今年の冬は、やたらと寒かった


いや冬が寒いのは当たり前なんだけど

なんつーか寒さのレベルが尋常じゃなかった


二月には二度も雪が降っちゃうし


やや和らいだとはいえ三月入っても雪やら
雨やらで外がかなり冷え込むし





よくよく思うが、女子ってこのクソ寒い中
あんな短いスカートでがんばってるよなー


ヒザどころかパンツ見えそうなくらい短いし


めっちゃ寒そうだよなぁ…ああ、お妙さんも
この寒さで身体すくめて震えちゃってるし!


よし!ここはオレが身体であっためて―







「…それで?言い訳は済んだかい近藤君」


マジで下心はなかったんですって伊東先生!
ほら人肌同士ってあったかいって言うでしょ!」


「あやふやな情報を真に受けない 君が
学生でなく社会人なら性犯罪だぞソレは」





必死の説明にため息つきながらも、先生は
オレの顔面のケガを丁寧に消毒してくれてい…


い、痛てててて、やっぱ沁みるわコレ





「あの、もう少し優しくしてもらえますか」


「いくつだ君は?男なんだし我慢しなさい」


「まあその通りなんすけど、やっぱり
痛いものは痛いワケであって…」





と、閉まっている引き戸がノックされた











「餞別と想い出は、甘くありたい」











頼もう、保険医殿はおられるか?」





先生とオレは顔を見合わせて それから
もう一度引き戸へと目を向けた





「開いているから、用があるなら入ってきなさい」


「失礼いたす」





戸を開けて、一つおじぎをしてからちゃんが
保健室へと入ってきた





「君が自らの足で来るとは珍しいな さん」


「ですね…てゆうか、どしたのちゃん?」


「兄上の為、薬と話を聞きに来た」


「「いや省かれちゃ分からんから」」





このやり取りも、すっかりお馴染みになったなぁ









どうやらオレがお妙さんにボコられて
いつものように保健室へと運ばれていった後





彼女のお兄さんが、頭痛を訴えたらしい





大丈夫ですか兄上!すぐに保健室まで
お連れいたしますぞ、いや一走りして保険医殿を」


「いや、そこまでじゃないから平気だよ」


「しかし、ご受験を控えた大事なお身体ですし
万一兄上に何かあったら私は…!


「気持ちは嬉しいけど、そんな大事にしなくても
本当に大丈夫だから気にしないで」







…穏やかに言う"お兄さん"が 簡単に想像できた





けど男にしては線が細くて、全校朝礼の時に
屁怒絽君同様 貧血で立ちくらみ起こしてたし


体育なんかも見学が多い彼を


優しくてお兄さん想いなこの娘が心配して


薬をもらいに来て、ついでに頭痛についての
相談を伊東先生に持ちかけようとしたってのも





あながち分からなくも無い







「経緯は分かったがさん…それは病院で
医師に聞くべき事柄なんじゃじゃないのか?」


「私は、保険医殿なら生徒のどのような病の
問題も解決できると思っておったのだが」


「あ、オレもオレも!





並んで口々に言うオレらを見て、先生は何故か
微妙な顔してため息をついた





「期待に添えられず申し訳ないが、一介の養護教諭に
出来る事にだって限りはあるんだよ」


「むぅ、そうなのか」


「考えれば分かるだろう?あと、ついでに
君らはもう少し自らを振り返ってくれないか」


スンマセン、いつも世話になってます」





後ろ手で頭を掻きつつ、オレは苦笑い





風紀委員なんてやってっと 自然と揉め事に
首を突っ込むから生傷も絶えない


銀魂高校じゃ変なゴタゴタも日常茶飯事だし





「本当、これだけ保健室の利用率が高いのは
君ら3Zの生徒ぐらいだよ」





ごもっとも、それを言われると立つ瀬が無いが


そういや先月も バレンタインの時には
保健室が押し合いへし合いの大盛況だっ…





どうやら同じ事に思い至ってたらしく


ちゃんが申し訳無さそうな感じの顔して
こっちを見つめて、頭を下げた





「勲殿、あの時は迷惑をかけてすまなんだ


べっ別に君を責めたつもりはないんだよ!?
あん時はアレだ、ちょっとした運命の
イタズラが狂っちまっただけなんだって!」


「近藤君、格好つけたいならもう少し内容を
整理してしゃべりなさい」





しょうがないじゃないすか!トシや総悟みたく
口が達者じゃないんですから!!








慌てるオレを他所に、無表情のまま
構わずちゃんは謝罪を続ける





「保険医殿にも、毎度迷惑をかけてしまい
誠にすまないと思っている」






と、今度は逆に伊東先生が


僅かに気まずそうな顔をしていた





「…僕はただ、君ら三年は卒業も間近に
控えているのだし 健康に気を使って欲しい
単に伝えたかっただけなんだが」


おお流石は保険医殿、生徒の健康を鑑みて
おられるとは…して早速兄上のことなのですが」


「ちょっと待て、どうしてこのタイミングで
相談を持ちかけようとする!?」






…この娘が空気を読めないのはいつもの事だけど


女子に対して、先生がこれだけ感情をあらわして
会話してるとこなんて始めて見た気がする







元からちょっと厳しめでとっつきづらい部分が
ある人ではあったんだけれど


ケガの治療がとても早い上に的確で


何だかんだ言いながらも、オレらの相談に
乗ってくれたり面倒を見てくれたりして





根は真面目でいい先生なだけに


冷たそうな見た目と素っ気ない対応で
敬遠されるのがもったいないと思ってたから





この光景は正直ちょっと、嬉しかったりする







ぬ?どうかしたのか勲殿」


「いきなり人の顔を見て笑うのはどうかと思うが」


「あ、いや別にバカにしてるワケじゃないです
でも気に障ったなら謝ります先生」


「…まあ、君に悪意が無いのは分かっているさ」







途中になっていたオレのケガの手当てと平行して


伊東先生は結局、ちゃんのお兄さんの
症状を聞いたりしてしっかり相談に乗っていた





「聞く限りでは、大したモノでもないみたいだし
さっき言った処置で問題は無いだろう」


「保険医殿にそう言ってもらえると 心強いな」


「ただ、あくまで自宅療養の範囲だから
もしひどいようなら病院での診断を勧めなさい」





おまけに頭痛を和らげる方法まで事細かに
教えてくれるなんて、至れり尽くせりだ





「って、メモとか取らないで平気なの?」


「兄上の為ならば、これしきの知識を
覚える程度苦にはならぬ」


ああそれすっごいよく分かる!オレも
お妙さんの使うシャンプーの名前とかもう
そらで把握しちゃってるし!!」


「そのやる気をせめて十分の一でいいから
学習能力に利用したらどうなんだ君達は」





時折、若干厳しい一言をオレらへ浴びせつつ


それでも落ち着いた様子と慣れた手際で
こちらの要望は叶えられていった







「これでより一層兄上のお役に立てる…
この度は、本当に感謝しますぞ


「畏まられる程 大した事はしていない」


「伊東先生たら、またまた謙遜しちゃって〜」





この人は眉間のシワを深くしてため息つくけれど


これが"褒められ慣れてないからこその態度"だと
知ってるのは、風紀委員でもオレ含めて数人だ





「しからば、私はこれにて」


「おお、お兄さんによろしくなちゃん」





おじぎして出て行く後ろ姿を見送って







さん」





入り口を潜る直前、先生が彼女を呼び止める





振り返った相手へと歩み寄り





「近頃は風邪が流行っているようだし…一応
君も受験生だろう?喉は大事にするように」





伊東先生が、引き出しから取り出して
摘み上げた"何か"を右手ごと差しだし





白い小さな手の平に 一粒のアメが乗せられる







緑色の瞳が手の中のアメと先生の顔とを
交互に見比べた その直後


本当に、本当にほんの一瞬だけ





ちゃんが嬉しそうな顔で笑った





「お心遣いありがとう、保険医殿」


「…あ、ああ お大事に







黒い三つ編み姿を二人で見送りながら
ぼんやりとカレンダーへ目を通して気付いた





あ…そーいや今日ってホワイトデーだっけ


思いついたままオレはそれを問いただそうと





「伊東先生、もしかしてアレって…」


「何かな?近藤君」





…したけど、向き直ってニッコリ笑った先生の

メガネの奥の目が全く笑ってなかったんで





「あ、いえ何でもないっす お邪魔しました!


「そう、お大事に」


後の言葉を飲み込んで、お礼だけ言って退室する









最近、伊東先生の態度が丸くなった気がしてたけど


どうやらそれは気のせいじゃなかったらしい





―オレとしちゃ意外な組み合わせだし


てゆうか当人達の気持ちを確認したワケでも
ないから、正確な事は全くわからないし


ついでに事実だとしたら意外すぎるけど







「でもまあ…悪くは、ないよな」





何にせよちゃんのあの笑顔と、目を丸くして
照れていた伊東先生はとてもレア


オレもお妙さんとあんな風に周囲から
見てもらえるようになれたらな…と素直に思った







いや、まだ卒業まで日があるわけだし


先生の勤勉さを見習って、必ずや
お妙さんの心を射止めてみせる!






二人の姿に背を押され オレは決意を新たにした








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:薬は極力使用しないか、市販薬で
済ませるように言ったので渡していません


伊東:そもそも 頭痛と風邪の薬は保健室に
常備などされていないハズだ


近藤:えぇっ!!そうだったの!?


狐狗狸:多分だけどね、経験則上


伊東:しかし、さんと近藤君が保健室への
搬送率が高い割には 件の"お兄さん"は滅多に
顔を見たためしがないな


狐狗狸:体力が無い≠保健室の常連、じゃ?
と違って要領いいし 自立せざるを得ないし


近藤:彼も色々と苦労があるんだなぁ…


伊東:それは僕が言うべき言葉じゃ無いのかな?




以前の3Zバレンタイン話交じりのWD話を
この度は近藤さんの視点にてお送りしました!


様 読んでいただきありがとうございました!