その日、いつもの公園から河岸を変えたのは
単純に気分もあり 空模様やら他の連中との
兼ね合いもある程度は絡んじゃいたが
特にコレと言った理由は 全然なかった
「あ、マダオ殿 こんばんは」
「あぁちゃんか…こんばんは」
だからこうして馴染みの顔に合ったのも偶然
…なんだけど
「すまぬが、しばし居候させてくれぬか」
って言われた時には流石に色々とビビった
「へ!?いやあの、居候って…
オレん家そこの段ボールなんだけど」
思わず茂みの側に 隠れるようにしてあった
手製の住処を指差すけれど
彼女は"構わぬ"と無表情で言いながら続ける
「半日か…悪くて一日ですむゆえ、頼む」
「そ、そこまで必死で頼み込まなくても…」
結局断れなくて、寝転がるのがやっとな
屋根つきの我が家へ招いた
「ゴメンな、狭いだろ?ここ」
「特に気にはならぬ」
微動だにせず隙間から外を伺うちゃんの
横顔を、隣で眺めつつ続ける
「ひょっとして…仕事絡みとかだったりする?」
「そんな所だ」
詳しくは聞かない方がいいんだろうけど
色々大変だよな、この子も
ってーかさ…いくらなんでも無防備すぎじゃね?
「分かってても踊ってしまうのは人の悲しい性」
オレ、おっさんだけどこう見えても男だよ?
好みのタイプじゃないっつっても 若くて
可愛い女の子がこんな至近距離にいたら
間違いの一つ二つ起こしても不思議じゃないよ?
別居中とは言え 勿論オレは今でもハツ一筋で
この子が本気出したら、オレなんて
あっという間に片付けられるのもわかっちゃいる
ああでも、こんな狭い中じゃ動き辛そうだし
細っこくて小さな身体を上から押さえつけて
覆いかぶさっちまえば意外と…
…いやいやいや!何考えてんだオレ!
いくらなんでもそれをやったら色々終わる!
そわそわしてるオレの様子に気がついてか
「…静かにする故、私に気にせず眠られても
構わぬからな?マダオ殿」
こっちを見ながらちゃんが、珍しく
微笑しながら気ぃつかってくれてる…けど
「気持ちは嬉しいけど無理 物理的にも
密着しすぎて邪魔になるだろ?身体とか」
「むぅ…しからば少し身体を縮める故
それで何とか我慢ならぬか?マダオ殿」
ああもう本当分かってねぇこの娘っ子!!
頼むから、自分の状況を少しでも自覚して!
もしくは空気を読んでぇぇぇ!!
理性と煩悩の狭間で一晩どうにか耐え切って
何も起こらないまま、朝を迎えたオレへ
無表情のままちゃんは言った
「ともかく、迷惑をかけてすまなかったな
マダオ殿…詫びに何か礼をしたいのだが」
「あー、いいよ別に そっちも仕事で
やってたんだからさ、気にしないでくれ」
「いや、それでは私の気がすまぬ」
律儀っつーか頑固っつーか、引く気は無いらしい
本当に真面目だよなぁちゃんて…と
ため息混じりにオレは考える
「えっとそうだな…じゃあ」
身体で返して…とか言いかけてギリギリ堪える
あぁもう どこのエロゲだよ!
溜まってんのか!?ロリに走りかけるくらい
ご無沙汰が影響してんのかオレ!?
流石にソレはサイト内じゃ実現不可能だし
いやオレにはそもそもハツがいるワケだし!
ええと、それなりに格好がついて不自然じゃなくて
ちゃんに出来るお礼は…
必死で頭を捻ってようやく
無縁だった今日のイベントが頭を過ぎった
「バレンタインって事で、チョコの一つでも
もらえるかな?なーんて「了解した」
早くね!?さくっと受理されたよ!!
い、言ってみるモンだなー…
「それでは今から買いに参るゆえ、マダオ殿
しばしそこで待たれよ」
「ああうん、気をつけて…」
遠ざかる務衣の背中を微笑ましく眺めて
一息つけたのも…束の間だった
拾いモンのシケモクを咥えかけた所で
彼女の側を通りかかる車が目に入る
それは、工事現場とかでよくありがちな
荷台にパイプや鉄板なんかの建材を壁になるぐらい
左右に両積みし、間に人の入る空洞を持たせた
かなり不安定極まりない中型の軽トラ
「…あからさまに倒れてくるフラグぅぅぅ!?」
口から零れる吸い殻にも構わず、オレは慌てて
彼女へと追い縋った
「ま、待ってちゃあぁぁぁん!!」
「む?どうかしたのかマダオ殿」
すんでのトコで立ち止まってくれたお陰か
グラグラと危なっかしく揺れていた建材を
崩す事なく、軽トラは走り去って行った
「ま…間に合ってよかった…あ、あのさ
オレも店までついてっていいかな?」
「構わぬが…何故ゆえ?」
無表情で首を傾げる辺り、さっきのピンチに
全く気がついてない証拠だ
本っ当この娘(死神的な意味でも)無防備すぎ!
「疑うワケじゃねーけどさ、どうせなら買った
その場ですぐ渡してもらえたら面倒ねーじゃん」
「いや、世話になったお主にそこまで
手間をかけるわけには参らぬ」
「好きでやるからいいの!後生だから道中
付き合わせてください お願いしますぅぅ!!」
拝み倒して、土下座までして
平穏な心持ちでチョコをもらうためにオレは
ワザワザ彼女のナビゲートを買って出た
―無事に店までつけたのは 奇跡に近くて
「アレ?眩しくて前が見えないや…」
サングラスから溢れる透明な雫を拭いながら
店から少し離れた通りで ただ佇んでいた
「重ね重ね迷惑をかけもうした…それでは
今から行って来るので、待っていてくれ」
都会の荒波にも似た、女子の群れがたむろする
店先へと身体を捻じ込んで
…数分たって ボロボロになったちゃんが
「遅くなってすまなんだ…よくは分からぬが
残っていた流行のチョコを買ってきた」
それらしくラッピングされた、手の平サイズの
四角い箱をオレへと差し出してくれた
「ありがとうちゃんんん!
オレっこれマジで大事に食べるから!」
「そうか…まあ、喜んでもらえて何よりだ」
必死すぎるのは自覚しちゃいるが、こちとら
今や ハツからもらえるかどうかの瀬戸際である
それに女からのチョコレートなんて
入国管理局で働いてた頃、義理でもらって以来
本当にご無沙汰だし!
プライドやら何やらには目をつぶってみても
これはちゃんからの感謝の気持ちが
こもった真っ当なチョコレートだ
さっきまでの道のりも勘定に入れれば
結構な価値があるんじゃねーかな、うん
そんな風に自分で自分を納得させながら
「それでは、失礼致すマダオ殿」
「うん…気をつけてな、ちゃん」
彼女と別れて、ようやく一息つけたオレは
もらったチョコを味わうべく住処へ足を速める
「どんな形と味なのかな〜楽しみだ」
…いや、まだハツからのチョコも気持ちも
諦めたワケじゃないぞ!断じて!
けどそれはそれ、コレはコレなん
「うおわっ!?」
急に足元を猫が横切ったモンで、疲れてた
オレは無様に尻もちをつく
舌打ちをついて 勢いで転がったチョコを
拾い上げて立ち上がろうとしたオレの前で
耳の無い白黒の猫が、股間の狙いを定めていた
うおぉぉ!猫のションベンで大事なチョコを
台無しにしてたまるかぁぁぁぁ!!
頭へと引っかけられる生暖かく臭ぇ液体から
チョコの包みだけは、高々と上げて遠ざけた
腕でどうにか回避させる
直後、後ろから足音が一つ響いた
「うおっ?!おっさん、自分
こないなトコで何しとんねん!!」
「あ、いやまあ…落ちたチョコ拾ってました」
身を起こして、顔に傷のある七三ヤクザへ謝る
相手はオレをひと睨みして 鼻をつまんで
それからさっきの耳なしブサ猫を見て…笑った
「難儀なヤツにションベンかけられたのぉ〜
アイツは巷じゃホウイチって呼ばれちょる
ここいらのボス猫や」
そうなのか…道理でふてぶてしい面構えだと
ついでによく見たらこのおっさん、かぶき町
四天王篇での乱闘にいた"勝男"っておっさんだ
「何やワレ、ワシの顔に何かついとるんか?」
「めめめ滅相もない!」
首を思い切り横に降りながら、どうにか早く
退散できないかを巡らせている傍ら
「しかしバレンタインか…チョコにそない
一喜一憂出来るのは幸せやな、アンタ」
青い顔して、勝男のおっさんは身震い一つ
「あのー…何か嫌な思い出でもあったんすか?」
「詳しくは言えんが しこたまブチのめされーの
刃先喉につきつけられーの、しまいにゃ拳銃額に
ぶち込まれかけーのでワシ正に危機一髪やったな」
「どんな血のバレンタイン!?」
ヤクザ同士の抗争マジ怖ぇー…こんな時ばかりは
一般市民でよかったと心から思う
どうやらこの人、今日は愛犬の子供の里親探し
ついでにプライベートで外をうろついてるらしい
特に興味も無くて適当に聞き流していたけど
「あの美人の兄ちゃんにも進めてみたんや」
あの兄妹が話題に上がった途端、現金にも
オレは話の内容が気になりだした
「それで…どうなりました?」
「嬢ちゃんはエラい乗り気で、一匹欲しそうに
しとったんやけどな…アカンかった」
丁重に断られた その後、二人の会話を偶然
おっさんは耳にしたらしいが
諦めきれずに頼み込むちゃんに対して
彼は、恐ろしく冷たい声でこう返したそうな
『僕さぁ…子供も畜生も大嫌いなんだよね
汚いし臭いし喧しいし分別ないし、一時の世話なら
条件次第で出来るけど一生面倒見るのはゴメンだよ
それとも、わざわざ口のついたモノを家に養う
真っ当で納得できる理由でもあるの?』
「…正直、あの毛嫌いぶりはハンパなかったわ」
そこは勝男のおっさんに全面的に同意だ
…かなりヒヤヒヤしたけど 話してみれば案外
悪いおっさんでも無かったんで
オレもチョコも、ヤクザから無事に解放された
「あと少し、あと少しでこのチョコを…!」
ようやく我が家のオンボロ屋根が見えてきて
口の中にも期待の生唾が沸いてくる
どんなチョコかな…可愛い系かな?
それとも大人っぽいシンプルなのかな?
いっそジョークっぽいのでも この際アリだ
あ、あんま握りすぎると溶けちまうかも―え?
横から伸びた手が、オレの手からチョコを奪う
「おっ、いーモン持ってんじゃん長谷川さん」
固まって隣を見れば…そこにはニヤニヤと
嬉しそうにチョコをもてあそぶ
「銀さんんん!?ちょ、アンタ何してんの!
返せよそれちゃんからもらったチョコ!」
「あん?何あのブラコンからもらったの?
アンタ奥さんいんだろ離婚中の」
「まだ離婚はしてねーよ!あくまで別居中!
つーかそれとコレとは事情が違ぇんだって!」
「あんだよ、一口ぐれぇケチケチすんなって」
そういう問題でもねぇんだよ!そのチョコは
オレの中の色んなモンを引き換えにして得た
「ってデケェ!それ一口じゃねぇよアンタ!」
こうなったら、と力尽くでの阻止を試みたけれど
やっぱり勝てなくて オレの目の前で一気に
チョコレートが砕かれて形を無くし…
「…ぶぐあぁぁ!?辛ぇぇぇぇぇぇ!!」
口を押さえ、もったいなくも残ったチョコを
地面に叩き落して銀さんが逃げていった
何が起きたかさっぱりで パッケージを見たら
"〜意外性抜群!?〜カラシ入りチョコ!"
って堂々と書かれて…え?チョコにカラシ?
流行としてもおかしくね?
いやそれよりも、これもし食べれても結局オレ
報われないフラグだったの?え?
「…ウソだと言ってくれちゃあぁぁん!」
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:残念すぎるバレンタインの蛇足紹介を
ここで始めたいと思います、よろしいですか?
長谷川:よろしくねぇよぉぉ!!
狐狗狸:まず夢主は標的の張り込みか待機で
あの辺りにいるよう指示され、隠れ場所に
困ってた状態でした
銀時:まあ、アイツならそんな理由でもねぇと
マダオと密着24なんざしねぇよな
長谷川:やらしい言い方すんなよな!
再三言うけどオレはハツ一筋だからあくまで!
狐狗狸:…結局、仕事は待機で終わりましたがね
あとあのチョコはジョーク系に属します
勝男:前々からバレンタインにかこつけて
けったいなチョコなんか巷に出回るやろ?アレや
銀時:あるある…つーかオレ的にねぇーよ!
受け狙い一発チョコはマジやめろって!!
長谷川:オレの扱いの方がよっぽどねぇぇよ!
もう一度最初からまともにやり直せよ!!
ねこ篇ではホウイチらにエサをやろうとした
夢主を、兄が思い切り止めてます
少し甘さ?を追加しつつ、愛を持って
長谷川さんを巻き込んでみました
様 読んでいただきありがとうございました!