猛る想いのままにぶつけた刀同士が鈍い音を立てて噛み合い
双方 共に押し負ける事無く跳ね返る





高杉から目を反らさず 同等の殺気を放ったまま銀時は


神楽と新八、そしての名を呼び 吠える





「行くぞぉぉぉぉ!」





雄叫びを上げて神楽は神威の左頬へ拳を叩きこみ


新八とは糸を断ち切り洞窟より進み出る
夜兎の一団から 将軍達三人を庇う位置で獲物を構える





「全蔵殿、あやめ殿
息切れで満身創痍の所悪いが気張ってくれ」


…テメェまでこっちに付き合う義理は」


ある、臨時だが今は私も万事屋一味だ」





どんな時でもぶれる事のない無表情さと態度に

三人は どこか頼もしささえ感じて小さく笑う







「久し振りに再開した兄妹への挨拶がゲンコツだなんて
少しは夜兎らしくなったみたいじゃないか」





敢えて避けもせずに拳を喰らった神威は
貼りつけた笑みを崩さず左手の人差し指を立て





「だけど一つダメ出し お兄ちゃんに対して頭が高い


そのまま拳の反撃として神楽を地面へ叩き伏せる





「そこでずっと突っ伏してるといい
悪いけどお兄ちゃんはもう社会人 忙しいんだ」





盛大に上がる土煙が収まらぬ内から





「ったく 邪魔が入ったせいでオイシイ所を
シンスケにもってかれちゃっ…「どこにいくアルか」





他所を向く兄の一撃を右腕で庇い、左手で彼の腕を
つかんだ神楽が言葉と瞳を投げかける





「お前の相手は 国なんかじゃない、私ネ

バカ兄貴には 国盗合戦より兄妹喧嘩がお似合いアル





間髪入れぬ足払いをかわした勢いで
彼女の顔面を両足で踏み抜き

自らの過去ごと妹の腕を引き離すように





「言っただろう 弱い奴に用はない」


神威は右手に携えた傘を振り下ろす


赤い飛沫が微笑む頬へと跳ね飛んで





…飛沫の元が傘の柄を握る己の右拳

沖田に刀で刺された傷口を打たれて出た事に気づき
神威は瞠目した





「ずっとかばってたアルな
妹(わたし)に兄(おまえ)の癖が見抜けないとでも





蹴られた左側からの流血にも構わず、立ち上がる神楽は


兄が昔からケンカの度に 怪我をそうやって
母から隠していた事を指摘する





「もうマミーなんてどこにもいないのに
何におびえてるアルか お前」






頭突きで吹き飛ばされても、カウンターで
腹の傷口にも蹴りをお見舞いし





「…私はもう
お前のしってる泣き虫の妹じゃないアル」





去っていく兄の背を見つめるだけだった
弱虫の己と決別するきっかけとなった


人の強さ・弱さ・尊さ・儚さ…





「みんな この侍の星が私に教えてくれた」


そう口にして、血を流しながらも立ち上がった神楽は





「私は この地球(ほし)で生まれた神楽アル
誰にも、私の故郷を好きにはさせない」



兄にも自分にも負けぬ決意を抱き





「今度こそ お前を止める」





笑顔で牙を剥く神威と、拳を交えて立ち向かう











第七訓 足掻き











…盛大な斬り合い兄妹喧嘩が真横で行われながらも


二人の忍によるクナイの支援を受け、新八の木刀が
唸りを上げて先駆けた夜兎二人へと炸裂し


傘を振りかぶる三人目の背には


後続の群れに紛れて潜んでいた薫達御庭番衆の
クナイが多量にお見舞いされた





「助けに来たわよん?お頭」





倒れた夜兎越しにウィンクを投げかける彼女へ
警戒を怠らぬまま二人が告げる





「僕らが先導して敵を倒します!」


「薫殿、将軍殿達を頼む」


「分かったわん ホント頼りになるお子様達よね?」





舐めるなとばかりに体躯のいい夜兎がクナイを
弾きながら銃口を将軍へと向けるも


次の一瞬で首と銃口を断ち割られて地面へ倒れ伏す





「征夷大将軍のお通り故 道を開けろ外道ども」





放たれた声に殺意以外の感情はなく、面は無機物のよう


まるで槍と同化したかの如く
は微動だにせず眼前の敵を屠っていく





「行くぞ!!」





三人を護る形で襲いくる夜兎の群体を退け
散らして、洞窟を駆けてゆく新八達は


誰一人として 場に残り戦う者達を想って
後ろを振り返りはしない





互いの敵と戦う銀時達を 誰よりも信じていたから











『銀時 もしオレがおっ死んだら 先生を頼む
オレと同じ、ろくでなしにしか頼めねぇ』





かつて戦場で敵へ刃を向けていた"ろくでなし"二人は





『じゃあオレもろくでなしに頼む 死ぬな





斬撃と打撃をその身に受け、血を流しながらも

なお誓い合った"ろくでなし"の相手へ刃を振るう







『お前なら、あそこで立派な侍になれるさ
お家だお国だのの為にはたらき死んでゆく そんな立派な侍にな

悪いがオレはそんなつまんねぇ侍(モン)になる気はねぇよ


―かつて講武館塾での稽古と 集う者達の志と才覚の低さに
嫌気がさして暴れていた武士の子と





『ならば、お前は一体どんな武士になりたいというのだ
高杉 お前はどこへ行こうというのだ


神童と呼ばれるほどの才覚で 特待生として通っていた少年は


うらさびれた神社にて、二人を快く思わぬ他の塾生に囲まれ

好む好まざるを関わらず乱闘へ身を投じようとしていた





そんな二人と彼らの間へ割って入ったのが


石畳に突き刺さる一振りの真剣と

それを投げつけたらしい、樹上で寝そべる白髪の少年で





ギャーギャーギャーギャー やかましいんだよ
発情期かてめーら、稽古なら寺子屋でやんな』





主犯格の一人を踏みつける形で降り立ち





『侍がハンパやってんな、やる時は思いきりやる
サボる時は思いきりサボる』





鼻をほじりながら死んだ魚の目で
サボりを推奨する彼に激昂し


なおも木刀片手に迫ろうとした塾生達を





『そう…侍たるものハンパはいけない
多勢で少数をいじめるなどもっての外


背後からのゲンコツ一撃でそれぞれ沈めて争いを収め





『ですが銀時
君達ハンパ者がサボりを覚えるなんて100年早い』






殊更に重い一撃を頭に食らわせて


白髪少年を引き摺って立ち去って行ったのは
色素の薄い長髪の青年だった





『あなた達も早く学校へお帰んなさい 小さなお侍さん







…この出会いをきっかけに高杉と桂が松下村塾
塾頭の吉田松陽に興味を持ち





『たとえ氏も素性もしれなくとも たとえ護る主君も戦う剣も
もたなくとも、それぞれの武士道を胸に掲げ
それぞれの侍になる事は出来る』






どれだけボロボロになろうとも、他の塾生や親に認められずとも


強さを求め道場破りとして銀時と戦い続けた
幼き日の高杉の姿勢は





腕や肩へ切っ先を突き立て、血だらけになりながら

剣を交わらせる今と少しも変ってはいない







そんな彼のひたむきさを見ていたのは…桂だけではなかった





スゲェェェ ホントにあの銀時に勝っちゃった!!』


『今迄誰も勝った事なかったのにスゲーよ!!』





道場破りを始めて一度きりの勝ちを拾った彼を

松下村塾の塾生は、誰よりも尊敬し祝福した





『なっなれなれしくすんじゃねぇ!!オレとお前らは同門か!?』





初めての反応に思わず反発する高杉も





『てっきりもうウチに入ったと思ってました
だって 誰より熱心に毎日稽古に、いや道場破りにきてたから』


松陽の一言に、赤面しぐっと黙ってしまう





誰の応援してんだ そいつ道場破り!!

道場破られてんの!!オレの無敗神話(しょじょまく)
ブチ破られてんの!!笑ってる場合かぁぁ!!』






少しは負けた自分(みかた)を労われと憤る銀時の肩を叩き


生温かい眼差しをした桂が、並に空気を読まず
手ずからこしらえた握り飯を差し出す





『もう敵も味方もないさ さっみんなでおにぎり握ろう』


敵味方以前にお前誰よ!!何で得体のしれない奴が握った
おにぎり食わなきゃならねぇんだ』


『誰が食っていいと言った、握るだけだ!!』


『何の儀式だ!!』


『あ すみません、もう食べちゃいました『早っ!!』





皆に釣られ年相応の笑みを見せる高杉を





夕暮れ時に 立ち去る背を見送りながら





『一度勝った位でつけあがんなよ
てめぇが奇跡的にオレから一勝する間にオレはお前に何勝した

オレに本当に勝ちてぇなら、負け分取り戻してぇなら
明日も来い…次勝つのもオレだけどな』


銀時もまた…認めていたのだ―









「…強ぇな、やっぱりお前は 銀時





幾度も剣閃を重ね、繰り出された渾身の一撃は


交差した銀時の胴から左肩を斬り裂いた





派手に血飛沫を上げて倒れた銀時を、肩越しで
振り返りながら見やる高杉の頭からは


血と共に 左目を覆う包帯が千切れ落ちる





「残念だったな銀時 二百四十七勝二百四十六敗
オレの 勝ちだ





その呟きを最後に、高杉もまたその場へと倒れこんだ









…束の間の走馬燈で彼が垣間見たのは


松陽を護るべく 寺子屋を潰そうと動く役人へ





『学校のサボり方から夜遊びまで覚えたんだ

もうテメェらは立派なウチの門下だ 別れの挨拶位くるさ


満月を背に負い、木刀を携え三人で立ち向かう記憶





『お婆が死んでから既に天涯孤独の身
元よりこの身を案ずる者などいない…何より士籍などという
肩書が必要なものには もうなる気はない』


『もしそんなもんがあんなら、誰に与えられるでもねぇ
この目で見つけ この手で掴む





松陽の弟子を名乗り 駆けくる三人を

迎え撃たんと役人達が柄へ手をかけるも





『そのまま剣(それ)をおさめていただきたい

両者とも どうか私に、抜かせないでください





音もなく役人達の背後に現れた松陽の一声が


その場にいた全員の動きを止める





吉田松陽 貴さっ…』


『私の事を好き勝手吹聴するのは構いません
私が目障りならどこへなりとも出ていきましょう…ですが』





すぐさま松陽を取り囲んだ役人達が刀を抜き放つも


切っ先を鞘に残したまま、彼ら全員の刀身はへし折られた





『剣(それ)を私の教え子達に向けるのならば
私は本当に国家くらい転覆しても構いませんよ』



普段の笑みなど見る影もない

冴え冴えとした鋭い眼差しと
共に向けられた言葉と気迫に推され


三々五々に散っていく役人になど興味を示さず





『こんな所にもまだ残っていましたか 悪ガキどもが


松陽は自分を護る為 集った三人の教え子へ微笑んで見せた





道場も学舎も無くなった、と詫びる彼へ


悪童は"破りたいのは松陽だ"と答え


神童は"松陽がいる所ならどこであろうと学び舎だ"と答える


彼の隣で鼻をほじっていた白髪少年は

"自分以上に生意気そうな生徒を連れてきた"と言われ
どこか楽しそうに笑って言う





『そうだろ』


『…そうですか では早速 路傍で授業を一つ』





夜遊びをしたハンパ者三人を"100年早い"
それぞれゲンコツで地面に沈めると


松陽は優しい笑みでこう言った





『松下村塾へようこそ』













目を開き、動かした右手に触れた刀の柄を引き寄せ





荒い息をつきながらも立ち上がろうと
片膝をついた高杉は


目の前に現れた松陽の幻へ薄く微笑む





「…先生 またオレに…ゲンコツでもくれにきたか

ハンパやってんなって、オレを止めにでも来たのか」





にこりとあの日のように微笑んだその幻は







もういねぇよ 先生なんて どこにもいねぇ」


自身と同じように満身創痍の銀時へと姿を変える





「オレ達を止められる奴は、もう オレ達しかいねぇんだよ」





とっさに振り抜いた太刀筋は同時で





「気にくわねぇなら 曲げらんねぇなら」


膂力に負けて木刀と真剣が手から離れて空を舞う中





「てめぇのゲンコツで止めるしかねぇんだぁ!!」





銀時の右拳が高杉へと命中し、彼の身体を吹き飛ばす





「いつまでその潰れた左目(めだま)で
目蓋の裏を見てやがる」





息も絶え絶えになりながら 傷の痛みすら背負って
銀時はもう一度拳を見舞おうと高杉へ迫る





「その残った右目ひんむいてよく見やがれ

てめぇがゲンコツ振るわなきゃいけねぇ奴ぁ
今 ここにいんだろ!!








二度目の右拳が振り下ろされるよりも早く


立ち上がりざまの高杉の拳が腹の切り傷へ刺さり
銀時の身体が硬直する





んなもん 目ぇつぶってても見えるぜ銀時」





血を吐いてよろめいた顔面へお返しにとばかりに
膝蹴りを浴びせて相手を吹き飛ばし





閉じた左目は、あの頃に移した憧憬も 三人との絆も

師と共に仰いだ志も…全てを失った憎しみも


何一つ忘れず 一度たりとも見失わず


拳を振り下ろすべき相手を目蓋の奥に
灼きつけたままだと高杉は言う





「さあ 立てよ銀時
オレ達の敵は、ここにいるぞ





自分自身に刃を突き立てる事は出来なくても





「オレにはお前が お前には俺がいる」


二人は、向き合い拳を交える











―攘夷戦争の帰結として築き上げられた
国を憂う者達の屍を見下ろせる崖に佇む"奈落"の頭領が





これがお前のやりたかった事か 松陽
お前の教え子達はお前の教え通り 犬死していったぞ』


配下に囲まれ、縄打たれて俯く松陽へ語りかける







沈黙を守る彼へ…頭領は残酷な選択肢を突き付ける





『お前達の弟子が お前と共に犬死していく道を選ぶか』





自らと敵の血に塗れ 縄打たれて転がされた桂と高杉は





『それとも その手で 師を殺めてでも
生き残る道を選ぶか』



刀を手に、二人の奈落衆に背を押される形で

師へと歩を進める無表情の銀時を見ていた―









摩利支天の石像の前での


もはや戦いとも喧嘩とも呼べない 暴力による応酬を
経ても拉致が明かず





「おおおおおおおお」





木刀を握りしめた銀時へ、刀を手に高杉が駆ける





「『銀時ぃぃぃぃ!!』」





血を吐くような叫び声は過去と重なる







…哀願する過去の高杉は、全てを見ていた





『ありがとう』


最後にちらりとこちらを見た 松陽の哀しげな笑みを







『やめてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!』





魂からの高杉の絶叫を背に受け





銀時は過去に師へ向けた笑みを一瞬だけ
眼前の高杉へと見せて


師の首を刎ねた時と寸分違わぬ太刀筋を…振り下ろされる刀へかち当てた






裂帛の叫びを受けて砕けたのは高杉の刀だったが


勢いのまま右脇腹へ木刀を叩きこまれて血を吐いても
なお、高杉は折れた刀を銀時の腹へ突き刺す


折れ残った切っ先を素手で握り 僅かに開いた距離を
再び詰め直そうとする高杉へ


口中の血を撒き散らしながらも銀時が応える













…二人の戦いと同じように


里側の橋を護り続けた百地と近藤達の三人も
決着を迎えようとしていた





「どうやら、これまでのようだ」





額から流血し 負傷と疲労を負っていてなお
と変わらぬ無表情さで百地は


将軍の側で華々しく散るのが本懐たる武士に

忍と同じ、日陰に散る道に付き合わせたと詫びる





その言葉を鼻で笑い





片膝をついていた土方は刀を構えて立つ





「どうせ土の肥やしになるなら 花道だろうが
あぜ道だろうが同じだ

なら、オレはオレの大将の隣で死ぬ





彼に背を預けたまま、振り返る事無く近藤がこう返す





「ならオレの背中、最後まで護ってみろ トシ」





軽口を叩きあい 殺意をたぎらせ押し寄せる
夜兎の軍勢を前にして





「いくぞ 侍と忍の最後のあがきを見せてやらぁぁ!!


猛る近藤と共に土方と百地も眼前の敵へと構え







―直後 彼らのすぐ真横へ砲弾が撃ち込まれた





主に先陣切った夜兎の一団が直撃の被害を受けて倒れ伏し


爆風と飛来する破片を腕で庇う近藤達と、橋の近くまで
追いついていた阿伏兎が頭上の崖を仰ぐ





「あっ…あれは…!!あの船は まさか…







間を置かず 爆炎を縫って集う錫杖の音と無数の殺気に





「…なる程、奴等全てしった上で高みの見物を決めこみ
この機をうかがってたってワケだ」





将軍派とぶつかり消耗しきった一橋派を掃討すべく
天導衆の命を受けた奈落の軍勢を肩越しに見やって





上等だ 夜兎の喧嘩に横槍入れて
ただで済むとは思ってねぇだろうな」


迎え撃とうと身構えた阿伏兎へ、更なる凶報が告げられる





「第七師団(オレたちのぶたい)が
春雨の艦隊に包囲されています!!」






虚を突かれ目を見開くも ほんの一瞬で





「やれやれ 元老院まで呼応させてやがったか
団長 どうにもオレ達ゃオイタが過ぎたらしい


阿伏兎は諦めたように呟きながら、背後へ迫る奈落衆へ
構え直した傘と怒りの矛先を向けた











追手を退け、茂々の周囲を固め

全蔵と猿飛を支えながら駆ける彼らを率いて





「将軍様みんな、あと少し…もう少しの辛抱です!!





先頭を行く新八が洞窟を抜けて対峙したのは


巨大な船と、居並ぶ無数の奈落衆





「ご苦労であったな 此度の働きまことに大儀であった
よくぞ茂々公を賊から護り抜いてくれた

そなたらこそ真実(まこと)の 忠臣達だ





そして…船の出入り口から佇み新八達を見下ろす
天導衆の老人だった





「そなたらの役目はこれで終わりだ
茂々公の身柄は我々が保護しよう」







あまりの事態に声を失う一同へ話を進める老人に

そうは問屋が卸さじ、と全蔵が待ったをかける





「敵対派閥を潰そうと今までだんまり決め込んでた連中が
今さら将軍を保護する?一橋派の次はアンタらの
言う事きかねぇ将軍まで 何とかしようってんじゃねぇのか」


「一橋派を潰す?何の事を言っているか解せぬが
我々は一橋公に恩こそあれど敵対した覚えはない





せせらわらった老人は懐より


定々の一件で茂々が提出した"解官詔書"を取り出し掲げ


保留となっていた将軍の後継を、天子の許しを得て
連れて来たともっともらしく口にする





同時に奈落の一人が


車椅子に座する包帯だらけの重傷人にしか見えない男を
老人の側まで押してきた





「誰だあの包帯男は」





最大級にKYなの呟きが
聞こえていたかどうかは定かではないが


天導衆の古老は一拍の沈黙を挟んで続ける





「…彼が次代征夷大将軍

一橋 喜々改め 徳川 喜々だ





左腕を吊り、着物から出ている肌は隈なく包帯に覆われ
露出している部位は左目のみ





しかし その見開いた瞳からにじむ狂気が





「…せ 私は…天下の大将軍であるぞ」


何よりも彼の心情を物語っている





「私を、愚弄した連中を 私の邪魔をする連中を





一橋派によって幕府を乗っ取るべく担がれていた彼は





「みんな殺せぇぇぇ!!

私こそが征夷大将軍 徳川 喜々だ!!






将軍の座と引き換えに高杉達を"賊"と斬り捨て
天導衆へとおもねり、傀儡と化した