巣の戒めを一振りの木刀で払い
己を抱きかかえる銀時へ、彼女は
霞む目を開いて問いかける
「…ぬし…何故、こんな所に…来た
そんな身体で…逃げろと…いったのに」
壁際まで歩み寄りながら 低い声が答える
「…死にゃあしねェよ オレァ
死にゃあしねェよ…誰も」
城の外、町を駆け回り次々と火を消し
火災に巻き込まれた人へと手を貸す
仲間達の姿を思い浮かべながら
「オレ達ゃな お前を
孤独(ひとり)にはしねェよ」
彼は真っ直ぐに言い切って そっと
怪我をした月詠をその場に下ろす
…と、そこへ勢いよく駆け上がる足音と共に
「月詠殿、銀時!無事か!?」
両袖の"雷神"翻し 満身創痍のが
やや血相をかえて現れる
「…、ぬしまで…!?」
「よぉ、テメーもようやく来たか
…ほんじゃちょっとコイツ見ててくれよ」
「む…ところで地雷亜は」
言いかけ、彼女は目つきを鋭くし
銀時の背後を睨み構える
ほぼ同時に彼もまた 自らの背後へ
刺さる殺気に気がついた
第九訓 チャランポランだって限度超しゃ怒るわ
「よもやあれ程の手傷をうけていながら
生きていようとは…オレが張った糸を
たどり巣を嗅ぎつけたか」
煙の中から身を起こした地雷亜が
「蜘蛛の糸を極楽目指して登るどころか
地獄目指して這い上がって来るとは…」
負わされた手の傷を舐め、薄く口端を上げる
「お前さんらのバカさ加減には
釈迦も閻魔もあきれようて」
二人が顔を合わせ、頷いたのは僅か一瞬
無言で立ち上がった銀時が 相手へ向き直る
「…待て 銀時!!」
「逃げろなんてもう言わせねーよ
一人で何もかも背負いこもうなんざ
……水臭ェじゃねーか」
呼び止める月詠へ 背を見せたまま
彼は静かに言葉を紡ぐ
"泣きたい時に泣いて、笑いたい時に笑え"
"お前の側で、オレ達も一緒に泣いたり
笑ったりしてやるから"
「…そういう奴らが…お前にはいるだろう
肩を貸して荷を負うて、隣で歩いてくれる
仲間(やつら)がいるだろう」
傷を抑え、耳を傾ける彼女の隣に控えながら
もまた "大切な相手"を思い浮かべる
「それ以上何がいるってんだ 自分を捨てて
潔く綺麗に死んでくなんてことより」
窓際へと立ち尽くす地雷亜へ面を向けたまま
「小汚くてもテメーらしく生きてく事の方が
よっぽど上等だ」
強く語りかける銀時の双眸に 光が灯る
「お前達が…荷を負うと?
月詠の荷をお前達が共に担うと」
対し、せせら笑う地雷亜の眼に宿るは
禍々しい狂気と殺意
「月詠にとって荷はお前達以外の何者でもない
お前達がいなければ月詠はこんなに
苦しむことはなかった お前達がいなければ
月詠はこんなに醜くなる事はなかった」
片足で強く床を蹴って跳躍し
「全ては 貴様が消えれば済む事だァァ!!」
両腕を広げた地雷亜から、クナイの雨が
銀時の周囲へと降り注ぐ
それにより張り巡らせた糸の上に立ち
「月詠…腹が空いただろう」
中空から相手を見下ろし、羽織っていた
着物を脱ぎ捨て身軽になった地雷亜が言う
「今特上の餌を用意してやる 月を追い
巣に迷い込んだ…この哀れな虫ケラどもをな」
「銀…時」
足を動かそうとする月詠と、糸を切らんと
隙を窺うの動きが止まる
宙に立つ蜘蛛の殺気を押し退けて
「てめェがどこで誰を裏切ろうがかまやしねェ
将軍だろうがどこぞの主君だろうが
どうぞ好きにやりゃいい」
目の前の、銀髪の侍から発せられるのは
「だが一度師と名乗っておきながら
てめェ…弟子裏切ったな」
幼い頃より地雷亜を師と慕い、その背を
追っていた彼女を"喰いモノにした"怒り
それは屍の中 ただ一人生きてきた幼き己を
温かい言葉と掌で拾ってくれた師の影を
自らの指針と支えとしてきた彼が
背にする月詠へ同調してこその台詞
「そんなもん、師とは呼ばねェ
そんなもん 師弟とは呼ばねェ……消えろ」
刺すように言って蜘蛛へと突き出されたのは
「月詠(コイツ)の前から さっさと
消えろってんだ腐れ外道」
人をも殺せる気迫を持った、険しい眼光
その瞳と巡らせた糸の震えで地雷亜もまた
眼下の男の背負う気配に気付く
「…地雷亜 巣にかかったのはてめーの方だ」
―彼もまた 自分と同じ"修羅"だと
「オレの巣…土足で踏み荒らしたからには
生きて出られると思うな
うす汚ェ体液ぶちまいてくたばりやがれ」
木刀を構え、踏み込む体勢を作った銀時へ
「フッ、喰い合いか…面白い どちらが
巣の主かその身をもってしるがいい!!」
不敵に笑い返し 地雷亜もまた
縦横無尽に巣を駆け出す
…クナイ飛び交う戦いに加勢したくとも
手負いの己が飛び込めば、返って
足手まといとなると理解していて
「…はっ!」
は時折、気まぐれに飛び込むクナイを
月詠に当たらぬよう受け弾くのみ
「…すまぬ、わっちのせいで」
「謝るな」
弱々しい彼女に"田足事件"の自分を重ねて
「これしき…お主の咎にはならぬ」
注がれた緑眼に滲む強さと寂しさに
月詠もまた、何かを感じ取り押し黙る
降り注ぐクナイを避けながら駆けた銀時が
一直線に窓際へと向かい
「糸のない外に逃げるつもりか!!甘いわ
いかなる場所とてたちどころに巣に変わる!!」
糸の上を走り、地雷亜がその背を追い
腕を翻そうとした刹那
足を止め 相手が素早く身を反転する
「甘ェのはテメーだ」
軌道を絞るべく狭い出口へ誘導された、と
気付く相手へ避ける間を与えず
大上段で降ろされた木刀が地雷亜の身体を
深々と床へ沈める
立ち込める土煙に間を置いて
「…銀時っ!」
蟠る殺気に気付いたの声と同時に
喉元へ飛ぶクナイを
彼は咄嗟に突き出した左手で防ぐ
一拍後に煙をわった地雷亜の握るクナイが
頬を浅く掠めながらも
刺さった刃ごと絡めとった糸で
相手の右腕をがんじがらめに捉え
「つ〜かまえた」
間近に顔を近づけた銀時が、思い切り
地雷亜の脾腹へ木刀を突き立てる
「さァ 晩餐会の時間だ
たらふく食わせてもらうぜ」
吐き出される血も繋いだ左腕に奔る痛みも
全く構う事無く
雄叫びと共に木刀が振るわれ
捉えた地雷亜へ容赦ない渾身の打撃が
連続で浴びせられる
夜叉に相応しい、荒々しさを見せる
侍の胸中に根付いているのは
『屍を食らう鬼が出るときいて来てみれば
…君がそう?』
血臭と亡骸が転がり カラスが飛び交う
只中に腰掛けた銀時へ
『他人におびえ自分を護るためだけに
ふるう剣なんてもう捨てちゃいなさい』
言葉をかけ、己の剣を投げ渡し
『そいつの本当の使い方をしりたきゃ
付いてくるといい』
静謐な笑みを称える"師匠"の姿
『敵を斬るためではない、弱き己を
斬るために 己を護るのではない…』
怒りや恐れや侮蔑 そのどれでもない
感情を初めて自分へと教えてくれた
『己の 魂を護るために』
芯の通った魂を持つ 深い背中
足へと打ち込まれた一打で鈍い音が響き
地雷亜がよろめいて身を沈めた瞬間
銀時の右足に、クナイが深々と刺さる
「「があああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
互いに相手を見据え それぞれの獲物を
真正面から叩きつけて
形容しがたい衝突音の直後
左腕へ重く木刀の殴打が沈みこみ
同時に銀時の右腕へもクナイが刺さり
その衝撃に耐え切れず、木刀が床へと
吹き飛ばされて転がった
「「銀時ィ!!」」
その音で 我に返った月詠とが叫ぶ
しかし二人に答えるのは、疲弊した
両者の息遣いのみ
「何故だ…何故 お前がオレと拮抗する力を」
呆然と口を動かし、地雷亜は目の前の侍へ問う
自分を捨てて"獲物"の為だけに戦ってきた己と
全く真逆の…彼にとっては唾棄すべき
生き方をしてきた眼前の男が
何故、拮抗するだけの力を持ちえるのか…と
「まだわからねーのか オメーが捨てた
モンの中には…大切な荷も混ざってたんだよ」
低いながらも強さを秘めた声音で
銀時は、惑う蜘蛛へと諭す
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:やったらしつこかったので、今回から
(多分)次回まで銀さんのターンです
神楽:よかったアルな主人公の面目保てて
銀時:何その蔑むよーな眼!?そもそもオレが
主人公で当たり前だからね!夢小説の奴らが
目立ちすぎてんのが異常だからね!?
新八:銀さん…それ夢小説全否定してます
神楽:そういや前回目立ってたアイツ
結局、痔忍者の仕事横取りしてるアルな
銀時:だよなー遅れて来てたくせによぉ
狐狗狸:横取りって言っても殆どはあの人が
全部片付け…ってそう言う銀さんも少し
シバき倒してたじゃん
新八:その辺は前回にやっとけお前らァァァ!
師になり損ねた男を下す、最後の一撃は…
様 読んでいただきありがとうございました!