結果として選にもれたのは、致し方ないし
兄上も"気にするな"とありがたいお言葉を
かけてくださっている故 切り替えねばならぬが
「…受かりたかったな」
服屋の店先に並ぶ華やかな振袖袴の人形を眺め
私はひとつため息を落とす
「毎度毎度っ、待ちやがれドロボー!」
騒がしさに顔を向ければこちらに向かって
逃げてくる ただならぬ形相の女が
足止めして諭すと、相手は病で床に伏す兄が
待つから見逃してくれと言ってきた
「せめておいしいモノを食べさせたくて…
出来心なのよ見逃して!この場だけでいいから」
涙ながらのその言葉へ、私はこう返す
「なら、安易に罪に身を染めてはならぬ」
「へ?」
「今ならまだ間に合う きちんと償って
真っ当なやり方で兄を支えるのだ!さあ!」
そうしたら何故か隠し持っていたナイフで
切りかかられたので、刃を折り飛ばし峰打ちした
女がへたりこんだ折に店員らしき男も追いついて
「助かりました、この女 万引きの常習で
ウチだけでもかなり被害受けてたんですよ」
後は任せて帰るか、と踵を返そうとして
「なんなのよこの女っ!や、槍なんて持ち歩いて
危うく殺される所だったわよ早く警察呼んで!!」
目を吊り上げて 女が私を指差し騒ぎ始めた
「アメが甘いとは限らない」
「往生際が悪いな、兄の為に真人間になろうとは
思わぬのかお主は「お黙り!アンタみたいな
イカれた女に説教されたかないわよ!!」
自らの罪を悔いぬばかりか しきりに殺人未遂だ
なんだとこちらを罵り、牢に入れろと女は喚く
私の話もなだめる店の者の言葉も一切耳を貸さない
…面倒だ、ひとまず黙らせるとしよう
そっと袖の中で柄を握り締めて女に近寄り
「スンマセンね、こいつ変な映画のせいで
槍のオモチャとか持ち歩いてんすよ」
気づけば 袖ごと手首を握られ初動を止められていた
「いや全蔵殿 私は「いーからお前
ちっと黙ってろ、話がややこしくなる」
懐から取り出した 奇妙な形の棒を渡され
妙な顔で眺めている店の者の目を盗み
いまだに騒ぐ女の耳元で、全蔵殿は声量を
格段に落としてこうささやいた
「アンタ、今後盗みやるときゃ気をつけなよ?
あの女 盗人を刺す趣味あるから」
それ以降大人しくなった盗人が連行されて
男が店へと戻って行ったのを一通り見届けて
私は、見上げ気味に問う
「何ゆえあのような嘘ばかり申されたのだ」
「正しけりゃいいってモンじゃねーんだよ
世の中は、そこんとこ勉強しろテメーは」
腑には落ちぬが…そういうものか
ともあれ全蔵殿のおかげで余計な揉め事が
起こらず場が収まったのだ、礼は言うべきだ
「場を収めてくれて助かった ありがとう」
「おー、じゃな」
さて新たな仕事を見つけねば…あ、そうだ
「すまぬ少し待ってくれぬか!」
取って返し、立ち去りかけた青い忍装束に追いつく
「あんだよ?まだ何か用あんのか」
「顔を合わせた事だし、お主に少し聞きたい事が
あるのだが構わぬだろうか?」
「…とりあえず話してみろ」
気のない態度ながらも、前髪に隠された視線は
きちんとこちらを向いているようだ
…先日、卵殿の頼みもあって餡田木殿へ
差し入れを届けた後に少し小話をしたのだが
そこで"忍者免許"なる物があると耳にし
「うさんくさいかもしれないけど、今時は
こーいう資格あると仕事に有利だったりするよ」
「一理あるな」
「でしょ?ちゃんも取得してみなよ!
…ってヤベ、そろそろ仕事しなきゃ」
取り込んで来たようで邪魔になる前に帰った故
詳しい話は聞きそびれてしまったが
昨今は入院沙汰も増えて 治療のための費用が
かさんでいるのに兄上も頭を痛めているし
結婚した後の生活をも見据えてゆくと
やはり備えとして蓄えがあるに越した事はない
「ので、教習所の場所や入手に必要な事など
出来うる限りご教授願いたいのだが」
「そんなガチガチに考えるモンでもねーんだが
つかお前、忍者に興味あんの?」
「…どうだろう 私自身よく分からぬ」
仕事で真似事めいた事も行ってきたし、いつだったか
銀時達と派手な忍び装束を着ての潜入もした際に
その道も甘くは無いと聞き及んでいるので
一度正しいやり方を学ぶのもいいかもしれぬ
が、私はあくまで槍術を継いだ武人だし…
「まーお前さん身体能力だけは無駄に高ぇんだし
下忍くらいはサクっと取れんだろうな」
「私でも取れるのか?」
「こないだ確か、真選組だかの兄ちゃんが
取ってたからな イケるだろ」
ああ、そう言えば餡田木殿も免許を取る折
全蔵殿と出会ったと申していたような
それはともかく
「では早速必要な事を教えてもらえぬか」
「だから教習所に行って名前と住所と
志望コース書けば 後は出てきた事を一通り…」
ん?何故にいきなり口を手で押さえたのだろう
問うても、深刻な面持ちでじっとこちらを
眺めるだけで答えてはもらえぬ
「その後は?どのようにすればよいだろうか?」
「あ、え、いやその待てちょっと待て
今ちょっとケツが痛み出したから厠行ってくるわ」
「分かった」
厠の入り口にてしばし待った後、出てきた
全蔵殿はひどく厳めしい顔をしていた
「負担をかけるようで悪いが話を頼む」
「それは構わねーけどよ…カッコと髪型が
合ってないのはいいのか?」
「久方ぶりに兄上に編んでもらったのだが」
「ああ、道理で凝った髪型だと思ったら」
私には あまりよく分からぬが兄上曰く
"ふぃっしゅぼぉん"なる魚の骨のような編み方らしい
「そうだ!たまには違う髪形にしてみない?」
「兄上が望まれるなら丸坊主もいといませぬ」
「流石に坊主は無いから、てゆうか却下するから
だけどさ〜少しはおしゃれしないと」
「仰る通り」
「一辺試したい髪型があったんだよね
ちょっと練習台になってちょうだい?」
「いかようにもご利用くだされ」
編みこんでいただいて、気晴らしに外の景色を
楽しむように言われた事を話すと
髪型そのものでなく、服と比べて合ってない点を
指摘された
「くのいちってのは見た目も術の一部なんだよ
猿飛だって黙ってりゃ別嬪だろ?」
「私は忍ではないのだが」
「免許受けようってんならその辺学んどけ
てゆーかまず作務衣が普段着なトコ見直せ」
むぅ…色には気を使っていたつもりだったが
根本的な格好から指摘されるとは予想外だ
「それに毎度兄貴と結婚だのなんだの騒ぐんなら
女を磨くに越した事ぁねーぞ?でねーと
あっという間に周りの女に先越されちまうぜ」
「そうなのか?」
「万事屋んとこのチャイナ娘だって、こないだ
他の星のヤツに求婚されてただろ」
「うぬ、アレは私もTVで見て驚いたものだ
…そう言えば これも後日聞いた話なのだが」
あの放送が流れた直後 童子の里でも
負けず劣らずの大立ち回りが繰り広げられたのだと
電話口にて聞かされた
『啓一君たら血相変えて"唯碗君連れて江戸まで
飛ぶんだ"って聞かなくてね、もう変身までしてて
抑えるのが大変だったわ』
そう語る梗子殿の口調は苦労がにじんでいたが
一方で、どこか楽しげな風にも感じられた
『ウィヒアぁぁぁ!にバラすなよぉぉ!!』
『"ダメだダメだ全然ダメだぜ!あんな超うすらデカに
女王を渡してたまるか!"とか言ってたわよねぇ?』
『っちょ!ババアだまれぇぇ!!』
『ケイイチ君 顔真っ赤…イタっ』
受話器の向こうで、耳をつんざく二人の
にぎやかなやり取りはしばらく耐えなかったっけ
まあ、あの時は銀時達も大暴れしていたし
外国の者達もひたすらに混乱していたようだから
「来ないでいてくれて、安心しているが」
「最近のガキってなぁ進んでんのな…その年で
もう惚れた腫れたで大騒ぎとは 妬けるねぇ」
「それだけ神楽が好きなのだろうな
仲がよいのはいいことだ」
「おまっ…本気で言ってんのか?
そこでその発言はねーだろ いくらなんでも」
意味が分からぬ、本気以外の何だと言うのだ
それはともかく
「参考になる意見としてソレは受け止めるとして
教習所の試練について話を戻したいのだが」
全蔵殿が、頭を掻きながら深いため息をつく
「だーかーら言ったろ?まず格好を見直せって
女らしさを見につけてから出直してこい」
今ひとつ分からぬゆえ、望ましい姿や他に
試される部分を細かく問い詰めると
いらだった様子でこう返された
「自分で考えろ、だが少なくともチョコをケツに
直撃させるヤツを女だとは認めねーぞオレは」
「アレは事故だと先月中に謝ったハズだが」
「謝ってすむ問題じゃねーっての!こちとら
地雷積んでるトコに被爆してセカンドインパクト
発生したっつーの!使徒襲来してたっつーの!」
確かにあの時は申しわけない事をしたとは思ったが
そこまで言う事ないではないか
「見た目も大事なのだろうが、それを気にして
戦えなければ本末転倒なのではなかろうか」
思わず言い返せば、相手はこちらを鼻で笑う
「よく言うぜ、未練がましく服屋覗いてたクセに」
「なっ…そ、それはお主には関係なかろう!
ふざけないで真面目に答えてく」
言葉半ばで 白っぽい楕円の飴玉を口に押しこまれ
驚いた拍子に唇を閉じれば、不可思議なニオイと
スゥとした 冷たいような味が広がってゆく
「聞き分けのないガキはそれでもなめてろ
じゃーなちゃん」
くるりと全蔵殿が踵を返して遠ざかってゆく
…機嫌を損ねたのは何となく分かるが、私とて
兄上の為 このまま引き下がるつもりはない
飴玉を即座に噛み砕いて飲み下し
「まっ…待たれよ!」
「うおっ!こら離れろどこ捕まってんだ!」
駆け出した背中に手を伸ばし、追いすがる
「礼を失したなら謝る故 せめて教習所の場所を
教えてはもらえぬだろうかっ!!」
「こら止めろ放せ!そこはダメだっ…く!」
聞けるまで必死にしがみついているつもりだったが
「言いたい事は山ほどあるが…まずいい加減
(おまえ)は兄貴から卒業しやがれ!」
その言葉を残して、変わり身ですり抜けられ
全蔵殿の姿が消えてしまった
手の中には 代わりに飴の入った袋がある
「むぅ…逃げられたか」
どうも釈然とせぬが こうなっては仕方ない
後日改めて訊ねるか、薫殿かあやめ殿に聞こう
無念を抱きつつ家に戻ると 兄上がこう仰った
「実はね、忍者の免許が取れるのも成人してからって
法律で決まってるんだって」
「な…それは誠ですか!?」
何でも全蔵殿から電話で聞いて、帰ってきたら
それとなく伝えておいて欲しいと頼まれたとか
ならば何ゆえ あの場で言ってくれなかったのか…
「きっと、があんまりにも真剣だったから
言えなかったんじゃないかな?」
「そうか…迷惑をかけてしまったな」
「まあ、今度会ったら謝っとけばいいんじゃない?
免許は成人したら目指しなよ、ねっ?」
規則なら致し方ないし 兄上のお言葉もごもっとも
頷いて ため息まじりに袋の中から飴玉を取り出し
「あら、そのハッカのど飴いつ買ったの?」
「もらった物です」
口の中へと放って、奇妙な風味を味わった
――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:遅めのホワイトデー、と傾城篇を一旦
すっ飛ばしての本編ネタをお送りしました
山崎:遅いにも程度ってモンがあるんじゃ
狐狗狸:苦情は聞きません、その辺は自分でも
分かってて自己嫌悪真っ只中ですし
全蔵:アイツといると、ボケから強制で
ツッコミに回されるからメンドくせぇんだけど
狐狗狸:それほとんどのキャラ共通ですから
山崎:しっかしあの人にまで手回ししてまで
何だってちゃんに免許取得を諦め…あ
全蔵:が死亡フラグ女じゃなかったら
こんな面倒もなかったのによぉ〜
狐狗狸:教習も目が離せなくなるし、免許とっても
フラグが上がるだけですもんね
むしろエイプリルフールに近くなりましたが
一応三月風味の話と言うことで一つ
様 読んでいただきありがとうございました!