毎年のように訪れるこの時期は、僕らにとって
あまりにも残酷な現実を見せつけてくる





今年もまた多くのチョコレートが町を飛び交い


自分以外の誰かの手へ思いや打算を乗せた
"本命"チョコが渡されて行くのだろうと思うと


「バカバカしくていやになりますよね銀さん」


「だな、ったくどこのバカだよオッサンの命日
チョコ渡してカップル成立とか考えたのは」


「本当 恒例行事でフェアやっとけって風潮で
異性だけでなく同性同士の受け渡しもOKするなんて
どこまであこぎに稼ぐつもりですかね?製菓会社は」





けれど今から僕らがやる仕事は

まさに"軽薄なイベント"の片棒担ぎに等しい





ずっしりと両腕に抱えた新聞の束へ目を落として





「ま、でも残念だよなぁ〜新八?オレら今回
忙しいからきっとチョコなんてもらえないぜぇ?」


ですよねー、相手にも余計な気を使わせずに
すみますし あぁでも気持ちはありがたいですよね」


「そうそう!大事なのは心ってこった」


顔を見合わせて銀さんとほがらかに笑いあうけれど


横にいる女子二人は、割合冷めた眼差しで
こっちを眺めていた





「…お主らは何が言いたいのだ」


「ほっとくネ、この時期の
アイツらのぼやきは風物詩みたいなもんアル」







バイトで受けた僕ら四人の仕事は
新聞の新規購読口開拓のための、いわばセールス


サービスは 二月限定の"チョコレート特別博覧会"


…のペアチケット(カップル特典あり)





ため息を一つ吐き出し、やってきたマンションの
ドアを叩いて僕は名乗りを上げる


「すいませーん××新聞なんですけれども」











「チョコと一緒に苦難はいかがですか?」











新聞を読む人が減っている最近の時世も影響してか


話に入る前からお断り…どころか入り口すら
開けることないままの応対も少なくない





「予想以上に拒否率高いアルなー…」


「仕方あるまい、新聞の勧誘はしつこいと
相場が決まってる故 敬遠する者も多いのだろう」





毎度変わらずな無表情だけど そのセリフは

僕らが抱える憂うつ具合を如実に表している


かくゆう僕もしつこい勧誘には覚えがあるし
その気持ちは分かるような気もする


…まあ今は 勧誘よりもしつこいゴリラがいるけど





「まあしつこくなるのも当然だわな、あのノルマは
異常だろ?一日でクリアできるノルマじゃねーよ」


「それは分かるんですけど…」


「旦那方、あにやってんでぃ?」


ひょいと顔を出した沖田さんに 肩をすくめて驚く





見ての通り新聞配達ですけど?そっちこそ
どーどーとサボりライフ満喫してるの?」


「見ての通り仕事でさぁ 真面目に働いてる
警官捕まえて非難しないでくだせぇ」


「どこがマジメね、本誌でこないだ散々
メーワクかけまくってたろお前」





一瞬だけしかめっ面を神楽ちゃんへ向けてから
なんてことない顔してこの人はこう言う





「配達なら構いやせんけどね、勧誘とか近頃のは
手ぇこんでるでしょ?宅配便騙ったりとか」


、ええありますね 悪質ですよねー」


「ここいら一人暮らし老人とか多いでしょ?
頻繁に巡回させらんのが面倒でねぃ、大本潰しゃ
早いし確実だってのに…でどこのブン屋で?





あ、これ僕らの仕事先に探り入れてくるパターン





銀さんを見やるとどことなーく嫌そうな顔してる


どういう経緯でこの仕事取ってきたのか知らないけど
これは 「そうだ総悟殿」


だぁぁぁ!空気!空気読んでさあぁぁぁん!!


口を塞ごうと僕らが動くけれども、それより早く





「お主に頼まれていた代物だ 受け取り候へ」


おっ、気が利くじゃねぇか」





差し出された タッパーに入った茶色で
ハート型の定番すぎる物体が彼の手へと渡り


思わず、全員でその場に硬直する





「て…手作りチョコ!?食べるんですか!?」


「食べやせんよ、こいつぁ土方用の罠のために
(コイツ)に作らせたモンでぃ」


「一応 渡された注文書通りに作り上げたが…
あんなに塩を入れてよかったのだろうか?」


「塩菓子が今の流行だから問題ねぇぜぃ」





ウリにしてる甘いマスクにあるまじき形相で笑って


満足した沖田さんはさっさと引き上げていった





「なんか…大串君に同情したくなったわ 一ミリぐらい」


「けどよかったアルなお前ら、あのドSに
モテない現実見せつけられなくて」


「「アレはチョコでカウントされないからね」」


「総悟殿と勲殿には後ほどまともなチョコを渡すぞ?
世話になっておるs「「ここで言うなよぉ!!」」


あえて現実を分離させ 僕らは次の場所へと足を運ぶ









少し慣れてきて、購読についての話が
出来るようになってきたけれども





「あー…ウチ、もう別のトコ取っちゃってるんで」


「後々ジャマになっちゃうだろうしなぁ…
ちなみにそのサービスって別のと変えらんないの?」





中々契約には踏み切れず かといってごり押しも
ためらわれるのが辛い所だ







「おい新八 まーだそんな残ってんのかよ」


「あと一歩って感じなんですけど中々…銀さん
かなり減りましたね、コツでもあるんですか?」


あん?こんなモン慣れだろ慣れ」





変なトコで器用な銀さんはともかく、神楽ちゃんまで
そこそこ部数がはけてるみたいで





「ノルマ消化しないと金が出ないアルよ?
も愛想笑ってさっさと契約とってくるネ」





新聞の減りが少ない僕らへ発破をかけてくる







上乗せされてゆく焦りとプレッシャーに耐えながら


アパートの二階へ上がろうとして、通りから
僕らに気づいたのぶめさんが すかさず距離を詰め





「いい所で会えた ちょっと顔貸し「断る」
まだ今日のノルマ達成してないの「話をきk「嫌」


即答で断ったさんの言葉も意思も丸無視で


刀の柄と鞘へ手をかけながら迫ってくる





強制戦闘に入る気満々アル!」


「おい!こいつと一緒にどっか行け!
もしくはこのバーサーカー何とかしろ!!







どうやら異議はないらしく、急いで懐を探り





「これを渡す故、見逃してもらいたい


って言いながらさんが取り出したのは
何枚かのクーポンらしきピラピラの紙





よもやサービスのペアチケじゃ、と焦ったけれど





バレンタインフェア、一枚につき一個有効
他のクーポンとの併用は不可…」


手に取ったのぶめさんの言葉で その可能性は
ばっさりと否定される





よくよく考えたらこの人が
勝手に商品に手ぇつけるワケないもんな…


きびすを返して、のぶめさんが立ち去っていった





「…どうやら気に召したようだ」


「おい、今の何渡したワケ?」


「ああ、兄上が馴染みの客より分けてもらった
ドーナツ無料券「「何で渡したぁぁぁ!?」」





銀さんと神楽ちゃんの、ダブルの叫び
真正面から浴びて彼女がやや身を引いた





「そんな甘い取引オレだって二つ返事で
了承するわぁぁぁ!つーか券まだ残ってねぇのか!」



「隠してないであるだけよこすヨロシ!!」


「すまぬが、信女殿に渡したので全てだ」


「あん?ウソついてんじゃねーぞこらぁ」


「ちょっとここでジャンプしてみろよコラぁ」


一体どこのヤンキーだアンタらは、どんだけ
甘いモンに飢えてんだ





首カックカクさせる二人に絡まれてるさんが
(無表情だけど)困ってる感じだったから


とりあえず助け舟を出しておくことにする





「二人とも、仕事しないとサボりだって
店長に報告しちゃいますよ?」


おまっ!オレらより仕事遅いからって
ロコツな点数稼ぎすんじゃねーよ!!」


「コスいメガネねメガネ汚いは世界共通語アルな!」


ちょっ止めてくんないその言い方!
メガネのネガキャンみたくなってんだけど!!」










この口論で近くのボランティア団体ににらまれつつも


引き続き購読勧誘に励むけれど、あまり成果が
芳しくないまま休憩時間に入った





「今月中にチョコもらえたのに喜ばないアルか?」


「いやこれトッ○じゃん、営業所からの差し入れじゃん」


最後までチョコたっぷりの宣伝文句に偽りなしアルよ」





そりゃそうだけど、切なすぎやしないだろうか…と

考えながらみんなでポリポリとトッ○をかじる





「浮かぬ顔だな新八」


「ええまあ…けど僕はまだいいですよ
少しだけど契約が取れたから」


「そうか、私も見習わねばな」





小動物みたいに黙々とトッ○ 口に運ぶ
さんがカワイイ





その隣の、減ってるように見えない新聞を見て


ノルマや報酬の事以上に、この人が心配で
たまらなくなり 思わず僕は小声で言った





「…あの 三分の一ぐらいでしたら引き受けましょうか」


「気遣いは無用だぞ、それよりも休める時は
英気を養っておけ」


でも、と言いかけた声は喉元でひっかかる





「真面目なお主に負担をかけるワケにも行くまい」





ああもう…そういう柔らかい微笑とか
反則じゃないだろうか 本当に"微"だけど


けど そうも言ってられないんだけどなぁ…







「勧誘活動でお困りのようだな」





側の電信柱から、機械仕掛けみたいな動きで
前触れもなく桂さんが現れて


有無を言わさず僕らの手に何かを渡す





「だがオレから見ればまだまだやり方が甘い
どうだ!体験入学で勧誘のノウハウを学ばないか


表紙に"攘夷浪士に学ぶ勧誘入門"と書かれた
パンフレットを目にして僕は叫んだ





「学ぶかあぁぁぁ!
つかアンタの勧誘に困ってんだよ!」



「ハッハッハ遠慮はしなくていいぞ〜今なら
洗剤三ヶ月分ついてくる、奥さんどうですか!


こっちの商法パクんじゃねーよ、私らそろそろ
仕事戻るからとっとと失せるねヅラ」


ヅラじゃない桂だリーダー!特典はまだあるぞ」


「うるせえ黙ってこれでも食ってろ」





イラだった銀さんが 無理やりさんから
トッ○を奪って桂さんに渡…って食べかけぇぇ!





真面目に聞け銀時!そちらにとっても損はないぞ」


損しかねーよ、そもそも仕事中だっつの
どうせアレだろ?お前も女からのチョコなんざ
縁がねぇんだからコイツの食べかけで満足しとけ」


わざと渡したんかいぃぃぃ!!





「な…いやしくも侍がおおお、女子と間接チッスなど
望んでなどおるわけがなかろう!」


「何動揺してんだテメーは!チッスとか古ぃよ!」


「桂殿を困らすな銀時、人の食べ差しの
モノを渡すなど無礼にも程があろう」





言いながら、さんは桂さんの手にあった
食べかけトッ○を新品のヤツと交換する





「すまぬが今はそれでこらえてもらいたい」


「あ、ああ…気を使わせてすまんな…」





うわぁ…めっちゃ複雑な顔してトッ○(食べかけの方)
見つめてるよ、未練ありまくりだよ


でも何故だろう 同じ立場だったらと思うと

どうしてだか笑うに笑えない





視線を移せば、銀さんも何とも言えない感じの
苦い笑みで僕を見返してた





「…男はバカだけど、天然は救いがないアルな」


ぬ?何ゆえそんな目で見るのだ神楽」









それから桂さんが付きまとってくる事はなく





何とかノルマの半分ぐらいを消費して


汗を拭って、次のお宅を目指して歩いていた矢先


銀さんと神楽ちゃんが血相変えて走ってくる





「アレ?二人とももう終わったんですk」
「待てやゴルァァァァァ!」


地獄の底から響くような声で、真選組の隊士を
引き連れて松平さんまで後からやって来た





やむなく同じように逃げながら 二人へ訊ねる





ちょっとぉぉ!めっちゃ怒ってません!?
一体何してきたんですか!!」



なんもしちゃいねーよ!ヤツらが勝手にこっちを
悪徳勧誘だと勘違いしてるだけだっての!」





そう言えば沖田さんもそんな話してた…でも

それにしたってあのキレっぷりは尋常じゃな


「私らは普通にドア叩いて勧誘しただけネ!
一撃で壊れるもろいドアが悪いアルよ!!」



「そーそー こっちだって仕事でやってんだ
脅してねぇしきっちり示談でカタつけてんだろーが」


「悪質勧誘のお手本じゃねぇかぁぁぁ!!」





道理でこの二人が契約取りまくって来たワケだよ!







振り返れば、もう既に銃口がこっち向いてるし
てゆーか何発か撃ってきてるし!





ここからの退散に満場一致するけれども


さんが上にいるのを思い出して呼びかける





下の騒ぎに気づいてか すぐに顔を見せ





分かった、今から降りる故少し待て」


「階段かエレベーター使ってえぇぇぇぇ!」


止める間もなくコンクリの縁へ足をかけ





「よせぇ!まだ若いんだし早まるなぁぁ!!」





ダミ声での呼びかけと、新聞の重みでバランスを崩し
彼女はよろしくない感じに落ちていった







近くにいた僕と銀さんとで どうにか受け止めるも


ぶつかった衝撃で僕らも体勢を崩して倒れる





「いだたたたぁ…アレ?目の前が暗…」


温かくてやわらかい何かが顔の上に乗っている


な、何だろ?これ…重いけど、何か…





「す、すまぬ新八 すぐに退くゆえっ」


さんの慌てた声音が真上で響い…え?







現状を把握し、叫び出しそうになるのを
こらえながら上から彼女が退くまで待って






僕は 身体を起こしながらメガネを確認する





ひび割れがなくて安心したレンズ越しに


ほんのりと赤くなった、うつむき気味の顔が見えた







「あ、ええと…け、けけけ怪我ありません!?


「お主らのおかげで無事だ 重かったろうに
誠に申しわけないことをした」


「いややや気にしないでくだたい!」


さっきの感触を思い出し、ついつい声が裏返る





頭が熱くなってゆく心地を味わっていると
ふいに首根っこをつかまれて







「よーしラッキースケベ体験できたし
もう未練ねぇだろ新八ぃ?囮として散ってこい」



威圧感たっぷりに低くささやいた銀さんへ
返事をすることも出来ないまま突き飛ばされ





「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ!!」





あの人の言う"機銃掃射"を間近で浴びせられた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:バレンタイン=悲劇なんで、残る三人も
逃げ切れず山b…もとい とっつぁんに捕まります


新八:三途行きは防げたけど、いくらなんでも
新聞拡張員の仕事は勘弁してくださいよ


沖田:おたくら火の車みたいだし その手の仕事も
金次第でやりそうだと思いやすがね


神楽:出来れば二度とやりたくないアル


銀時:こっち睨むんじゃねーよ仕方ねぇだろ?
それよか無料券しこたまガメてたろ?一枚よこせよ


のぶめ:全部チョコドーナツに代わって胃の中よ


松平:それにしてもメガネうらやましいわ畜生
おじさんも若い子に顔面騎j


桂:それが警視総監のやることかぁぁぁ!


万事屋トリオ:お前が言うな!(ストンプ)




大遅刻&申しわけ程度のチョコ要素失礼しました


様 読んでいただきありがとうございました!