疲れを癒す為、皆に誘われ温泉へ
入浴する事となったのだが…





「何してるのちゃん、女湯なんだし
遠慮しなくてもいいのよ?」


「うぬ…その…」





タオルを巻いた妙殿と神楽に挟まれ


私はいまだ、作務衣を脱げぬままでいた





「二人とも先に入っててもらえぬだろうか
私は…後から参る」


「恥ずかしがる事ないのよ、女同士で
裸の付き合いも温泉ならではの醍醐味よ?」


「そうなのか…しかし…」





煮えきらぬ私に痺れを切らしたのか





「モジモジしてんじゃねーよ減るもんでもなし
引っぺがしちゃるネ!」


「どわっ!?」





神楽が作務衣と中に着込んだ肌着とを
半ば無理やり脱がしていく







脱衣に焦れた理由には恥ずかしさもあるが


あちこちにある身体の古傷などを見られるのも
気まずい雰囲気になるのも嫌だった





しかし抵抗も空しく身包みは剥がされ…







「あら、案外キレイな肌じゃないの」


「……え?」





存外普段と変わらぬ言葉をかけられ、戸惑った





「あの、私の身体は見苦しい傷が…」


「傷なんて人間誰でもつくし 時が経てば
いずれ治るものよ?」


「たかが傷ごとき一々気にしてちゃ
いい女になれないアルよ!」








相変わらず気さくに話しかけてくる二人へ





私は、少し救われた気がした











第二訓 風呂場の石鹸は最強最悪のトラップ











はホント胸なくて可哀想アルなー」


「…神楽も私と大して変わらぬと思うが」


「何言ってるネ!私はまだまだ成長期アルよ
はこれ以上胸増えないけど私には
まだまだ可能性が残ってるアル!」


「あらあら、夢があるのはいい事ね」





和やかな会話を交わしながらも、私達は
初めての温泉に入った









岩や自然の生垣に囲まれた野外の湯は


外気の寒さと温泉そのものの温かさが
何とも言えぬ趣をかもし出していた







これが…温泉か…







自宅の湯船とは違う感覚に、自然と
心も沸き立つのを感じる







神楽と妙殿も 同じように温泉を満喫していた







「この温泉 最初は古くて心配してたけど
中々いい温泉宿じゃない、この古さも
味に見えてきたわね」


「確かに、静かでいい所だ」


「何より客が全然いないのがいいアル
私達の貸し切りネ」


「それにどうやらお客さんは私達だけじゃ
ないみたいよ」





妙殿の視線の先を辿ってゆくと


湯煙の向こうに、二匹の猿が見えた





うぉわァァァ!!
近藤 お前も来てたアルか」


「いや違うわよ神楽ちゃん」


「そうとも、こちらは二匹もいるし」


「空気読みなさいちゃん」





むぅ…何故注意されたのだろうか?分からぬ





「山からお猿さん達もお湯に入りに来てたのね
美肌効果を狙った女の子かしら フフフ」


「身体中毛だるまのくせに小賢しい奴等アル
ケツだけプリンになっておわりアル」



「知らなんだ…温泉につかると尻が洋菓子に」


「なりません」





ピシャリと言い切り妙殿は垣根越しに声をかける





「そっちの湯加減はどうですか〜」







隣の男湯からは、何も答えが無かった





「銀ちゃーん新八ぃぃ のぼせたアルか?」







ややあって、やけに弱々しい銀時の声が聞こえた





「…なんか いっぱい…来てる」


「アラまぁ、そっちにもお猿さんが!?」


「いや……何か変なのが







よく聞けば微かに声が震えているような…


想像もせぬ奇怪な者が入っているのか?







何かを察した神楽が、妙な顔つきで語りかける





「どうしたアルか入れ墨モンにでも
囲まれたアルかヒャーヒャッヒャッヒャッ!!」



神楽ちゃん!ホントにいたらどうするの」


ゴメンナサ〜イ入れ墨モンの皆さん他意は
ないんです…あの お気を悪くされたのならどうぞ
コンクリ風呂なりなんなりぶち込んでやって下さい」


「コンクリ風呂?どのような風呂なのだ?」


「いいアルかコンクリ風呂ってのはー」





言いかけた神楽を 妙殿が近寄って
顔を湯の中に沈めて黙らせた





「いい加減になさいな ちゃんも
これ以上余計な事は聞かないの」








表情こそは笑顔だが、まとった怒気は
勲殿に向けるようなそれと代わりが無い







「う…うぬ、申し訳ない妙殿」







男湯の方でも何やら騒がしいようだが
あちらはどうなっているのだろう





…後で新八に聞いてみるか







「それでは私は先に上がりますゆえ」


「ええ、私達はもうちょっとのんびりしてくわ
また後でねちゃん」







むせる神楽と湯に身を浸す妙殿へ礼を返し


少しふらつく足取りで、脱衣所へと辿り着く





頭がぼーっとする…長く湯につかりすぎたか







どうにか着ていた作務衣の前にたった時





後ろを、何かが通り過ぎてゆく気配がした







「あれは 霊魂…?」







通った者達だけでなく何体もの霊魂が
ぞろぞろと群れを成し温泉へ連なる





その内の幾人かが湯煙に紛れ


神楽と妙殿に忍び寄っている





私は 桶を手に慌てて浴場へと引き返す







「…何をしている、二人から離れぬかお主」


言いながら駆けたのがいけなかった





おぼつかぬ足で温泉の石床に転がった
石鹸を勢いよく踏んづけ







「らっ…!?」





足を滑らせ体勢が崩れ―


後頭部を強く強打し、鈍い痛みが走り
そのまま急速に意識を持っていかれた…











「む…ここは…」





目を開けると そこは三途だった







風呂に入っていたから素裸だったハズなのに


何故か私は、"仙望郷"と書かれた
文字浴衣を身にまとっている







風呂場で走ってはいかん
あれほど教えたではないか」





呟きに顔を向けると、困ったような顔の
父上が川の向こうに見えた





「すみませぬ父上…でも、神楽と妙殿にあの者達
よからぬ事をしようとしたゆえ止めようと」


「いいか、あいつらはな ワシと同じ死人だ」


「それは存じております」


「だったら生身の人間が死した人間に
何をしても、どうにもならぬのは分かるじゃろ」





それは道理だ 死した者には言葉を交わす事も
触れる事も傷つける事も出来ない





「でも、私は…」


「まぁお前の気持ちは分からんでもない
だから手短に教えとくぞ」







ため息をついてから、父上は次のように語った







「あの旅館 どうやら土地の磁場かなんかで
幽霊が寄りやすいからか、もっぱら幽霊達
宿として利用されておるようじゃ」


「仙望郷が…真なのですか父上?」


「うむ この時期は特に霊魂が集まりやすく
忙しいから、女将は日々適正のある奴
助っ人に欲しいとぼやいていたそうな」







助っ人…もしやお登勢殿は、私達を
お岩殿の手伝いとして使わしたと言うのか?





それなら回りくどいことをせず


包み隠さず話してくれれば良かったのに







「…ってそう言えば、父上は先程
適正と申されましたが」


「いい所に気付いたな 心して聞け







真剣なその一言に、私は居住まいを正す







「あの場所は霊魂に適正がないと、すぐに
取り憑かれるらしいからな…
今頃仲間の何人かはやられてるやもしれぬ


何と…!?もし憑かれたら、その時は
どうすればよいのですか!?」





父上は問いに答えず 静かに言い放つ





「まぁ何にせよ、早くあちらに戻った方が
いいだろうな…」


「分かり申した 色々とありがとうございます!」







早速戻ろうとして…ふと頭を掠めた疑問に
私は足を止め、訪ねる







「あの…父上はなぜ旅館の事に詳しいのですか?」


「それはな、盆には毎年母さんと行くからだ!」


「なるほど…なら折角ですし旅館に赴き
皆と会って話を」





その先は、寂しげに首を振る父上に止められた





「それは出来ぬよ ワシはキッチリ成仏した身
盆以外にそちらへ来る事はまかりならん」


「そう…ですか…残念だ」





折角 父上を皆に会わせられると思うたのに







「気持ちだけで十分じゃ それにここにおらぬと
がここへ来た時、話を聞けぬだろう?」





太陽のように笑う父上に励まされ





私は 首を一つ縦に振る







「さぁさ行った行った!
今度は風呂場を走ったりするんじゃないぞ!」



「…はい、ありがとうございます父上!!」







きびすを返し 今度こそ私はあちらへ戻った











……戻ってきた、筈だったのだが







『これは…どういう事だ!?』







目を覚まし 知らしめられたのは





私自身が霊魂と化しているという現実だった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:女湯で起こってた事実と三途のシーンが
書けた所で二話目が終わり


銀時:どんだけカオスな長編!?
オレが苦悩してる部分丸々カットぉぉ!?


狐狗狸:苦悩って…ビビって騒いでただけじゃん


新八:入浴のシーンはともかくとして…今回の
三途行きは最もダメなパターンじゃないですか!


狐狗狸:それもあの子だから仕方ないんです


神楽:けど、いつも長ソデ長ズボンで
パッとしないアルなー夏は暑苦しいネ


狐狗狸:作務衣はそうでもないよ 話の時間軸が
冬だからタートルネックのアウターシャツ着てr


妙:今はよ、現実を見なさい?




次回 彷徨う彼女とあの人が出会う


様 読んでいただきありがとうございました!