よもや宙を舞った"まんほぉる"の行方が
あのような流れを引き起こすとは、思わなかった
ちょうど私の頭上にあった ビルの大きな
看板が倒れかかって来るとは
「ぼさっとすんな!上見ろっ!!」
…聞き覚えのある、低い声を耳にして
とっさに目を向け看板の一部を切り払わねば
危うく三途の父上の元へ馳せ参じていたに違いない
土煙も収まったので槍をしまえば
幸いにも他に看板に巻き込まれた者はおらず
側にはへたりこんで泡を吹く黒尽くめ男が一人
遠巻きで見ている通行人のまばらな人垣を
かき分けて、瞳孔マヨ殿が現れる
「どうやら生きてるみてぇだな、よし立て
マンホール泥棒の現行犯で屯所まで来い」
「ひぃっ、ははははいぃぃ」
なるほどこの男 泥棒だったのか
「クサい仲にもフタ」
手錠をかけられた男が連行され、遅れて
現れた隊士に周囲の規制などを命じて
忙しそうに働く瞳孔マヨ殿を放って立ち去
「待ちやがれ、どこ行く気だ槍ムスメ」
「帰るに決まっておろう 元々帰路の道中だ」
「大方さっきのドロ足止めしてたのテメェだろ
器物破損のついでに軽い事情聴取すっから残れ」
やはり切り払わず避けるべきだったか…しかし
それではあの男も無傷ですまなかったろう
マヨ殿は目ざとい上に警察らしくしつこいから
ここは素直に残った方が 面倒も少なかろう
「副長!周囲の整備終わったッス…ってああ!」
目がキレイな丸坊主の隊士…もとい鉄殿が
私に気づいて、思い切り指差す
「アンタあん時の、って女!!」
名を呼び捨てるとは、中々無礼な男だ
…しかしこの者には負い目もある故 特に
言及はしないでおくか
「なんで副長と一緒に?ま、まさか泥棒と共犯」
「違ぇよ、むしろ泥棒逮捕の協力者だ
こっちとしちゃ非常に腹立たしい限りだがな」
そこまで嫌そうな顔をせんでも…まあいいか
「ところで、あの"まんほぉる"泥棒は何故
鉄のフタを持ってい…どうかしたか鉄殿」
「いやその…べ、別にちょっと腹が痛くなった
だけッスから!勃ってるわけじゃないですから!!」
「余計な事言うんじゃねぇ!このちんちくりん相手に
何変な反応見せてんだ!しゃんとしやがれしゃんと」
「立ってるのに何故にウソをつくのだ?」
「たたた勃ってねーし!違いますからね副長!!」
「やかましい黙れお前らぁぁぁ!!」
怒鳴られた後、事情聴取を交えつつ
情報交換として聞いた話によれば
あの鉄ブタ泥棒の潜伏している場所を真選組が
先に占拠したものの 室内はもぬけの殻で
手早い捜索によりフタを盗む最中の当人を見つけ
取り押さえようとした所、構えの浅い鉄殿の
不覚を突いて泥棒が逃げ出し
細い路地などを抜けて追っ手を撒いている最中
「私と対峙したと言う事か、なるほど道理で
つまらぬ脅しを抜かしていたワケだ」
「納得早っ!てゆうか 脅しってナニを?」
「"退かねば殺す"と言われた故、退く理由など
無いと返したのだが聞く耳持たれなくてな」
答えると、鉄が小声で瞳孔マヨ殿へささやく
「…副長 この人本当何者なんですか?」
「分かるか、オレが知りてぇよ」
それでも退かぬ私に業を煮やし、男が持っていた
鉄のフタをこちらへ投げてきたので
槍で弾いてその場で待ち構え
フタに合わせ突っこんで来た男が 驚いて足を
止めた一瞬を狙って昏倒させ
「問いただそうとした折 看板が落ちた」
「あ、それは追ってた自分らが説明できます」
どうやら弾いた鉄のフタによって近くの空き缶が
跳ね飛ばされ、それに当たって別の物体が…
という感じで短い連鎖が起こって
最終的に老朽化した看板の鉄骨が折れて
倒れかかってきたのが真相だそうな
「アレこそまさにヒトコロスイッチと呼ぶに
ふさわしい崩れ方でしたね」
「それについちゃー同意だな、ホントに
余計なミラクルだけは起こすよなテメェは」
横文字は分からぬが 私のせいでは無かろう
「まあでも流石は副長ッス!声をかけたおかげで
怪我人が一人も出ませんでしたよ!!」
「おお、やはりアレはお主の声か
おかげで難は逃れられた 一応感謝はしておく」
「一々言動が余計なんだよ!大体アレは
テメェじゃなくマンホールドロに向けたモンだ」
「だとしても結果は一緒だと思うが」
「単なる偶然だ ったくさっさとあんなこそ泥
しょっぴいときゃこの女と顔合わせず済んだのに…」
苦々しげにタバコをくわえる瞳孔マヨ殿の言葉に
反応して、鉄殿が申し訳なさそうにうつむく
…確か 手にしていた鉄ブタの一つを投げられ
怯みながらも避けたその横を、鉄ブタを
抱えた状態ですり抜けられたのだったか
「お主は経験が浅いだけだ、気を落とすな」
「別に…サンに励ましてもらう筋合いは
ないですよ!自分の不手際が原因ッス」
「よーく分かってんじゃねぇか鉄、次こんな
ヘマやらかしたら切腹な」
「申し訳ありませんでした副長ぅぅぅ!!」
改めて見ても、初めて会った時とは
比べ物にならぬほどの礼儀正しい態度だ
…人は変わろうと思えば変わるものだ
「つーか槍ムスメ、お前この辺に住んでんのか?」
「うぬ、それがどうかしたか?」
「立ち寄ったの大分前だがよ、テメェら兄妹ん家が
あったトコと生活圏が離れてねぇか?」
「越したからな」
煙を吐き出そうとした体勢で瞳孔マヨ殿が固まる
この男には教えておらぬから、その反応も
無理からぬことではあるが
「…おいちょっと待て、調書に書いてる電話番
アレひょっとしてデタラメじゃねぇのか」
「そう言ったハズだ まあ以前の番号は
もう使えはせぬが」
私も兄上も身を狙われる覚えがあるので
頻繁には無理だが、定期的に住処や連絡先を
変更し 帰宅には気を使っている
察したらしく マヨ殿がため息と煙を吐き出す
「道理で居所がつかみ難ぇワケだ…まあ
旅籠暮らしでないだけマシか」
「私だけなら野宿でもいいのだが、兄上に
負担をおかけするわけには行かぬしな」
と、事情が飲みこめずにいる鉄殿が戸惑い顔で問う
「ちょ、ちょちょ待ってください!副長
もしかしてサンの家に行ったコトあるんすか?」
「事件絡みでな その事はいい」
「壁紙ピンクでしたか!花とかぬいぐるみとかは
飾ってありましたが!イイ匂いとかはしてました!?」
「ってそこかよぉぉ!どんだけ女の部屋に
幻想抱いてんだテメーは!!」
「それはどちらかというと兄上の部屋だな、壁紙は」
桃色ではないが、と言いかけた言葉が
鉄殿の絶叫でかき消される
「兄上ええええ!?え、兄上なのに女子っぽい部屋!?
てゆうか兄上って…お兄さんいるのアンタ!!」
「いてはいかぬか?」
「いけなか無いですけど…副長、サンの兄上て
どんな感じの人なんですか?」
「話は通じるけど コイツ並に面倒くせーぞ」
「マジですか…まさか兄貴みたいなタイプじゃ」
聞き捨てならん発言に思わず眉間にシワが寄る
「一緒などでないいいか兄上は片メガネ殿よりも
いいや誰よりも遥かに麗しく優しく情愛に溢れ
理知的で献身的で神のようなお方で人脈にも優れ
高潔で家事をこなし驕る事をせず礼儀正しく
笑顔を絶やしたことなども無く人当たりもよくて」
「怖っ!無表情のまま熱弁しだしたッス!」
「とりあえず謝れ!放っとくとこいつ延々と
兄貴自慢垂れ流し続けるから!!」
「スイマセンでした!自分が悪かったです!!」
…まだまだ語り足りぬが 態度を改めたのだから
まあよしとするか
「分かってくれればいい、お主には悪いが
片メガネ殿など兄上に比べれば…月とゴジラだ」
「円/谷プロ?!なんで怪獣引き合いに出した!」
「この間、神楽とTVで見た」
返事をした直後、不意に懐から振動が
そろそろ片手を越す境目であろう携帯を
開くと 予想通り"めぇる"が届いていたようだ
[どっちかって言うとキングギドラの方が
好きですけど、たんどっちが好き?
トシにゃんにも聞いておいて欲しいお(-人-)
P.S ニュー携帯のテストついでにメールしてね]
「なんで会話成立してんのぉぉぉ!?」
「副長!副長はあんな三つ首のデザインに
惑わされずゴジラ一筋っすよね!!」
「うるせぇよ!大体オレはメカゴジラ派だ!!」
「機械(カラクリ)のゴジラもいるのか」
「論点そこじゃねぇぇ!」
場の勢いで頭を叩くのがクセなのか知らぬが
少しは加減をしてもらいたい…地味に痛い
あと"めぇる"の頃合がよすぎるのも少々不気味だ
正直 銀時のように捨てられたらと思うが
勿体無くて出来ない、どうにか返せればいいが
「おい槍ムスメ、後はちゃんと繋がる連絡先
教えとけ それで聴取終わりにしといてやる」
「承知した 家のと兄上の両方でいいか」
「テメェの携帯は飾りなのか?出る確率低くても
一応そっちも念のため教えろ」
「…了解したが、あまり期待はせんでくれ」
二つの電話番を口頭で伝え、取り出した携帯の
番号を出すのに軽く悪戦苦闘し
「あーじれってぇ!貸せ!!」
横から見ていたマヨ殿に奪われ、さくっと
番号を控えられた後に携帯を返される
「お主機械に強いのだな」
「テメェが弱すぎんだよ、こんなん鉄でも楽勝で
使いこなすぞ ちったぁ文明の利器に慣れろ」
それを言われると立つ瀬がない…これでも
以前に比べればマシになった方なのだがな
と、鉄殿が私とマヨ殿を交互に見つめている
「あんだよ鉄、ボーっとアホ面しやがって」
「いやその…なんつーか今のお二人のやり取り
夫婦っぽい感じに見えたんですけど 本当に
二人共ただの知り合いなんスよね?」
「テメェ目が腐ってんのか、総悟と結託して
オレの首を狙うこのハタ迷惑女とよりによって
夫婦だぁ?その口にマヨブチ込んで殺すぞ」
「同感だな、こんな横柄極まりない煙草と
マヨネーズ中毒の男が伴侶など願い下げだ」
「よし次会ったらお前ぶった斬るわ覚悟しとけ」
「なんだかんだで息ピッタリじゃないスか!?
副長ひょっとしてまさか「まさかじゃねぇ!」
迷わず部下を足蹴にするのはどうかと思うが
それがこの男の常だし、まあいいか
「あ、そうだ鉄殿」
「なっ!ななななんだよ顔近いよサン」
「あの時は誠に迷惑をかけた…すまなんだ」
途端、鉄殿は顔を朱に染めて露骨に目を逸らす
「いやその、ええと…あ、謝ったって
許したワケじゃないッスからね!」
「構わぬ 謝りたかっただけ故」
伝える事も終わったので、私は二人に背を向け
家路への一歩を踏み出す
直後 頭上に強い衝撃が走って
たまらず私はその場に倒れ伏す
「サンンンンンンンン!?」
「ちょっ、なんで上からマンホールが
このタイミングで落ちてくんだぁぁぁ!!」
赤みがかる視界の端に、あの時の鉄のフタが
転がって倒れるのが見えて
辺りが暗くなるのと共に二人の声も遠くなった
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:回避したと思った?残念!三途行きです
土方:ヒトコロスイッチ続いてたんかいぃぃぃ!
つかバラガキ始まったばっかで後日談ネタかよ
鉄:てゆうかまだ全話揃ってないのに
始動するのは正直見切り発車ではないかと!
狐狗狸:…それでも退助さんなら、あの人なら
きっと何とかしてくれ
土方:どこの仙○うぅぅ!?
異三郎:いやぁバラガキ篇は大変でしたね
鉄:副長!霧が濃くなって来ました!
早く退避しないとズボンがビショビショに!
土方:アト○ームに帰れぇぇぇ!!
鉄テメェも余計な心配すんじゃねぇぇ!!
五行超えの兄自慢は 酔った時か余程の時でないと
やらかしません…後はわかりますね?
様 読んでいただきありがとうございました!