仲間を捨てた?
違う 仲間を失うのが怖かったんだろう


一人で戦ってきた?違う 最初から一人で
あれば孤独になる苦しみもねェからだろう」





言葉は真剣と同等の鋭さを持って


瞠目する蜘蛛の心へ刺さる





「てめーは負う苦しみも背負われる
苦しみからも逃げた ただの臆病者だ」



空気が 音さえ立つ勢いで凝る





「臆病者の相手は臆病者で充分だ…

てめーの相手はこのオレで 充分だ





たった二人の男が満たす、気迫と殺意で凝る





「ぬかせェェェ!
貴様に何がわかるぅぅぅ!!」



猛り狂った雄叫びを響かせ叫ぶ地雷亜と





「てめーに 師匠の名を語る資格はねェ」


怒りを言葉に乗せた銀時が床を蹴り







「てめーに…荷ごと弟子背負う
背中があるかァァァァァ!!」






凄まじい音を立てて、両者の額がぶつかった





立ち竦む月詠とが声を無くした
そのままで 事の成り行きを待つ







鬼神の形相で睨み合い固まったままの二人





ややあって、双眸の焦点を無くし


地雷亜が床へと崩折れ 倒れ伏す











第十訓 気付いて恩返し出来るだけ
幸せなんだぜ?












首の蜘蛛の刺青をさらしたまま
身動き一つしない男を見下ろし





括った腕の糸を銀時が解き





床へと落ちたクナイの音を合図に


周囲の時が、再び動き出す







に支えられ 手助けされる形で
壁から身を起こし立ち上がった月詠が





「…銀時」


一人佇む男へ、静かな言葉と視線を寄越す





それに答えて銀時が振り返り





同時に額から血を流した虫の息の地雷亜が

その首筋へ クナイの刃先を向ける



「貴様、まだっ…!」


「地雷亜 やめろっ!!」







迂闊に動けぬその状態のまま、自分を
見やる背後の男に向けて





「…もうやめとけ……てめーの巣には
何もいやしねェよ」





放たれる言葉には、先程のような
荒々しい怒りは欠片も無い







「そこにいんのは最初から
たった一匹の蜘蛛だけだ」






あるのは、ただただ頭上の月を仰ぎ


月に焦がれて…空に向かい
無為に糸を吐き続けるだけの


哀れで小さな蜘蛛への 憐れみ







それを察し、地雷亜は小さく笑みを零す


「…何を世迷い言を そんな事は
当の昔にしってるさ」



「やめろォォォ!!地雷亜ァァァ!!」





クナイを握る右手が翻るのと月詠の叫びが
口から漏れるのとはほぼ同時


次の瞬間、三人が一斉に動き―







重い刺突音と僅かな血垂れが静寂を裂く







銀時の背後で立ち尽くした地雷亜の


その背から…いや、首の後ろに
彫られた蜘蛛から血が迸る





槍の刃先が右腕を切り落とすよりも疾く


背に回った月詠のクナイが地雷亜を
再び床へと伏させた






「月詠…殿…」





慕いし相手を手にかけた彼女へ
何か言いたそうにするだが


寂しげな顔つきを目にし、結局口をつぐむ







「……いい…それで…それでいい…」





傷口からあふれ出す血が 床へと広がり
溜まってゆくのも構わずに





「蜘蛛が、血に消えゆくか…存外、ゲホッ
期待していた程の感慨はないな」


ゆっくりと顔を上げ呟く地雷亜





「己を 殺すなどという事は」







言葉の端々に滲む感情に気付いて





「…地雷亜 ぬし…」


「地雷亜 お前の最後の獲物は
お前自身だったってワケかい」






紡ぐ月詠の言葉を受け継ぐようにして


答えるは…大破した窓の桟に背を持たせ
こちらを見やる全蔵





「おまえの狙いは、手塩にかけて
鍛え上げた己の弟子(ぶんしん)を
殺すことなんかじゃねェ」





動揺する周囲の視線に動じる事無く


「最愛の弟子…己自身に
殺される事だったんだろ」






彼は淡々と、蜘蛛の思惑を暴露する





「…か…頭の息子…か、一度会うたな

親父殿と仲間の仇…再びとりに来たか
残念だったな 一足…遅かったわ」





血を吐きながらも虚勢を張る相手を睥睨し


「仇なんざ…とうの昔にとる気は失せたぜ」





静かに語る全蔵の脳裏に甦るのは


責を追い、足を向けた自分を介さず


崖上に打ち立てられた無名の墓石と

備えた花だけを黙し見つめる地雷亜の背






「地に落ちもがく蜘蛛なんざ
潰す気にもなりゃしねェよ 段蔵」



「…フッ 全て調査済みというワケか」







月夜の静寂を縫うように、低い声が
次々と言葉を紡いで流れる





蜘蛛手の地雷亜と呼ばれた男の本名


鳶田段蔵という、伊賀の郷士の中でも
有数の大家に生まれつき

神童と呼ばれた忍術の才を持つ男が辿るは





一族郎党を他の郷士達に殺され


ただ一人残った、年端のいかぬ妹を
人質に取られ仇の下で働かされる半生








「お前の歪んだ忠誠心が生まれたのは
その頃だろう 滅私奉公…文字通り
自分の身を捨てて仇のために働いた」





一族を根絶やした仇に仕える憎しみ
哀しみ、恥辱から逃れるべく


己という存在を忘れ目の前の任務を
機械的にこなし 自らの姿に陶酔する





…彼には、それしか術は無かった









そこまで語られ 銀時と月詠の視線が
一瞬、側に立つへと注いだ





二人と同じ哀しげな瞳でありながら


"能面"とまで揶揄される面はどこか

痛みを堪えるように歪んでもいた







語り手も 恐らくは気付いていただろう





「…だが、そんな兄の姿を
見ていられなくなったのだろう」





紡がれていた言葉が、僅かばかり
歯切れを悪くし…重みを増す





「お前の妹は 自ら命を絶った」







どれだけ相手を屠れど、どれだけ己を痛めつけど


…目の前で妹を死なせた自責と
憎悪の念は 彼の中で消えずに残った





その痛みに、苦しみ足掻いた末





「お前は 最も自分が忌むべき方法で
お前自身を殺そうとした」


彼の裡にあった感情が、一つの狂気の
根源として形どられた






"己が手塩にかけて育てた最愛の弟子の
敵として…その手にかかって死ぬ"






「それが妹を護れなかったお前が自身に
課した罰…お前はずっと 自分に
罰をあたえ続けていただけなんだろう








慕っていた師が負っていた荷の重さに
月詠は、呆然と言葉を無くす





無意識に 同調していたが呟く


「ならこの者と私は同じ…
いや、大して違いなどないのだ」





もまた自分の存在(せい)で


大切な相手へ取り返しのつかない傷
負わせた事に、長い間苦しみ続けた一人だ







「…違うな ただ…怖かっただけさ…」





弱々しい地雷亜の最初の一言は、


語りや呟きに答えたようにも

自分へと言い聞かせてるようにも聞き取れた





お前さんの言う通り…オレはまた失うのが怖くて
…荷を負うことをやめた ただの臆病者」





ゆえに、小さき背中で荷を一身に背負おうと

己に教えを乞う月詠に惹かれた






自分のように傷つかないように


己の全てを伝授しようと支えていた、と

彼は息を細く吐きながら続ける





「だがオレの思いとは裏腹に…お前の周りには
いつのまにか 仲間が…居場所ができていた」





自分と違い、苦しみから逃げぬ強さを持つ
月詠が離れるのを恐れて





地雷亜はその手を引き戻す為だけに

こんな狂乱を…引き起こしてしまった







「生きるとは、ままならぬ…ものだな」





三人と、彼らに近づく忍が無言で
倒れ伏した地雷亜の言葉を聞き続ける





「月詠 つまらぬものを背負わせたな
……すまなかっ…た」



か細い謝罪が彼から吐き出され―







片腕を取った月詠が、その身体を持ち上げ

支えながら窓辺へと歩き始めた








「…もっと 早くに話をしてほしかった
わっちにも、遠慮なくその荷わけてほしかった





佇む三人に見送られながら





「…弟子を荷ごと背負うのが師匠の役目なら
弟子の役目は何じゃ


師を背負えるまでに大きくなることじゃ」








火の消えた街の上 闇夜に輝く月の光が
届くその元まで引きずって





「見えるか、師匠」





隣で静かに笑いかけた月詠と


失った妹の笑顔が…地雷亜の中で重なる






「ああ 見え…る、今迄…見たことが
ない程の…キレイな 月だ」






そう言って、彼は心から笑った


それはとても安らかな…最後の笑顔だった









「…たいした弟子だな 師匠を背負えるまで
大きくなるのが弟子のつとめか」





二人の背を眺めたまま、全蔵が感慨深げに言う





「オレぁ親父(ヤロー)にゃ背負われて
ばかりで…そんなマネついぞしてやれなんだ」







それぞれの"師"を浮かべた二人の





「オレもだ」


「…片手ほどの回数のまま、彼岸に逝かれた」





哀悼を込めた言葉もまた 煌々と輝く
月夜の空気に溶け込んで消えた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:バトルシーンはこれで終了です
次回からは後日談のあの話に突入しますね


月詠:にしても…のあの面、初めて見んした


狐狗狸:似た境遇だと気付いたからねぇ…

まぁ、ゆえに無意識でお互いが傷痕(トラウマ)
抉ってたんですけれども


全蔵:ほのぼのと言わないでくれる?
つかあれじゃまるでオレ悪役じゃねーか


狐狗狸:サーセン…つか紅蜘蛛リアタイで見た時
ガチでビビリ倒してたもん


銀時:やってた田足が、月詠の下りやら
地雷亜の過去とモロ被ってきてたもんなー


狐狗狸:偶然て怖いねー(苦笑)




一つの戦いが 幕を閉じた後の色町で


様 読んでいただきありがとうございました!