銀杏の匂いがかすかに漂う並木道のど真ん中を
空の金ダライを小脇に抱え、坂本は
ふらりふらりと歩いている
「アッハッハッハ、どうやらまた迷子に
なってしまったき 豆腐屋はどこかのぉ?」
銀魂高校での方向音痴振りを遺憾なく発揮し
彼は順調に目的地から離れてゆく
「かくなる上は金時に連絡取って迎えに…
って、おお?」
道なりに角を曲がった直後
うつ伏せで倒れている少女の姿が目に入った
「ちゃんじゃないがか!こんなトコで
寝ちょったら風邪引くぜよ」
側に近寄り抱き起こして呼びかけるけれど
反応はまったくもってない
よく見ればの頭には豆腐のカスが
所々こびりついており
側に転がるタライからは角の欠けた豆腐が
先ほど倒れていた彼女の頭の位置に
ちょうど接触するようにはみ出ている
「これは…まさに"豆腐の角に頭ぶつけて"
死んでるっちゅーヤツかの!」
まんまな発言に、死人にされてたまるかと
言わんばかりのタイミングで
「うう…む?坂本先生ではないですか」
がパカリと目を覚ました
「豆腐一つにもドラマがある」
「目が覚めたようじゃな、おんし道端に
倒れとったぜよ まっこと危なっかしいのぉ」
「面目ない」
「まあ大事なくて何よりじゃ!
3Zじゃなかったら死んじょったがな」
「ぬ?その台詞どこかで聞いたような…
まあいい、それより先生は何故ゆえここに?」
無表情でさらりと流し、こぼれたタライを
片付けているへ坂本はほがらかに答える
「せっかくの休みじゃし鍋でも作ろうと
思っての、豆腐を探しちょるんじゃが
豆腐屋が一向に見つからんくてのー」
「奇遇ですね、我が家も夕餉は鍋です」
「そりゃいい ついでじゃから豆腐屋まで
案内してもらえんかのう?アッハッハッハ」
どうせ豆腐も買い直さねばならないし、と
思っていた彼女は 一も二もなく承知した
予想よりも遅く帰ってくることや、材料を
買い直してきているくらいは想定していたが
「…で、なんで坂本先生がウチにいるの?」
彼も、まさか教師まで連れて帰るとは
思っていなかったらしく渋い顔で訊ねてくる
「いやー道中で聞いたんじゃが、おんしら
二人だけで鍋じゃとちと寂しかろうと思っての」
「余計なお世話です」
確かに本日の家は、父親が泊まりこみの
仕事があるためとだけしかいない
なので坂本が食卓への参加を考えたらしい
が、なんにせよ彼にとってこの教師は
招かれざる客以外の何者でもない
「家族での団らんもありますので、先生は
どうぞご自分の家へお引き取りください」
「あ、兄上っ!それはあまりにも薄情では」
「いいんだよ、先生だって自分の家で
鍋を食べるつもりだったんだから…それとも
僕と二人っきりでいるのがつまらないの?」
美しいほほ笑みでピシャリとそう言われては
彼女にもはや逆らう術などあるハズもなく
「す、すみませぬ先生…ここまでご足労
いただいたと言うのに」
頭を下げ、帰ってもらうように坂本へ説得する
しかし…当人はそんな兄妹を前にして
なお平然と笑みを浮かべていた
「気にしなくて大丈夫じゃぞちゃん!
要は楽しい団らんになれば問題ないぜよ」
「は?それはどういう」
問い返すの前へ答えはすぐに現れた
「水くさいじゃねぇの〜教師と生徒は
半分家族みてーなモンだろぉ?」
…玄関先の、見慣れた三人の教師という形で
「ってなんで先生方が家に!?」
「ワシが呼んだき、鍋はやっぱり大勢で
つついた方が楽しかろうと思っての!」
「おお、用意がいいな坂本先生」
「そこ感心するトコじゃないよね!?」
けれどもズレた妹は兄を置き去りに
構わず教師たちを家の中へと案内する
「月詠先生にも来ていただけるとは思わなんだ」
「何、生徒との交流を図るのも仕事のうちじゃ」
「苦労をかけてすまなんだ、して月詠先生
仕事の方は大事ないだろうか?」
「心配しなんし、仕事なら連絡を受けてから
キチンと終わらせて来ている」
「ご迷惑おかけしてスイマセンんんん!」
「いいってコトよぉ、ちょーどオレら
仕事抜けて飲みに行くトコだったんだし」
「服部先生もか?」
「オレはとっつぁんに誘われただけだ」
やや憮然とした態度からすると、その誘いは
一方的なものであると伺える
一体何人呼んだんだと顔を向けたが
「みんなもう集まっちょるぞ、金時も早く
『銀八だバカヤロー!つか忙しいっつってんだよ
かけてくるんじゃねぇ!!』
携帯越しに怒鳴られて通話を切られた
坂本の姿を目撃して呆れ果てる
「アッハッハ、金時のヤツしょうがない
照れ屋じゃな〜ちと少なくてすまんの」
「いえ、これだけ集っていただけただけで
誠にありがたいです坂本先生」
「構わんち、ちゃんが喜んでくれれば
ワシとしては何よりぜよ」
「そーそーメシは大勢で食う方がウマイしな」
言いつつ松平は兄妹の肩をそれぞれ抱いて
上機嫌に笑いながら続ける
「なんなら今日だけでもオレをパパって
呼んでくれてもいいんだぞちゅわ〜ん?」
「お気持ちは嬉しいですが父上はちゃんと
存命しておりますぞ?」
「よ、よしじゃあわっちを母と呼んでも構わんぞ」
「あの、お気遣い結構ですので月詠先生」
「そんならオレは気前のいい伯父さんで」
「服部先生は悪ノリやめてください!」
松平を剥がしながらの厳しいツッコミにもめげず
服部は気を取り直して彼に問いかける
「それで?何鍋作るつもりなんだ兄」
「鳥の水炊きですけど…生憎二人分しか
材料がないのでとても皆さんの分までは」
「それなら心配ないぜよ!ワシが材料費を
持つき、好きに具材足せばよかろー!!」
坂本の宣言に、早速教師たちが顔を輝かせ
「いーねぇ、オジさんすき焼き食いたいねぇ」
「この人数で鍋なんだし、カニとかフグ
いやアンコウなんかも悪くないよなぁ?」
「いや餃子やモチなどを足すだけでも
十分だとわっちは思うが」
具材談義から始まって、シメに入れる
炭水化物のチョイスを論議しだしたので
は…教師を追い出す事を諦めた
「アッハッハ、中々意見がまとまらんのー」
「はどんな鍋がいい?聞かせてくりゃれ」
「ええと…希望の具を全て入れて、そのまま
水と塩で煮ればよいかと『闇鍋だよねソレ』
ボケ属性の高い教師の面々もこの時ばかりは
兄と共に全員で彼女にツッコミを入れる
「闇など入らぬが、確かに鍋だな」
「まー間違ってねぇけどよぉ、そらちょっと
大雑把じゃねーのかちゃんよ〜」
「こっちでも妹は相変わらずかよ…まあ
それは置いといて、鍋の具材どうするよ」
とはいえ具材を各々決めかねている教師達では
話し合いの決着に時間がかかるのは明らかで
ため息混じりに 仕方なくが提案する
「だったら…こういう鍋はどうです?」
折衷案としてあげられたのは
油揚げに好みの具材を入れた巾着をダシで
おでんのように煮こむという"変わり鍋"だった
「おんし、面白い鍋を知っちょるんじゃな」
「前に人から聞いたんですよ」
全員がその案に納得し、味に支障をきたさない
程度に好きな具材を買い揃えて
適度な大きさに切ったり、軽く下味をつけ
湯通しした半分の油揚げに詰めてゆく
…ちなみには材料の下ごしらえしか
参加させない方向で全員の意見が一致している
でないと家庭科の担当教諭の二の舞だからだ
「袋を広げる時は筋を指で探ってから
シワを伸ばすよーに優しく広げるんじゃ」
「なるほど、月詠先生は手際がいいな」
「本編では保健体育担当じゃからな
ちなみにこの手順を英文に翻訳するとー」
「丁寧に教えてくださるのはありがたいですが
それ以上いけません月詠先生いぃぃ!」
着々と具材の入った巾着を完成させて
ダシのひかれた鍋に隙間なく詰めて
卓上コンロに火をつけ しっかり煮込んでゆく
「おお〜ウマそうじゃのう!
ワシのスペシャル石狩巾着はどれかの!」
「おそらくアレではないかと、しかし
先生は存外食いしん坊なのですな」
「よほど食べるのが楽しみなんじゃろう」
鍋の完成を心待ちにする坂本達を眺め
待つ間にカップ酒を傾けていた松平が呟く
「しかし鍋だけじゃ味気ねぇな〜舟盛りでも」
「オボロルルルシャァァァ」
「ノーモーションで吐くなあぁぁぁ!
鍋に、鍋にかかる!冒涜的なゲロがかかる!」
「大丈夫だ兄、鍋はオレの分身が
ちゃーんとディフェンスしておいてある」
「食い物にわいせつ物のっけんなぁぁぁ!」
哀れにもがボケ倒す教師陣によって
新八並みのツッコミ連打を強いられたが
幸いにも鍋は無事にみんなの腹へ収まり
「さて、そろそろわっちはここで
おいとまさせてもらうとするか」
「あーオジさんも帰んないと女房と娘が
心配するからなぁ、じゃーな二人共ぉ〜」
「オレも雑炊食ったら帰るとすっ…ちょ
なんで背中押してんだよ兄、おい!」
「いいじゃありませんか、服部先生も
ぜひ今すぐお家にお帰りください」
引っ掻き回していた教師達が帰ったので
ボケ合戦を交えての、やかましい食卓も
自然と終息して 彼はようやく一息つく
「お疲れ様です兄上 大丈夫ですか?」
「ああ…平気だよ心配しないで
さてと、居間の片付けをしないとね」
へ小さく笑みを向け、玄関先から
居間へと移動したは
「いや〜わしら三人で食うにはいい塩梅に
雑炊も煮立ってきたぜよ、アッハッハ」
「ってなんで帰ってないんです坂本先生!」
どっかりと居座っている坂本に驚く
「冷たいのーシメを食べるまでが鍋じゃき」
「いい加減帰ってくださいよ!
てゆうか勝手に雑炊まで作って、もう!!」
「怒るとキレイな顔が台無しじゃぞ〜さっ
あったかいウチに食うぜよ!」
ニコニコと坂本が、具材のダシがよく染みた
ご飯と豆腐を器に盛りつけて彼に手渡す
「ほれ、ちゃんも冷めんウチに!」
「かたじけない…食べましょう兄上」
騒ぎの原因となった白い塊とグラサン教師を
見比べて、美少年は盛大に溜息をついた
ふうふう言いながら豆腐入り雑炊を食べ終え
"洗い物をするから"と台所に立つ兄に
礼をして、は玄関まで坂本を見送る
「本日は誠にありがとう、おかげで
兄上ともども楽しい食卓になり申した」
「アッハッハ、ワシらも楽しかったから
お互い様っちゅーヤツじゃな!」
サングラスの奥の瞳を楽しげに歪ませて
「それじゃちゃん、また明日学校での
お姉ちゃんと仲良くやるんじゃぞ?」
くるりと坂本は背を向けて歩き出す
その高い背丈を見つめつつ、彼女は
口の端をわずかに持ち上げた
「兄上だが…お気をつけて坂本先生」
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:巾着での変わり鍋は、ニ/コ動で
元ネタ見ましたが中々おいしそうでしたよ
服部:知らねーよ、それはそうとこっちじゃ
割合ツッコんでたオレは今回ボケなんだな
松平:いいんじゃねぇの?どっちでも
いけるっつーことでよぉ なぁツッキー
月詠:…その呼び名はやめてもらえんか?
狐狗狸:可愛いからいいじゃ(クナイ刺さり)
坂本:アッハッハ、ちゃんの兄ちゃんと
同じように照れ屋じゃのうツッキー(刺さり)
本当は湯豆腐にするかどうか
迷ったんですけどね、初志貫徹で鍋です
様 読んでいただきありがとうございました!