部屋全体が脈打つような錯覚に…いや
実質、まとわりついてくる血の色に似た染みは
大きく脈打ちながら収縮を繰り返している
身体に浮き出た同色の染みも また同様に脈打ち
その度に皮膚の上を広がってゆく
「ぎゃああぁぁぁ!キモいキモいキモいよぉぉ!
取ってぇぇぇ、この染み取ってヨぉぉ!!」
「これは…ヤツの肉片かっ!?肉片一つ一つが意志を」
「二部ネタ自重しろぉぉ!てゆうか何でいきなり
僕らの身体からこんな染みが…!?」
などと騒げていたのも始めのうちだけで
すぐに金縛りにあったかのように、銀時達は完全に
動く意志を奪われてしまう
逃げることも行動を起こす事も出来ぬまま
身体と部屋との染みが、境目を無くして混ざり合う
【最初から、記憶に頼らずこうしてればよかったね】
言いながら、真白の姿だった××の身体がねじれ
子供の顔と声を保ったまま…皮膚から角や
赤黒い腕などが突き破って現れ
露出した中身がごぼごぼと奇妙に膨れ上がり
異形としか表現しようのない様相へと変わってゆく
【アナタたちが本の中で口にした食べものや
飲みもの、あれもここと同じ××の一部だよ?】
「え…ウソ、でしょ」
さっと 全員の顔から血の気が引いた
…もしも今、身体の自由が利いていたのならば
三名ほど吐いていたに違いない
第九訓 目に見えるモノだけが全てではない
部屋自体も粘土細工のようにねじれて歪み
白い床だったモノが水飴状に伸びて神楽や新八
、そして銀時の腕や足へと幾重にも絡みつく
四人の視界にも赤黒い染みが焼きつき
頭の中が ざぁっと雨音に似た騒音に満たされ―
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
断末魔に似た悲鳴が、空間に響き渡る
四人の表情は痛々しく歪んでいた
【アナタたちの一生なんて紙の上の、電子の箱の
空想の中の、ありもしない絵空事なんだから】
冷ややかに××が、言葉を紡ぐごとに
彼らの身体は 少しずつ虫に食われているような
切れ味の悪い刃物で削られているような痛みを
大きく…小さく、絶え間なく訴え続ける
【いなくなったって世界はなに一つ変わらない
変えられない、アナタたちは忘れ去られてそれっきり】
そして思考は 直接何人もの苦しみを、悲しみを
親しい者の死に様を直接脳ミソから引きずり出して
ぐちゃぐちゃに掻き乱しているような感覚が
絶え間なく、終わることなく繰り返されている
【誰も悲しまない、気づかない、いなかったのと同じ
必要とされない…意味なんてない…】
混ざりきった部屋と床と、取りこまれた身体は
ほとんど同化しきっていて
「痛い…苦しい、助け…」
「このままじゃ…僕らは、僕らじゃ…無くなる…?
そんなの嫌だ…そんなの…」
行き着く先が見えていても、心身を蝕む
呪いの侵食は止まらず彼らをさいなんでいた
歯を食いしばり必死に抵抗を試みるけれど
とうとう勝てずに諦めて目を閉じ…
【あーあ、期待してたのにやっぱりダメなんだ…】
少年の口から零れ落ちた、小さな
とても小さな呟きが耳へ届いて
それが銀時達の意識を 瀬戸際で留まらせた
【もう何も考えなくていいのに 目を閉じてれば
××がアナタたちに死合わせをあげる】
「そいつぁ…至れりつくせりだがよぉ
一つ聞いてもいいか?」
目の前の、宙に浮かぶようにして存在している
××を睨んで 銀時が声を絞り出す
「お前さんは、どうして逃げずに迎え撃った」
醜悪な肉塊に張り付いた少年の瞳が、揺れる
「わざわざこんな、回りくでぇ事してまで
オレらが死ぬ様を…いまだ側で見続ける?」
【決まってるでしょ?アナタたちで遊ぶためだよ】
「ガキの姿で待ち伏せて、か?ヒマだねぇ…
それともボッチで寂しかったのかよ」
そう言った彼の口から 呻き声と血が吐き出された
「銀、ちゃ…!」
【××は人の憎しみや怨みや絶望を力にして
たくさん集めて、永遠に遊ぶのが好きなだけ!
子供(こ)の姿なら人間なんて簡単に騙される
気づかれたって手玉に取れるんだから!!】
強い感情がこもった言葉をぶつけて××が
四人の肉体を、精神を、魂を激痛で塗り潰してゆく
【今まで人を呼ぶだけだったけど、これからは
外へ出てみんな死合わせにしてあげる アナタたちも
アナタたちの大切な人もみんなみいんな死合わせに】
『嘘だ』
その一言に遮られ、幼子の顔色が変わった
おぞましい本体に生えた"少年"の頭が声の出処を探り
繭に似た床に縛り付けられた四人のうちの一人が
自分を見据えていることに気づく
「すっかり悪役気取りの所悪いが…私には
お主が、それほど恐ろしくは見えぬよ」
【エラそうなことを言わないでよ、××はみんなに
苦しみを、死合わせを与えるモノなんだよ?】
『嘘だ!君はただ名前を呼んでもらいたい
"本"として読んでもらいたい』
「だから私達もこの世界へ導いたのだろう?」
『「自分に気づいて 見つけて欲しくて!」』
××が一番動揺したのは、注がれる真っ直ぐな
緑眼でもから男の声が放たれたことでもない
『言ったハズだぞ?僕には嘘は通じない、って』
自分と向き合ったの声と態度、そして口調が
どうしようもなく"彼"と重なったから
―【ねぇ…どうして、どうして××をかばったの?】
「はは、この"結末"は僕の自業自得だからね
君を巻きこむのは筋違いだろ?常識的に考えて」
【嘘つき!××のこと、誰かの代わりとしか
思ってなかったくせに!!】
一瞬目を見開き…ようやく××を瞳に入れた正直は
「そうだな…ゴメンな、約束 守れなくて」
止まらない流血と 消え行く意識の中で
優しく微笑んで ××の頬へと手を伸ばす
「君を名前で呼びたかった、君と外で歩きたかった
…君の側に もう一度いたかった」
その後、呟いていたハズの最期の言葉だけは
××の耳にも心にも 届かず消えていった―
【アナタ…そんな、ウソよ、ウソだぁぁぁ!!】
『悪いけど 今度は正真正銘本当さ
やっと会えてうれしいだろ…なぁ喜べよ!』
悲鳴にも似た金切り声をあげて怯んだ化物へ
が、普段の無表情がまるでウソのように
険しくも不敵な顔つきで笑いかけた
狼狽する××に同調して侵食がぴたりと止まり
自我を取り戻した三人も、彼女の異変に気づく
「さんじゃ、ない…?」
「その声…テメェが"本物"の正直か」
銀時の声に 前を向いたままで少女が頷く
『大当たり!ちょっと身体をお借りしてるのさ』
「ってコトはお前やっぱりスタンドアルか!?」
『そうなんだ あの時もうギリギリでね
…ちゃんが波長の合う子で助かったよ』
緊迫感の無い軽口が叩かれたのも束の間
尾を引く叫び声が一段と強まって
××の侵食が、再び四人をさいなみ始める
『っくそ…僕の運命力じゃ、これが限界か…!』
"の身体を借りた"正直が苦しげに顔を歪め
逆らうようにして、銀時の方へと顔を捻って必死に叫ぶ
『頼む…僕じゃダメなんだ!
名の無いあの子の名を、呼んでくれ!』
【見捨てタくセニ側にいルッて言っタクせに
嘘つきウソ吐きウゾヅギ死ね死ね死死死死死死s】
吠える××に呼応して少女の頭が、身体を
戒めている繭へと沈んでゆく
その頭がより一層もがくのと反比例して
残る三人の侵食が…少しばかり勢いを緩めた
「こんな時にあのパンツ男…よりによって
ガキの名付け親になれってか?冗談じゃねーぜ」
「そんな事言ってる場合じゃないアル!が!」
「ったく…おい化けモン!」
怒鳴りつけられ、××が全ての動きを止めた
「オレぁ攻められっぱなしも、テメェの余計な
お節介も気に入らねぇけどな」
言葉半ばで、殺意を視線に乗せて銀時を睨むも
逆に光の宿った力強い眼差しを返されて
××の方が怯む
「何より一番気に入らねーのが名前だ!何だよ
××とか手抜きかっての!どうせ手ぇ抜くなら
メメ子とかラスボス太郎とかマンk」
「それ以上はアウトぉぉぉぉ!!」
魂の底から 新八がツッコんだ次の瞬間
目を見開いた××の…化け物じみた姿が
ぐにゃりと大きく崩れて 高速で縮みだした
同時に四人の身体(からだ)と精神(こころ)を
喰らっていた侵食も収まって
室内の様子とともに元へと戻ってゆく
…やがて ただの白い部屋に戻った空間には
彼らの目の前に、見覚えのないとても幼く
かわいらしい少女を模った"メメ子"がいた
――――――――――――――――――――
「や…やったアル!銀ちゃんのテキトーな
ネーミングセンスのおかげネ!!」
「それ褒めてねーし、てか適当で悪かったな」
不満げに神楽へそう返して、その場に
腰を落とす銀時の姿が見えたので
私と新八も二人の側へと歩み寄ってゆく
まだひどく頭が痛んだが…先程まで私達を
苦しめていた"呪い"は既に失せていた
「ひとまず危機は去ったな」
「ああさん、元に戻ったんですね…
あの、正直さんは?」
訊ねられて、私は静かに首を振る
「…借りた力を全て使い果たしたようだ」
もう、耳を澄ませても何も聞こえてこない
正直殿が語りかけてくる事は二度とない、と
…何故だか確信に近いモノを抱いていた
「そっか…けど問題はまだ残ってるアルな」
名付けられた呪いの核…いや、メメ子殿は
空ろな瞳でこちらを見たまま問いかける
【辛い現実になにも意味なんてないのに
この世界で気付かなければ、忘れていれば
幸せでいられたのに…どうして?】
「確かに 現実はきびしい事ばかりかも知れない」
少しかがんで視線を合わせ、新八はこう答えた
「けどね、隣で笑ってくれる人がいるなら
そうそう捨てたものでも無いって僕は思うよ」
【…そう】
短い返答の後 メメ子殿が私を見る
【ねえ、正直はわたしのこと
…メメ子のこと、どう思ってた?】
「とても心配して、助けたいと…少なくとも
私はそんな風にお主を案じているように見えた」
身を貸した故に、ほんの少しばかり
私は正直殿の過去を垣間見ていた
正直殿は…核が"完全な付喪神"にさえなれば
呪いの連鎖が止められる事を知っていた
けれども、自らの記憶を読み取って現れた
メメ子殿を目の当たりにして
最期までどうしても…名付けることが出来なかった
たった一つだけの、自分だけの"特別な名"を
呼んだ瞬間に それは付喪神ではなく
"願い"を反映したモノへ変わってしまうから
「例え、呪いのせいで会えなくとも」
【ごめんね…ごめんね正直、ごめんね…】
消え入りそうな声で繰り返し呟いて
しばらくの沈黙を置いてから、メメ子殿は言った
【わたしは付喪神としてはまだ"成り立て"だから
かけられた呪いを消すことは出来ないの
けど呪いの力の源を消せば、みんな
きっと外に出られる…外も、元通りになる】
「でも、それって」
【そう…メメ子を消せば みんな幸せになれるの】
その言葉は、真実味を含んでいながらも
言うその面持ちは現実味も感情も…どこかへ
抜け落ちたような とても乾いたモノだった
【アナタたちを巻きこんで、殺そうとした
わたしをかばう理由なんてないもんね?
抵抗なんてしないから好きに息の根を止めなよ】
何かを言おうとした私達を押しのけて
銀時が、メメ子殿の前へと立った
――――――――――――――――――――
振り上げられた腕を見て 本の化身は覚悟を決める
【それでいい、さあ早くわたしを…いたっ!】
が、銀時の手は硬い拳骨を作ってその頭へ落ち
メメ子の頭へ大きなたんこぶを作った
――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:かつて無いほどに描写がグロいですが
童話も元ネタはグロいので、まーいっかと
新八:開き直りすぎです!てゆうか何だって
あの子は自分の一部なんて…うぇ
狐狗狸:ヨモツヘグイ効果によって本の縁が
強まり外へ出られなくなり、対象者へかけられる
呪いの力が高まります
新八:ゲームの説明っぽい口調で言われても!?
神楽:それにしてもネーミングセンス皆無アルな
3Zでの健康診断話での小芝居並みヨ
銀時:あの状況で凝った名前なんか付けられるか
つーか下手に捻るヤツがいるからDQNネームが
無くなんねーんだっつーの
新八:とんでもない名前つけようとしてた
銀さんにだけは言われたく無いです
"想い出"に縛られたり、"想い"があるからこそ
名を呼べなかったり…割り切れない事もある
様 読んでいただいてありがとうございました!