影武者作戦が始まる前夜、城の縁側へ佇み足下を眺め
一橋喜々は心外だと呟く





「玉座に朽ちたまま座っている哀れな将軍(むくろ)を
片づけてあげようとしただけではないか」


不満を顔に浮かべながらも喜々は


茂々に逃げ場はなく、自分の味方を手足として
一歩も外へ出ず彼の首を落とすと続ける





「ホラ 新しい僕の手足の到着だ」





待っていた、と答えながら振り返った喜々の澄ました顔面に


ド重い拳が叩き付けられ


そのまま喜々は縁側の素材もろとも
城の外へと吹っ飛ばされて壁へめり込む





「何やってんだてめぇ」


土煙が止まぬ室内で 煙管を片手に訊ねた高杉へ





え?だって将軍殺ればいいんでしょ」


「あれは将軍じゃねぇ次期将軍だ」


「じゃあ将軍じゃん」





将軍を殴り飛ばしてもなお笑顔で神威が答える





頬を腫らし血まみれのヒドイ有様になった喜々
…もとい二人にとっての道具(てあし)を見下ろし





「あれが、この国盗りゲームのアンタの駒だったわけだ
あんな弱っちい駒 役に立つの?」





将軍の座欲しさに殿中での凶行を起こした
喜々自身へのケジメを兼ねて喜々を殴り





「まあここまで担いだ神輿だ たとえ首一つになっても
利用させてもらうがな」





"命を狙われた被害者"として中央が一橋にかけていた
将軍暗殺の嫌疑を逸らした上で


派手に暴れられる下地を作り上げた神威と高杉は





「将軍(おうて)をとるのも
国(ごばん)ひっくりかえすのも自由だ」



「ふふん 武力100の駒の出番だね」





満月へと視線を映し、揃って口の端を吊り上げる








…陽動としての影武者作戦はあくまで信頼のおける
人間だけを集めての極秘任務の為


普段ならば近藤らと任務にあたるはずの真選組は


何も知らされず殿中での警護に励んでいた





「いつ刺客が将軍様の命を狙ってくるともしれねぇんだぞ」





将軍護衛以上の任務があるのか、と課せられた命令と
彼らの不在を不満に思う原田へ





「さあな…よっぽどオレ達を信用してくれてんのか
まぁ沖田隊長もいるし何とかなんでしょ」





山崎は至って呑気にそう返して辺りを見回し


「…アレそういや、沖田隊長は?





真選組きっての問題児が見当たらない事に気が付いた











第二訓 お勤めご苦労様です











"問題児"とゆうならば


本能寺の際に孤立し窮地へ陥った神君、家康公へ加勢し
護り抜いた伊賀忍より継がれし御庭番衆


その頭目の息子である服部全蔵もまた問題児だった





『全蔵 廊下に立っとれ』


『先生、バカ とっくに立ってます





身代わりの人形を教室において


廊下の軒に逆さで立ちながら悠々とジャンプを読みふけり





『忠義だなんだ講義は侍どもに任せて忍(オレ)達は
ジャンプ読んで技を磨いてりゃ『その技も甘いわぁ!!』





挙句、忍術学校の師でもある父に投げられた襖越しの
クナイの雨をかわして大立ち回り





『貴様のような不埒者の頭は廊下では冷えんようじゃ!!
三途の川で立っとれ!!』



『面白ぇ…
やっぱ忍者は講義より 実技だぜぇぇ!!


『…先生、このくだりも飽きました』








バカ二人にため息をつく彼女が聞いた逸話のように


忍が将軍の供周りを務めてはいるものの






「皮肉なものね、かつて将軍を護り東へ向かった忍達が
西へ逆戻りだなんて」






笠の下にある猿飛の顔に浮かんだ憂いは消えない






「将軍ならまだいいわよん
私達の護ってるの、アレよ」





隣にいた薫の言葉は 駕籠の側で休息を入れながらも
辺りを警戒する護衛達を代弁しているかのようだった





「オイぃぃ何モタモタしてんだ!!
この店の団子全部持ってこいって言ってんだ!!」






彼女らの目に映っているのも、間違いなく問題児だ


しかも複数形だから始末に負えない





自分達に手出しできないと知っている影武者達は


ここぞとばかりに護衛達を、特に真選組の二人を
アゴで使っていた





「あんまナメてっと全員まとめて打ち首にすっぞ
下僕ども!!」



「ったく人の上に立つってのも大変だなオイ
こんな使えねぇ家来に自給300円も払ってよ」





今も峠の茶屋にて彼らの金で好き放題甘いものを食べまくり


怒りで腕を震わせる土方から、ついでもらった茶を
口に運んで露骨にイライラをアピールしている





「イライラが止まんねぇよ
参勤交代制でイライラが押し寄せてくるよ」



「それは大変だな、煮干しを食べるとよい」





そこへ自然な形で降り立ったが懐より取り出した
煮干しの袋を若干うやうやしく影武者達へ差し出す





「ってちゃん何で屋根から降りて来たの?!
てゆうか何で煮干し常備してるの!!


「うむ、甘味の後にしょっぱいものとは天晴!
ほめてつかわす!!」



袋から直でなくお皿使って!その方将軍んん!
スイマセン適当な小皿三人分くださぁぁぁい!!」



「お主らもいるか?「いらねぇよ!!」





膨れた腹をさすりながら、普段のふてぶてしさを
余すことなく発揮するバカ殿筆頭と





「こんだけ将軍まる出しでねり歩いてんのに
一向に敵は罠にかからねぇしよ マジ敵、将軍
暗殺する気あるの?殺る気ないなら余 帰っちゃうよ」


「帰れるものなら私も帰りたいぞ、お主らなどより
兄上の安否の方がよほど重要というモノだ」


「臆面なく将軍ディスんな!
せめてテメェだけは真面目にやり通しやがれ!!」



無表情で追い打ちをかける、同士のハズの少女





「ともあれ待つのも仕事だ、耐えろ」


「いやもう十分待ったって!もう尺的にも限界だから
さっさと出てこい暗殺者!!」



「将軍はここにいんぞぉぉ!!いつでもかかってこい!!」


ちょっとちょっとやめて!!作戦台無しだから」





そして好き放題な空気に便乗するバカ殿その二と三により





つーかまたいなくなったし!?帰っちゃったとかじゃ
ないよねちゃん!帰っちゃダメだからね!!
君も一応将軍様の護衛について来てんだからね!?」


二人のストレスは加速する一方だった





…そんなカオスかつアホな空間に薫がため息を漏らしたのも
あながち無理からぬことではないのかもしれない





「堕ちたものよねん御庭番衆も…いや私達だけじゃないか」





先の伊賀越えとは違い 仮に京に逃げのびれても


堂々と命を狙われるほどに勢力を失い復権できるか
危うい茂々と 自分達に未来があるのか


手持ち無沙汰の現状で行く末を案じる彼女は





「全蔵もそれを考えて来なかったんじゃない」





常日頃より彼が、伊賀忍は金で主を変えていた頃と変わらず


主君のために尽くす忠義など持っていない
口にしていた事をも呟いて





「アイツは…違うわよ」


そこへ猿飛が待ったをかけた





「忠義の心なんて、確かにもっちゃいないけど
アイツは 多分…「猿飛!!」





彼女らの元へ黒い忍装束の男二人が緊迫した面持ちで
現れたのは、折りしもそんな時である











―幼き頃より、背に立つ御庭番衆の子らへ彼は言った





御庭番衆が護るのは将軍本人ではなく自分の務め


将軍の務めは その身を賭しても民と国を護る事だと


子らが御庭番衆となり 自分が将軍となった時
一緒に戦える日が来る事を…彼は楽しみにしていた







あの日の幼子達と幼き将軍は大きくなり





各地の影武者達を囮に進む、四方をくまなく護られた
戦艦の甲板の夕空を目にしていた







「お久し振りでございますな全蔵殿、茂々様と
会われるのは何年ぶりでございましょう」


「まあな アンタの腕がまだ一本生えてた頃か
舞蔵じーさん」





普段と違う黒衣の忍装束をまとってヒザをつく全蔵へ


かつて将軍家を幾多の危難から護ってきた
最強の男としての頼もしさを感じ 舞蔵は笑う





「お互いに色々あったという事ですな」


「ああ、年月なんざ忘れる程にな
だがアンタに受けた恩は 忘れちゃいねぇよ





前髪に隠れたその視線は





「そいつを返しに来た、将軍」


ずっと背を向く将軍へ注がれ続けている







立ち上がり、すれ違い様に胸を指で軽く一突きし
舞蔵の動きを止めて歩を進めた全蔵は彼へ言う





「あの時アンタは言ったな 御庭番衆の務めは
将軍を護る事ではなく、将軍の務めを護る事」


『将軍様を護れるのは御庭番衆(わたしたち)だけなのよ
なのに何故そこに御庭番衆頭目 服部全蔵の名前がないわけ?


「そして将軍の務めとは その身を賭しても
民と国を護る事だと」


『いいや案じているだけだ、お主もあやめ殿も
それから…将軍殿達も』





振り返った彼の顔は あの時のように微笑んでいた





「ああ全蔵 あとの事は頼む」





一息に忍者刀振るわれ、笑みを浮かべたままのその首は


切り落とされて宙を舞う








遅れて残された身体は血を吹き出して甲板へ倒れた





「しっ…しげ…し…さ…ま





動けぬまま行われた凶行に目を疑う舞蔵に構わず





「悪ぃな アンタが将軍じゃ、この国は護れねぇよ


全蔵は転がった首を拾い上げた





「その命をもって将軍の務めを果たしな
オレは忍(オレ)の務めを果たす」



「ぜっ…ん…ぞ…」


「しばらくは動けねぇ、だが目玉は動くだろう」





首を手に艦首の屋根へと飛び乗った全蔵は
自らが天下の大罪…将軍暗殺の下手人であると口にする





「その罪 未来永劫背負う覚悟はもうできてる」





その直後 側面へ直撃した砲弾が船を揺らし


四方の護衛艦に取って変わって押し寄せて来る艦隊を眺め
苦々しげに全蔵はぼやいた





「趣味じゃないねぇ…荒い仕事しやがって
これだから人と組むのは嫌いなんだ」











空での事態と連動して海路をゆく影武者の船も
唐突に出現した謎の艦隊と





「バカな この作戦には将軍派の家臣団の中から
選りすぐられた忠臣中の忠臣しか参加していないはず」



後方の護衛艦、そして内部からの襲撃を受けていた







…唐突な敵襲は 陸路をゆく影武者側でも起きており





「斥侯二人に 見回り三人、いずれも背後から一撃だ」


御庭番の索敵を逃れ背後から!?
裏切り者でもいるというの」





猿飛達だけでなく土方と近藤、茶屋の席に腰かけた
影武者三人組も二人の報告に耳を傾ける





そこへ数歩遅れる形でも現れ、眼前の忍二人以外へ
緑色の視線を合わせてから頷く


「…どうやらこの二人の言葉は、間違いない様だ」





背後から現れた作務衣少女にやや面食らいながらも





「とにかくこのまま西へ進むのは危険だ
一度部隊を集め 全員の身を改めるべきだ」


裏切り者の可能性を示唆する彼らへ


そんな面倒な事はしなくてもよい、と猿飛は告げる





「ここに裏切り者なんていないわよ いるのは」





虚を突いた一瞬の内に二人の忍の側頭部にクナイが刺さる


「素顔(かお)を隠して、殺気は隠せていない偽物だけ」





同時に襲い来る、護衛役のハズの数人の刀を掻い潜り
二つの刀と一つの槍とが閃いて血しぶきを上げる


そして凶刃を振るわんとした茶屋の店員へ


脇腹越しに木刀をお見舞いし、銀時はため息をひとつ





「やれやれ ようやく罠にかかったというべきか
こっちがかかったというべきか」


化かし合い、こっちは将軍に化けた影を用意してたけど
むこうは仲間に化けた影をこっちに潜り込ませてたみたい」





倒した先程の忍のうち、片方の表を剥いで素顔をさらす
猿飛の言葉はそのまま一つの事実を指し示す





「敵も 忍を使っている」





先駆けとばかりに飛び来るクナイを


振り払った槍先からの斬撃で全て弾き落として
表情を変えずが、仰ぐように顔を向けて呟く





「来るぞ」





迎え撃つべく身構えた銀時達を見下ろせる切り立った崖や

山道の森林からも襲撃者達が押し迫る









数人の忍によって攪乱され、次々と家臣が死んでいく船にて


兄と共に護られていたハズのそよ姫も、忠臣に化けた者達に
命を狙われ必死で逃げ惑っていた





「いやあぁぁぁ!こ、来ないでっ…!!」





知った相手に会う事助けられる事を強く願いながら


内部へ通じる通路へ逃げ込んだ彼女を救ったのは





兄や舞蔵(みうち)でも

銀時や神楽や新八や(ともだち)でもなく







「姫様〜見てくだせぇ、あれがホルモン あれがレバー
あれが…「キャアアアアアやめてください!!」





真選組きっての問題児である沖田であった





「さて、次はハツかミノか





彼は入口で姫を待機させ、姫を目当てに刀やクナイを
向けて近づく刺客をそれぞれ一撃で切り伏せ


背後から姫を狙う者の頭部へ刀を投げつけ撃退しながらも


別の相手の刀をかわし様に伸びた腕を取り、壁際より
詰め寄った一人の腹へ奪った刀を突き立て





腕を取っている刺客に対しても


クナイを使う間を与えず投げ飛ばし、逆にそのクナイで
きっちりトドメを刺して立ち上がる





「やれやれ、土方さんの勘が当たっちまった
エラい所に放り込まされたもんだぜ」






これでは残っている護衛は自分だけだろうと言いながら


姫のかたわらに立ち沖田は敵へと剣を向ける





「光栄だねぇ、こんな芋侍が
落城間際の本丸を護る最後の忠臣を演じられるなんざ

敵の首も主君(あるじ)の首も この剣一つで自在ってワケだ





顔に散る敵の返り血と相まって





「姫様、そんな顔で見ないでくだせぇ
一応 オレ味方ですから


恐ろしい薄ら笑いを浮かべる沖田へ

刀を振り上げた複数の刺客が飛びかかり








次の瞬間、上から現れたピンク色の髪の男

刺客達は踏み蹴散らされて屍と化した





「あ ごめーん、傘ひらいたら飛べるかと思ったんだけど
やっぱ無理だった」






知り合いのチャイナを連想させるような髪の色と傘


斬り合いを邪魔しておきながら、下敷きにした連中にも
自分にも変わらずへらへらした顔を向ける男を見て


ただ者でない事を察しながらもイラついた沖田は






「オイ、どこのチンピラシータだ てめぇ


男が登場した様子とぶら下げた三つ編みとで
連想しつつ そう訊ねながら


ついでに脳内で、着地失敗させてラピュタではなく
三途へと行くを想像して軽くストレス発散していた






チンピラシータこと神威(もんだいじ)


不機嫌そうに佇む沖田と対峙したまま答える





「そんな顔で見ないでよ アンタの同類(なかま)さ」