充満していた血臭が薄れ始めた無人の倉庫に





「はぁ…くそっ!遅かったか!」





駆けつけた"彼"の一声が空しく響く







情報を元にどうにか三人の足取りを追って
この場所を突き止めたものの


怪我と蜘蛛の手の者による足止めに

手間を取られて到着が遅れたようだ





「悲嘆にくれてる時間は無い、とにかく
二人と月詠の安否を確かめなくては…!」





歩き出した彼の耳に海上から
何か大きな飛沫が上がる音が聞こえて


間を置かず発信源へと辿りつけば





そこには海中から引き上げられたばかりの
重症状態の銀時と


そして、彼らを助け上げたと思われる





げ!テメェ…っ」


一人の忍が 現れた相手と同時に驚く





「お前は…どうしてここにいるんだ!」


「そりゃこっちの台詞だライバル兵士!」





前髪で顔の半分が隠れていても尚


機嫌の悪さをありありと滲ませて
舌打ちと共に、全蔵は吐き捨てた





人のヤボ用に何だってゾロゾロ
面倒な奴ばっか絡むんだチクショーが」





発言の意図を問い正すよりも先に


彼は、ずぶ濡れの二人の側に屈み込むと
冷たくなった腕の脈を測り





しばらく沈黙が場を支配して





「どうやらギリギリで生きてるようだ…」


ほっと息をついてから、彼は取り出した
簡単な応急処置を施す











第五訓 マイナスとマイナス掛け合わせりゃ
プラスにな…らない?












手際の良さに些か感心しながらも


死人に近い顔色のままのへチラリと
視線を注いで 聞こえよがしに忍は言う





「ったく…こいつが顔見知りでなきゃ
死にかけようとほっとくのによぉ」


「それが出来ないから、ここにいて
銀さん達を引き上げてくれたんだろ?」


「うるせぇよライバル兵士」





作業が終わったのを見計らい、全蔵は
彼女の体を俵抱きに抱え上げ


いまだに横たわっている銀時を目で差す


「テメェはそこの天パ担げよ…オレぁ
もう野郎持ち上げんのゴメンだからよ」


「ああ…しかし一体何があったんだ?
移動がてらで構わんから説明してくれ」





真摯な蒼眼に晒され、落ちた沈黙は一瞬





やなこった…と言いたいトコだが
一応お前さんも"関係者"だからな

大体の顛末は教えといてやるよ」







"個人的な因縁があって、奴の行方と
動向を探っていた"






地雷亜の大まかな素性と共に


倉庫で起きた乱痴気騒ぎを語った全蔵は





「まさか奴の張った巣に、テメェらや
まで関わるとは思わなかったわ」





成り行きで地雷亜を探る 知った顔ぶれが
覗いていた事に驚いているようだ





「しかし…コイツは気付いているのか?
捨て駒同然で依頼を受けたと」





相当の手練と聞いたからこそ彼は理解していた


地雷亜へ送りつける刺客の任は
彼女にとって、少々荷が重過ぎる





さぁな?依頼元は仕留められりゃ儲けモン
ダメでも手傷くらいは負わせられる、と
踏んでの"投資"だろうけどな」







他人事のような発言に鋭い揶揄の視線が飛ぶ





「お前は…銀さん達に加勢もせず、ただ
月詠が連れ去られるのを傍観してたのか?」








常人ならば思わず罪悪を覚えるであろう
咎めの口調も注ぐ揶揄すらも


何処吹く風で忍は淡々と返す






「勘違いすんじゃねぇよ 言ったろ?
こいつぁ"ヤボ用"だ…個人的な、な











二人が吉原に戻って、三日三晩の時が流れ―







「月詠殿っ!!」


「おぶぁぁぁぁぁ!?」





まず眼を覚ましたのは彼女だった





勢いよく跳ね起きた弾みで衝突したデコ
押さえつつ 無表情で傍らの晴太を見やる


「痛いではないか、何故そんな所にいる晴太」


ヒドイよ姉ぇ…オイラ達ずっと
心配してたってのに」





涙目になりながら鼻を押さえる少年に構わず

側の二人が安堵の表情で声をかける





「よかった!本気で心配したんですよ!!」


三途に長居するのもほどほどにしとくネ!
今回ばっかりはマジで焦ったヨ」


「新八、神楽も……銀時は!?





最後に海へ落下していく彼の光景を思い出し
慌てたように問う





「それが まだ目を覚まさなくて…」


言いつつ新八が示すのは、隣に並んだ布団に
いまだこんこんと眠り続ける銀時の姿





「銀ちゃーん、さっさと復活するアルよ!
ピーマン妹はもう起きたネぇぇぇぇ!」








己と同様 手当てをされたその姿に
一応の安心を覚えつつも





「私達はどうして助かった…いや、それより
どうやってここに戻ってこれた?」





口にした疑問に答えたのは、神楽





「アイツと痔忍者が運んできたネ」







ただそれだけの単語で しかし彼女は
粗方の事情は察したようだ





「そうか、して二人はどこに?」


「それが…あの人は何か用があるとかで
一度地上に戻りました」





まだ怪我が治りきって無いのに…と

眉を潜める新八の隣で続ける晴太


「忍者のオッサンは、またいつもの通り
お気に入りのあの店で飲んだくれてるよ」


「そうか…店の名は?」


"ブスっ娘クラブ"だったと思…」







言い差して、彼らは気が付いた


「ってさん、何してるんですか?





いつの間にか布団を畳み、側にあった
作務衣と槍とを手にする彼女の様子に





「…月詠殿の行方を全蔵殿に聞いてみる」


え゛え゛え゛え゛え゛え゛!?
あの人が知ってる確証は無いでしょ!?」






戸惑う新八に対し、はあくまで
表情を崩さぬままで答える





「地雷亜のクナイ捌き…あれは忍の動き
あの者ならば何か分かるやも知れん」


「それでお前はどうするつもりアルか」


「…仲間を助ける他に、理由がいるのか?」


無茶だよ!そんなひどい怪我で!
第一銀さんだってまだ目覚めてないじゃん!!」





言い募る晴太の言葉は、他の二人の気持ちも
代弁しているようであった







「……着替え終えても目覚めぬなら先に行く」





ボソリと一言呟き、彼女が一旦別の部屋へ
移動したのを見届けてから





「銀さあぁぁぁぁん!早く目覚めて!
じゃないとあの人一人で死地に行きそう!」



「歩く死亡フラグが暴走するねぇぇぇ
銀ちゃぁぁぁぁぁん!!」






一つ残った布団に眠る男を取り囲んで
彼らは必死で絶叫を続けた





顔を覗きこむ三人の意思が通じたか


うっすらと、銀時が目を開けた





「銀さんんんんん!!」


「よかったよォォォ このまま
死んじゃうのかと思ったオイラ!!」


「アホアルか、銀ちゃんがコレ位で
死ぬワケないネ!」








浴びせられる、子供達の賑やかな
言葉の洪水が途切れる頃に





「…オイ…オレなんで助かったんだ
どうやって吉原まで戻ってきたんだ





繰り返し問われた台詞へ返事をするのは


"雷神"作務衣に着替え終え、廊下側の
襖から顔を覗かせた





「生憎、手助けした片割れは地上らしいが
…もう一人はまだココにいるそうだ」


「何だ…テメェも無事だったのか
って、月詠は?





一瞬だけ済まなそうに目を伏せてから

首を二度ほど横に振って





「今から月詠殿の場所を問うつもり故
…お主も行くのだろう?銀時


据えられた緑眼に、銀時は一つ頷いた









…件の店は一人の男によって貸し切られ


店員の娘達は彼を囲って楽しげに
笑いながら騒ぎ立てていた





彼は自分の側にいた娘のアゴを掴んで





「何この二つの洞窟、何でこんな上向いてんの
さしていい?電子レンジのコンセントさして
チンしてもいい?」






当人独特の口説き文句(?)を吐く





それに頬を染め、言われた相手が
何かを答えるより早く


飛び込んだ銀時のフライングキックが
その男の即頭部にヒットして



二秒後、店は大騒ぎになった





「銀時…今のは店員の者を巻き込みかけたぞ
もう少しやり方を考えろ」


「おーそっかそっか、スイマセンね〜
ケガとかありませんでした?」







と、後頭部を押さえながら全蔵が立ち上がる





てめェェェ!!命の恩人に何しやがんだ!!
てーかもさり気に扱いヒドくね!?」



スマヌがお主は眼中にない 事は急を要す」





突然の仕打ち&冷淡な表情と台詞に

神経逆撫でされた相手の言に 更にキレた銀時が
メンチを切る一幕があったものの





「てめーあんな所で何してやがった
月詠は?あの後どうなった?


「ちょいとヤボ用でね…べっぴんさんの方は
連れて行かれちまったぜ」







後の追求に対し非協力的な彼を早々に見限り


「仕方ない…行くぞ銀時」





冷やかな一瞥を寄越した彼女と共に
舌打ちしつつ銀時も店を去りかけて





「言っておくがテメーらじゃヤローには
勝てねーぞ…そんな身体じゃなくてもな」



醒めた一言が 二人の足を止めた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:海にドボンした二人の救出からここまで
来れたので次回辺りに炎上するかも吉原


銀時:どんな予告ぅぅ!?つーか前半が
アイツと痔忍者の絡みってねーよ!!


神楽:何気にアイツとの共演ネタも話に
持ってきてセコいんだよチキショーが


新八:内部事情はいい加減オブラート包めぇぇ!


全蔵:それより、の態度が初対面の時
同レベルにキッツイんだけど…一応オレ
命の恩人だよね?


狐狗狸:アハハ…苛立ちverだと意図せず
毒舌になるのは私のキャラの特性だから勘弁

…これでも一応抑え目な方なのよ?彼女


銀時:何と基準にしての抑え目だよ




闇抱く蜘蛛の凶刃が、ついに吉原に…!


様 読んでいただきありがとうございました!