摩利支天像の周辺の木々が

砲弾の直撃にでもあったかのように薙ぎ倒され
軒並みへし折れていく





「か…むい…」





左側の髪飾りが外れ、叩き付けられた木の根に
座り込む顔面へ神威の蹴りが入り


その力に耐え切れず

折れた背中の木ごと神楽は吹き飛ばされる





「どうした そんなんじゃオレは止まらないよ」





左側頭部と鼻からの流血にも構わず


自分とジャレあうには100歩位足りなかったと笑う
神威の真横へ

へし折った樹木が丸々一本分投げ返されて刺さる





「パピー似の、短足のお前ならな」





樹木を目くらましに辺りの木々を蹴って空を駆け





「マミー似のモデル体型の私なら 一歩で足りる


一気に距離を縮めた神楽が握り固めた拳を兄へと見舞う





しかし、崩れた体勢をも利用した右足の一撃が

勝負はこれからと吠えた彼女を叩き落とす





「やれやれ 本当にバカな妹だ
戦いの基本は敵を知り己を知る事さ」





再び木へと叩き付けられて咳き込む妹を見下ろし





「よく見ろ、己の股下の長さと
お前の敵を





鼻血を拭う事無く彼は 渾身の力で左脚を突き出した





「敵は、前だけにいるとは限らない」





頭上スレスレを掠めて過ぎた蹴りの理由を


蹴りで倒壊した木によって撃退された法衣の男二人
神楽が視界に入れて理解すると同時に


同じ法衣の者達が 血塗れの兄妹を取り囲む









―師の首が飛び、我を忘れて飛び出した高杉が
己の左目を失う直前





自ら手にかけた師を見下ろし

黙したまま落涙する銀時を見た時から





「何故…オレ達なんぞを選んだ 銀時





高杉は師を救う所か 犠牲にして生き残った事と

咎を銀時に背負わせた事を悔いていた





死闘の末 仰向けに倒れた我が身を起こす彼と


同じように身を起こしながら、銀時は逆の立場なら
高杉も同じ選択をしていたと呟き





「だからお前は 己ではなくもう一人の己に
刃をつき立てるんだろう」





自らを斬るよりも辛い道を歩み続ける高杉へ





「残念だったな 俺(おまえ)は倒れねぇよ」





松陽が大切に思うモノを知っていたからこそ


高杉が止まるまで、立ち上がるのだと口にする





例え師の屍を…高杉の屍を踏み越えても





「アイツの弟子 オレ達の仲間
松下村塾の高杉晋助の魂を護る

オレは吉田松陽の弟子 坂田銀時だ






余す所なくボロボロになりながら 小さく喉の奥で笑い





「…そうか、知らなかったよオレぁまだ
破門されてなかったんだな」





どこか穏やかな顔で言った高杉の脇腹を





錫杖型の仕込み刀が、背後から貫いた





前のめりに倒れ伏す彼を眺める銀時の視線の先には





「言ったはずだ 師に拾ってもらった命
無駄にするものではないと」


三度笠に黒い法衣の者達を従えた、独特の文様が
染め抜かれた袈裟を纏う白髪の傷面





「八咫烏が告げし天啓に 二度目は無い
松陽の弟子達よ」






高杉の左目を奪い 護る者を失った銀時達を
"殺す価値もなし"と見逃し


天守閣にて一度は叩き伏せた奈落の現頭領 朧だった











第八訓 侍達の矜持











「愚かなものだ、暗君を利用するつもりが
逆に利用されていたとは 天に抗った結果がこれか」





野望を乗せた将も、希望を乗せた将も消え





「お前達の剣は もう天には届かぬ」


絶望的ともいえる状況でしかないハズなのに





「いや とうの昔にその剣は折れていたはず」





折れた刀を右肩に残したまま、重い体を引き摺り

木刀を手に銀時は 倒れた高杉を庇うように朧の前へ立つ





師を斬り、かつての友と斬り合ってまで





「一体まだ 何と戦おうとしている」


「敵なら…ここにいるさ」





道を違えども、二人は今も昔も変わらず

それぞれの胸にかかげた侍となる為に自分自身と戦っていた


だからこそ銀時は高杉の"侍"を認める事は出来ず





「だがこの世で誰よりコイツの気持ちをしっているのも
この俺だ」





だからこそ、最も憎むべきモノが同じである彼を
他者が手をかける事に我慢がならない





「てめぇらだけには コイツを斬る資格はねぇ
コイツを斬るのも護るのも このオレだ

それがオレの定めた侍だ








向けられた瞳に宿る決意を受け止めた朧は





「やはり…あの時死ぬべきであったか」





命を賭して護った二人が

憎しみに身を焦がし命を散らせている事を
松陽が嘆いている、とうそぶき





「さらばだ松陽の弟子達よ 師と友の元へ還れ」





その一言を合図として

奈落の者共が一斉に銀時へ襲いかかる


力任せに打ち払われる配下を囮に 朧が腰に差した刀を
抜き打ち様に銀時へと振り下ろすが





「てめぇが 松陽を…」





寸前で木刀で防がれ、鈍い音と共に進行を防がれた刹那







「語るんじゃねぇ」





銀時の背後から 起き上がった高杉のひと突きによって

朧は左目を潰され

奈落の群れのただ中に弾き返される






「てめぇも…しかと灼きつけておきな
その目に最後に映したツラを





血を吐き 側に転がっていた錫杖で身体を支えてなお


銀時と共に隣に立ち、自分達へと対峙する高杉に
朧の顔面にも驚愕がありありと浮かぶ





…その驚愕と彼らの"反撃"が忍の隠れ里に伝播する
口火を切ったのは 他の誰でもない―













車椅子に座して笑う喜々を

全蔵は御庭番の忍の一人に肩を借りたまま見つめ
皮肉めいた口調で呟く





「一橋派(てき)の神輿を取り込むと共に
てめぇらの傀儡にしちまったワケか…壊れちまったアレに
傀儡(にんぎょう)さえ務まるのかは疑問だが」


「同感だ、矮小な器で将軍が務まるものか」


「言うねぇ」





辛辣なの言葉は喜々にも届いていたらしく


甲高い笑いを止め、彼はしきりに目の前の者達を"殺せ"と喚く





落ち着くがいい喜々公 所詮は小娘の戯言
それに賊の残党は烏どもがじき片付けよう」





興奮している喜々をなだめながらも天導衆の古老は

"元"将軍である茂々の身柄を引き渡せと命じる





「なおさら渡せぬな」


「ああ、たとえ将軍の座を退いたとしても
喜々にとって茂々が最も邪魔な存在である事に変わりはねぇ」





老人は、拒否をする彼らを無視して茂々へ


自分達へ従わないと彼ら忠臣を
一橋派(ぞく)と共にこの場で処断せざるを得ない
心にもない言葉で圧をかけ





…彼の言葉に応じる形で


茂々が奈落達の前へと踏み出す





「フッ 茂々公を保護せよ」





僧形が三人ほど茂々を迎えんと進み出て







「下がれ」





その三人へ、茂々が"無礼である下がれ"と命じ





「私を誰だと心得ている
征夷大将軍 徳川茂々であるぞ


「将軍様」


「…茂々公 きこえなかったか貴殿はもう
「きこえなかったか、将軍は私だと言ったんだ」





毅然とした態度を崩さずに
重ねて眼前の相手へと言い放つ





「しょ…将軍あんた…」


「すまぬ全蔵
そなたらはその身を賭して私を護ってくれた」





己が将軍でなくなってもなお
"ただの友人・徳川茂々"を護ろうとしてくれた者達の為


己の為、国の為に散っていった命を無駄にしない為





「私は将軍徳川茂々
この国を…友たちが生きるこの国を護る者だ」



彼は将軍であり続け、将軍として戦う事を選んだ





そんな彼を嗤い喜々は荒々しく叫ぶ





「よかろう茂々望み通りにしてやるぅ
此奴の臣下達を賊としてまとめて討ちとれぇぇ!!」



「…喜々公、声を荒げずとも主君の意をくみ
動くのが臣下というものだ

本物の将軍の仲間達は 貴公が思うよりヤワではないぞ


「お前の仲間などもう役には立たぬ」


これまでの戦いで消耗しきり虫の息だ、と
謗る喜々の言葉が

天からの轟音に飲まれて消える





「そなたが誰であろうと指図をうける義理はない
私は私の足で 私の国に帰る」





微笑む茂々を皮切りに


新八やや全蔵達御庭番衆、奈落の面々と
喜々達も天を仰ぎ そこに浮かぶ艦隊を目にした





「私の 仲間達と」









本艦のモニター越しに 部下を引き連れ駆け付けた
松平が静かに語りかける





「すまねぇ 待たせちまったな 将ちゃん





遅れてきた援軍は空からだけではなく





「死肉をついばむにゃまだ早ぇぜ 烏ども」





近藤と土方の窮地を察し、切り立った断崖の上から


包帯を頭に巻いた沖田を先頭に

真選組の隊士達が馳せ参じ
奈落の面々へ強く睨みを利かせている






「将軍には…この国には、まだ オレ達がいる

オレ達真選組がいる限り
この国は簡単にはとれねぇよ








…そして、銀時と高杉の二人にも





「どちらがここでくたばろうが
どちらかが必ず てめぇらを地獄に送る


「生き残る?貴様らは二人とも
ここで果てる運命(さだめ)だ!!」






駆け付けついでに蹴りと拳で奈落衆を叩きのめして
夜兎兄妹が助太刀に入った






「残念〜どっちも死なないよ

何故なら、どっちもオレが殺るから





神威が高杉へ、神楽が銀時へ肩を貸して





「誰にも 銀ちゃんはやらせないネ
神威、お前にもな


「なら生き抜いてみろ ここから
お前の強さ 証明してみろ






天から響く艦隊の轟音にも負けぬ気迫を持って


「どけぇぇぇぇぇぇぇ!!」





追い縋る黒衣の僧形達を蹴飛ばし前へと進み始める







「つくづく諦めの悪い この期に及んで
まだしがみつくか、まだ天に抗うか」


空に浮かぶ増援を眺め、現状を把握した朧は





「いや、これもまた天が定めし事か…引くぞ」





政治的敗北も決した以上 価値のない戦
参入する意味はないと自らの配下に撤退を命じる







その潰れた左目と脳裏に浮かび上がるのは


投獄され死を待ちながらも


牢獄の壁へ字を書き
幼き骸…のちの信女に教えを授ける松陽の姿





『…私が抗ったのは、天ではない 自分です





奪う事しかしなかった手で何かを与えようとして
逆に与えられたのだと彼は言った





人間が、弱さを抱えて生まれてくるモノであっても


その苦しみに…弱さに抗い変わろうと
苦しみながらも生き続ける事が出来るのだ






『あの小さな侍達が教えてくれました
人は 思ったより自由です







振り返りざまの 迷いのないその笑みが
護った二人の弟子の背へ向けて 朧は言葉を吐き出す





「抗うがいい それが、あの男の弟子である
お前達の運命(さだめ)だというのなら


抗い続けるがいい その折れた剣で









着陸した船から降りて来る松平達を見て

天導衆の老人も、この場から退くべきと判断した





「しっ…しかし!「喜々公
既に天子の許しは得たのだ、将軍はそなただ」





茂々があくまで将軍の座を引かぬと断じて


この国に彼の場所は無く、新しい国を起こせば
民を混乱させるだろうと揶揄する老人へ


"主君など、もうこの国にいない"と茂々は返す





「いるのは時代の波に翻弄され、時の為政者に生かされ
利用されるだけの傀儡(にんぎょう)だけだ」





鎖国が解かれ、あらゆる思想や価値観が
氾濫するこの時代に

人の心を一つの君主(もの)に繋ぎ留め
まとめることは出来ず


さりとて指標を失えば自分達と同じく時代に飲まれ
自らを見失い、滅ぶだろうと憂うからこそ





「この混沌とした時代においても迷う事なき
確固たる自分のあり方を それぞれの侍を」


友に教えられた"それぞれの侍"を取り戻すべく





これからの世に必要なのは、そんな君主を抱いた侍達だ
最早我々の出る幕はない」


「面白い 茂々公

貴公は二人の将軍どころではない
それぞれがそれぞれの君主をもつべきだと申すか」





老人の指摘通り、自ら将軍を廃する事を辞さない
覚悟した言葉を紡いでいく





「この国が彼等の生き方の妨げとなるのなら…

私は哀れな傀儡(にんぎょう)と共に
喜んで 最後の将軍となろう






一拍の沈黙を置き、老人が静かにこう呟く





「…好きにするがいい」





喜々を連れて古老と奈落の面々が船内へ引き上げ


同時に、朧達や里に散っていた奈落衆も立ち去ってゆく













「局長おぉぉぉ!ご無事ですか!!」


「心配すんな、よく来てくれたなお前ら…おぉっと」


そんな血ぃ出しててまともに歩けるワケないでしょ
手当てするから大人しくしててくださいよ」





入れ替わりに駆けつけた隊士に囲まれ

山崎に肩を貸しながらも、近藤が
自らを案ずる部下達へ労いの言葉をかける





少し離れた岩壁に座り込み


その様子を眺め、煙草をくわえた土方の口元へ

隣へとやってきた沖田がライターを差し出す





「お疲れ様です 土方さん」


「…ふっ、テメェも気が利くように」


直後 普通のライターではありえない業火に顔面を焼かれ


頭がちりちりのパーマになった土方が
まさに鬼の形相で沖田を追いかけまわす





「…あれだけの傷を負っておきながら
本当に騒がしい奴等ぞよ」


「あの二人はいつもあんなんですよ…てゆうか
あなた、ちゃんのご親戚とかだったりします?」


「この里の頭領の一人ぞよ」





表情一つ変えぬ百地の発言に、訊ねた隊士の方が
驚いた顔をしていた









…天導衆達の戦艦が飛び去って行くまでを見届け





「…む」


「どうかしましたか、さ」





振り返った二人を始め、茂々や御庭番衆の忍達が
自分達の背後にあった洞穴へ目を向ける





程なくそこから

瀕死の銀時を担いだ血まみれの神楽が現れた





「銀さん!神楽ちゃん!!」





血相を変えた彼らに囲まれ、その場に寝かされた
銀時はしばらく黙ったまま横たわっていたが


やがて…ゆっくりと震える右手を動かし


懐へ手を差し入れ そこから出した一冊の本

仲間の忍に支えられて立つ全蔵へ向けてかざす





「言い忘れてた あの時のジャンプ…

続きが気になんなら、半額よこせ







瞬間、神楽と新八が銀時の身体へと抱きつき

ついでに猿飛が銀時の股間へ縋り付いて


大泣きと 痛みによる絶叫の二重奏の中で


彼の手から…高杉が突き入れた柄つきの折れた刀が
背表紙に食い込んだジャンプが落ちる





「読めるか」





微笑と共に全蔵がそう返し


ジャンプと銀時とを交互に見て、側へ屈んだ
が無表情に銀時へと訊ねる





「お主、それを懐に持ったまま戦っていたのか」


「ちょっ…、お前これまで銀さんが培ってきた
シリアスさん叩き斬るの止めろよマジで」


尻明日?誰だそれは全蔵殿の知り合いか」


「ちょっと待て
お前ん中じゃ尻=オレっていう認識か?おい」


「「()ならしょうがない(アル・わね)」」


「おめーらはとっととオレから離れろ
銀さん死にかけだからね?特にそこの痴女忍者」





このやり取りを契機に場の空気は少しだけ和らぎ





「しかし手ひどくやられたなテメーら」


片栗虎、まずは彼らの手当を頼む」


「分かってるって将ちゃん このまま病院に
放り込んだら治す前にお陀仏しちまうからなぁ」





松平の指示で怪我人の治療や周囲への警戒が
成されてゆく中で


ようやく全員が合流し それぞれの情報を交換した







「やっぱあのピンク頭のアホ面がテメーの兄貴か
せっかくなら高杉共々きっちり仕留めとけよ、使えねぇ」


「そのアホ面に船ごと沈められかけといて右手だけしか
ダメージ与えられなかったチンピラよりマシね…

言われなくても、アイツとは必ず決着(けり)つけるアル





高杉を担いだ神威と、鬼兵隊や"元"春雨第七師団の者達も
既に伊賀の隠れ里から退散していた





「これでもう、将軍様が狙われる事はないですよね」


「分からん…しかし厄介な事になっちまったもんだ

まさか天導衆が一橋派取り込んで
将軍になっちまうとはな」





これからの不安に頭を悩ませる新八と近藤へ


処置を終えて戻ってきたが力強くこう返した





「案ずるな二人とも、現将軍だろうが神だろうが
兄上に害なすならば等しく斬ればいい話だ


「「いやお兄さんの話1ミリもしてなかったよね?」」