『言われるまでも無い』





切り捨てるような一言の後、機械を挟んで
交わされていた対話は終わった









適当に携帯を放って彼は 窓の外へと
目を向け、煙管をくわえて火をつける


漂う煙がほのかに薄暗い部屋の中を白くぼかして


窓辺に陣取る主の輪郭をも曖昧にする





合間に一人二人、室内へと足を踏み入れた者が
短い言伝を告げて立ち去ってゆく





そうして特にすべき事もなく何の気なしに
灰を叩き落した辺りで


転がしてあった携帯が、着信を告げる





手に取って相手を確かめれば
それはつい先程に自分がかけた番号


疑問に思いながらも、高杉は応答する





あんだぁ?まだ言いてぇ事でもあんのか」





…だが、予想に反して相手からの返事は無い





息を殺して黙っているならば息遣いくらい
スピーカーが拾うだろうが、それもなく


耳を傾けて聞こえるのは どこか遠い場所での
生活音と二人分の声―







『…で、誰から電話だったの?佐々木って人?』


『それだけは断じてありませぬが、どちらにせよ
兄上がお気にかける程の相手ではございませぬ』



『そ、そう…ひょっとして怒ってる?』


お気になさらず、それよりも今日の夕食は
どのような献立となっておりますでしょうか』





それは、なんて事のない兄妹の会話だった







どうやら何らかの弾みでボタンが押されたらしく
回線が再び繋がってしまったようだが


は その事に微塵も気づいてはいない





…更に言うなら"何らかの弾み"となった原因は


恐らくは携帯電話を送った人物への
再度のメール返信だろう





原因の件と機械音痴である事は分からずとも


どこか抜けている彼女の性質を理解していた
高杉は 二人の会話でその事実を大体看破する


「こういう事もあるモンだな…面白ぇ」





呟くうちに通話先では、夕飯の支度が行われ


手伝いとした彼女の受け答えや行動に、兄が
気を揉みながらも熱心に指導しているようである


そんな ほほえましくも一方的に聞こえる言葉を

肴に飲もうかと逡巡していた折に







『はーい今回のお宅はピーマン兄妹のご家庭でーす』


『お、いいタイミングアル!その晩飯私らの分も
ちゃーんと追加しとくヨロシ!!』






遠くからでもよく通る、銀時と神楽の声が
スピーカーを越えて空気と鼓膜を震わせて


ほんの数瞬だけ 高杉の目元が動いた


…けれどもその微かな動きを見た者はおらず

当人でさえも気がついてはいない





『お主らを呼んだ覚えはないのだが』





呆れ気味のへ、"何言ってんだス○ィーブ"
大げさな身振りまで付いていると伺わせるぐらいの
オーバーな口調で銀時が返す





『お前だってちょくちょく万事屋に顔出すじゃねーか
今更固ぇ事言うんじゃねーよ』


今こそ助け合いが必要アル!私、マトモな固形物
しばらく口にしてないアルよ〜』


『だからって夕飯を集りに来るのはやめてください
しまいには食事料金請求しますよ?今までのも含め』


アレアレ?そんな事言っていいんですかぁ?
そういう事言ってっとぶっ放すよ?かめはめ』


『エイプリルフール限定の映画公式サイトネタ
ここに持ってくんなぁぁぁぁ!!』






二言三言、騒がしく揉めていたけれども


結局説得されて二人は万事屋三人の分まで
支度を追加する事に決めたようだった





『お二人とも、毎度スイマセン…』


『気にするな新八 悪いのは赤貧と銀時だ』


何言ってんだオレは悪くねぇ!
悪いのは神楽の大食いと昨今の就職氷河期だろ』


『いーや悪いのは銀ちゃんネ私こそ悪くないアル!』


『ああもう二人ともふざけ合わないで下さい!』


こらお主ら!その戸棚の菓子は兄上の』


『いいよまた買うから…もういっそ本格的に
身体でも鍛えて、食い意地の汚い人達を
実力行使で追い出せるようになろうかしら』


『『二年後の拳王フラグ立てんなぁぁぁ!』』







意識して耳を傾けずとも勝手に話し合っている


にぎやかな、それでいてどこにでもあるような
携帯の向こうの光景は


まだ銀時や桂達と肩を並べていた頃の


…いや、彼らが師の下で学んでいた時代の
いつかあった情景を思い出させて





もう加わる事の出来ない その輪は


同時に"過去の選択"によっては、自分も
加われたかもしれない可能性すらも浮かばせて―







数拍置いて 高杉は電話を外へと放り投げた





弧を描いた携帯は、軽い飛沫を上げて
水の底へと沈んでゆく





「下らねぇ…オレぁただ、壊すだけだ





いつものように呟いたその面持ちは


薄暗い部屋の中で差しこむ光が反射し瞳だけが
獣のようにギラリと輝いていて


どこか妖しく、そして恐ろしくはあったが





…哀しそうな風にも見えるものだった







――――――――――――――――――――





せっかくの兄上との団らんに割って入られて
いささか気分は損なったものの


最早慣れてしまった以上、仕方も無いので


万事屋の面々も加えての夕食を楽しむことにした





銀ちゃん!その煮転がしの里芋私のヨ!」


「代わりの芋置いといただろーが それでガマンし…
だー!お前何勝手に唐揚げ取ってんだよ!


「ちゃんと一人分ずつ器に分けてんですから
意地汚いマネ止めてくださいよ恥ずかしい!」





食事は静かに取るものだろう…行儀の悪い





「このお漬物、何か不思議な風味がするんですけど」


「人からもらった桜の花の塩漬けを入れて
軽く漬けてみたの 春らしくていいかなと思って」


ねぇ…オレぁ花見酒か道明寺のがいいけどな」


風流を介する兄上のお心が分からぬとは…と呆れつつ


と聞いて、少し前の高杉とのやり取りが浮かぶ





気まぐれの末での言動としても 雑談まじりに
重ねた言葉や桜への返答は


どことなく掛け合いを楽しんでいるような気がした


いつかの雨の日も古寺の柱を挟んで

私が語る話を黙って聞き、相づちを打っていた





今でもあの男が敵であり油断のならぬ相手だと
いう事は変わらないけれども…







またぞろ神楽と箸をぶつけ合う銀時を見て





かつて、隣にいた頃の高杉の人となりとを
ふと聞いてみたいような思いに駆られて





ん?さっきから何だよ、言いたい事でも
あんのか?てーか兄貴がらみだろお前の事だし」


「まあそんな所だ」





すんでで言葉を濁して、思い止まる







無闇に立ち入ってはいけない

聞いたとしても私などに何が出来るというのか





けれど、ただ単に"敵"と切り捨てて考えられず


息をつき 目を向けた窓の薄闇を
横切るように、花弁が尾を引いて落ちてゆく








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:書いてる内にまーた微妙に雨とか風で
寒くなりやがりましたが、作中では温かめの気温です


銀時:つーか何?お前携帯普通に使えんの?


高杉:少なくともテメェよりは扱い慣れてるぜぇ


神楽:どっちも使用頻度そうそうあるようには
見えねーアルけどな、でもいくらが機械音痴でも
リダイアルかけて気づかないとかねーヨ


狐狗狸:そうでもないよ、服の中でボタンが押されて
当人が気づかずってパターンも稀によくある(実話)


新八:団らんに押しかけるのが定番になってるのも
アレですけど…二年後のお兄さんに一体何が?


狐狗狸:妄想だけだけど…見た目も口調も戦闘力も
拳王になります、夢主はそんな彼の懐刀で
カリスマあり強さあり胸なしの鉄の女に変貌


銀時・新八:二年の間に一体何が!?




いいネタがあれば桜以外の季節でも杉様書きたい
公式からして、きっと一人歩き好きそうだし


様 読んでいただきありがとうございました!