涙目でこぶをさするメメ子を呆れたように見下ろし
「ったく引きこもってばっかだから背も胸も
脳ミソもロクに育たねーんだ、おら行くぞメメ子」
銀時はそのまま横をすり抜け 一番向こうにある
真っ白な壁を目指して進み出す
【…行くって?】
「人を巻き込んどいて謝りもせず死ぬとか
無責任ほざいてんじゃねーぞ?
きっちり謝らして死に物狂いで世界戻させて
タップリこき使ってやっから覚悟しやがれ」
【でも、いいの?メメ子は…】
「ずっと一人で寂しかったんでしょ?」
戸惑うメメ子へそう訊ねる新八に続いて
「だったら、私らが遊び相手になっちゃるネ
呪いなら妹燃え達がきっと何とかするアル」
神楽が、笑顔で胸を叩いてそう言う
それでもいまだ迷っている幼子に
「外へ出て 正直殿の墓にも参らねばな」
が、僅かに和らげた表情と言葉を向けた
「テメーらモタモタすんな、置いてくぞ」
木刀担いで発破をかける銀時の背中を追う三人へ
メメ子が小さな足を踏み出して着いてゆく
…が、三歩も歩かぬうちにつまづいて倒れ
【きゃあっ!】
「ありゃりゃ〜ドジアルな」
「大丈夫?ケガとかしてない?」
立ち止まり、心配して覗き込んだ彼らが固まる
転んだメメ子の足首に どす黒い骨の手が
がっちりと食いこんでいた
第十訓 言いたい事は言えるウチに
手が這い登り、次々と黒い影のような骨が
床からせり上がって現れ
持ち上げられたしゃれこうべがカタカタと揺れる
『逃げ逃げげ逃げげらられれると思ってるのか?』
不快なほどしわがれた声で訊ねられ
強張った顔をした幼き付喪神の首へ、あっさりと
枯れ枝にも似た指先が絡みついて
何かが砕ける鈍い音を立てて
黒いガイコツのような"何か"は向こう側の壁まで
吹き飛ばされて叩きつけられ、グズグズに崩れてゆく
「メメ子!立てるアルか!!」
"何か"を蹴り飛ばして引き剥がした神楽に
支えられて、メメ子が立ち上がるも
白い室内のあちこちから 呻き声があがって
同時に黒い染みがにじんで、コブのように
膨らんであふれ出し…
『ソイツが…オレ達を殺した、のに…』
『ずぅるいぞぉぉ…!お前達もここで死んで
本の呪いの一つとなれぇぇぇぇ…!』
皮膚も髪も黒く醜く泥のように変化している
人型の"何か"が、いくつもいくつも生み出された
のっぺりとした表情のない顔に穿たれた
眼下にあるのは闇だけのはずなのに
そこから放たれる恨みのこもった視線が
銀時達を捉えている事が、ありありと分かる
「な、なんなんですかアレ!
まさか、今まで死んだ人達の怨念…!?」
「こりゃゆっくりしてられねぇな、神楽!
!こっち来て手伝え!!」
「分かったヨ!」
「新八、メメ子殿は頼むぞ!」
にじりよってくるヒトガタ怨念から距離を取り
素早く壁へとたどり着いた三人が、駆けつけた
勢いを殺さぬままに身構えて
「「「砕け散れえぇぇぇぇぇ!」」」
渾身の打撃をかわるがわる叩きつけると
耐え切れずに白い壁にヒビが入り、ほどなく
ガレキが外側へと豪快に弾け飛ぶ
突き破った先には吉原桃源郷の町並みが
一望できる広々とした一室が広がっていたが
四人とメメ子以外に、人の姿も生き物の気配もない
「銀さん!前からも追っ手が!!」
「抱かれたい男でも漁りに来たんなら、まず
風呂入って美白して出直せ し○るモドキぃぃ!」
畳から生えてきたヒトガタを先陣切って払いのけ
壁を越えて、外を目指し銀時が続く襖を開ける
…と 襖に仕切られた向こうの空間は
モザイクだらけのアレやソレが陳列されている
大人による大人のための建てもn
「どこに繋がってんのおぉぉ!?
たしかに吉原ならおかしくないチョイスだけど!」
ほんの少し二の足を踏むが、モザイクの間や
襖の近くからもヒトガタが沸きだしているので
迷っている時間も選択の余地も 彼らには無い
ずらりと並んだモザイクだらけの品々を
横目に駆ける最中
ヒトガタ怨念に追いつかれるよりも
「奇妙な置物ばかりだな…あの剥製は何ゆえ
負ぶさるように傾いて重な」
「今はここを抜けるのが先ですっ!!」
アウトな質問を繰り出すや
「メメ子!絶対目ぇ開けちゃダメアルよ!!」
神楽に抱えられているメメ子が
何かの弾みで、固く閉じている目を
開けてしまわないかが銀時達の気にかかった
ヒトガタを蹴散らしながら階段を下りれば
強い熱気に包まれ、まばたき程の時間をおかずに
周囲は赤銅色のマグマが流れる溶岩地帯に変化する
「あづっ!こんなトコ生身で歩けってのか!?」
【気をつけて!記憶の世界でも認識が同じなら
溶岩も本物と同じように危険だから】
流れる汗に構わず、怨念の黒い手をすり抜けて
いまにも発火しそうな地面を蹴って四人は進む
洞窟を抜けている途中で音も無く壁面が変わり
宇宙船の連絡通路かデッキを走り抜けている
最中にも足元の感触が曖昧になり
船の窓から見えていた 地球の浮かぶ銀河の闇が
いわくありげな地底の遺跡に取って代わられる
「長ぇよ!マジでキリがねぇよ!し○ると幻術合戦
よろしくな場面転換で尺稼ぐなバ管理人んん!」
「気持ちは分かるけどメタより脱出優先してぇぇ!」
床から、壁から死角から
インクの染みが広まるように黒い闇が
どこからともなく集まり 凝ってヒトガタと化す
「銀さん!こっちはダメです!」
「こっちもだ…くそ、幾度切り払っても
これではきりが無い!」
まとわりついてくるヒトガタどもの首を刎ねていた
の足元が急激に崩れて
「ぬわぁぁぁぁー…!」
「大変アル!がパ○スみたいな悲鳴あげて
穴に落っこったヨ!!」
「マジかよ、おい死んでねぇか!?」
ぽっかりと開いた穴の底からは声が無く
上にいた彼らも、復活してくるヒトガタ怨念に
半ば追い立てられるようにして穴へ飛び込む
落下の衝撃などもなく全員は、どこか
見覚えのある森の中に降り立っていた
「無事だったアルか!」
「うぬ…潮のニオイがする、海が近いぞ」
その指摘通り、メメ子を担いで四人が森を抜ければ
開けた視界には海が広がっている
「ここって…僕らが打ち上げられた無人島じゃ」
「"玉手箱"は無いがそのようだな、神楽…
戦い辛いだろう?メメ子殿をこちらへ」
「分かったy「ちょっと待て」
引き受けかけたへ 銀時が待ったをかける
「お前竜宮篇(あのとき)いなかったじゃねぇか
それに潮のニオイとかまともな配慮なんか知らねぇだろ」
疑問へ、答えるよりも早く
伸ばした作務衣少女の腕が黒くねじれて
鋭いキリのごとく変形してメメ子へと迫る
【きゃあああぁっ!】
が、刺さる直前でその両腕が大きく下へズレ
重力にしたがって落っこちる
驚愕し、思わず振り返った少女の首も
全く同じ無表情の少女が振るった槍の刃によって
切り落とされ 黒い液体へと戻される
「さん!?こ、今度は本物ですよね?」
「当たり前だ 世迷い事を申すな」
ヒトガタに引っかかれたのか、あちこちに
カギ裂きがあり 表情は無くても息は荒い
自らの姿であっても迷い無く仕留めた事も含め
目の前にいるのは、間違いなく本物のだろう
思わぬやり取りで足止めを食らっている間にも
新たなヒトガタが森から海から現れる
「し○るモドキが近づいて来たネ!」
「ボヤボヤしてるヒマねーな、行くぞ!!」
島を一周するまでもなく地面は床に摩り替わり
リングの上で、黒い怨念相手に派手な立ち回りを
見せる彼らだが あいにく観客は一人も存在しない
赤コーナーのロープをまたいで
強烈な冷気と共に吹き付ける雪の粒に視界と
足を遮られながらも小屋へとたどり着き
開いたドアをくぐった直後に
「イダッ!」
痛みを感じて、神楽の足が止まった
「どうした神楽!」
「これくらい平気よ、なんでもな…」
服から出ている足の素肌が溶け崩れ始めているのを
目の当たりにして、言いかけた一言が止まる
「神楽ちゃん、身体が溶けて…!?」
「どうやら…本の呪いは私達を
諦めるつもりなど、毛頭ないようだ」
眉一つ動かさぬの左手も、すでに薬指と
小指を失っており 右手も微妙に形が変化していた
「な、さんその腕!いつからそんなっ」
言葉半ばで新八のメガネも溶けたらしく
顔からずり落ちそうになっている
「新八いぃぃぃ!しっかりするヨロシ!」
「マズイ、これでは数分と持たぬ…!」
「クソっ!こんなヒデェ状態だったなんて
新八、なんで今まで黙ってやがった!」
真顔で悲痛な言葉を浴びせてくる三人へ
「本体はまだ溶けてねぇぇぇぇぇ!!」
心の底からのツッコミが炸裂した
…そこで、何かに気づいた銀時がおもむろに
ある場所を確認して 真っ青になった
「…銀時?股間を押さえてどうした」
「どうもしてねぇぇぇ!てか、まだ無事なうちに
こっから出るぞ!早く!!」
やや涙目になった彼を先頭に下水道をひた走り
這い上がってマンホールから出て、縦横無尽に
色々な風景を通り抜けてゆくが
ヒトガタの追跡も 四人の溶解も留まってはくれない
【やっぱりこのままじゃみんな死んじゃう…お願い、私を】
「諦めて消してくれってか?ふざけた寝言は
布団の中で言うのが相場って決まってんだろ」
抱えるメメ子へ食らいつこうとした怨念の口へ
木刀を突っこんで、貫きながら銀時は続ける