屋根の破片に身を沈めたままで
震える左腕と…指に巻かれた"約束"を
掲げて、銀時は小さく笑う
「約束(ゆびきり)…なんざ
気安くするもんじゃ…ねぇな…」
ビルの隙間から 登りゆく日の光を
眺める彼の元へ
「銀ちゃーん!!」
「銀さん!大丈夫ですか!!」
駆けつけた新八と神楽がその身体を
両脇から、それぞれ支え始める
「悪ぃなお前ら…ジィさんはどーした?」
「舞蔵さんなら、姫様や警察の人達が
護ってくださってます」
「エセ銀ちゃんも軍連れてやって来たアル」
「ふーん…そういやさっきの声が
聞こえたみてぇだが、アイツ近くにいんの?」
「そこで撃沈してるヨ、見事な散り様だたネ」
「いや神楽ちゃんが率先して屋根に
めりこませたよね?踏み台にしたよね?」
「あーほっとけ、その内起き上がんだろ」
…そんな普段通りすぎる会話を展開する
三人の 遥か頭上では
天守閣頂点に到着した増援の船より
降り立った天導衆の一同と
・月詠・信女の三者が対峙していた
「残念であったな 一橋の犬に異国の男よ
あともう一息ではあったが、その手
天には届かなかったな」
"自分を裁く事は出来ない"と定々は
動けぬ身体で、彼らをせせら笑う
「思い知るがいい、天に仇なした
己の愚かさを」
集まりゆく法衣姿に下手な行動もできず
三人は定々を睨みつけるくらいしかできない
大勢の黒法師が艦橋から左右に分かれ
「定々公 随分と手痛いしっぺ返しを
受けたようだな」
歩み出た、代表格と思しき髪の長い黒マントの男が
"殿中でこれ以上の騒ぎを起こすのは
双方の本意ではないだろう"とうそぶく
第十一訓 修羅が集いて
「見廻組に外国の者よ、そなたらにも
言い分はあろうが…この争い 一旦我等に預けよ」
「冗談じゃない、定々の身柄もこの星も
お前らの都合のいいように操るつもりだろう」
一歩進みでたが、赤々とした眼差しで
男を睨み 提案を拒否するが
「身内の事は身内で片付ける、そなたらの介入は
事をいたずらにあおり争いを生むだけだ」
にべもなく突き放し、彼らに構わず
手の者が定々へ投薬を施しながら
その身を支えて連行する
「定々公の身柄は一時 我々が預かろう」
そうして定々の処遇と
…騒ぎを起こした銀時達の処遇について
淡々と述べる長髪の男へ
「その必要はござらん」
たどり着いた茂々が、言葉を返す
「これは我々の国で起きた問題
我々で処するが筋というもの」
「しっ…茂々!?」
動揺する定々を尻目に、天導衆の男は
"定々に汚れ仕事を任せてきた茂々"が
主君に剣を向けたといえど、愛する家臣を
処断できるのかと嘲笑う
だが…茂々は相手から目を逸らさない
「その者らは 主君に剣を向けてなどいない」
例え"国賊"と蔑まれ、国中を敵に回そうと
「己(おの)が信念という法 己が魂という
主君がため、彼等は戦ったのです」
銀時達が護り通したその心は…
幾ら汚名を着せられても、為政者にも
将軍にも、何者にも汚せないと
力強く語る茂々が 片手をあげれば
「私がそれを罪と定め 彼等を裁くとあらば」
背後に控えていた真選組・見廻組
そして外国籍の兵士達が静かに歩み寄り
全員が 一斉に将軍へと刀と銃口を向けた
彼等だけではなく…江戸城の周りを囲む
警察機構の者達や外国軍の大砲や兵器もまた
天守閣の頂上へと突き付けられる
「暗愚な私(しゅくん)に剣を向けた
我が軍は 全て罪人にござる」
その光景に、そうさせた茂々の言動に
と定々が同時に目を見張った
「しっ…茂々貴様ぁぁぁぁ!!」
「彼等に一切の罪はござらぬ 全ての咎は
彼等の主君たりえなかった将軍家にあり」
言って、茂々は懐から一通の文書…
"解官証書"を定々の足元へと放り
伯父を止められなかった責を負う旨を告げる
「共に 地獄へ参りましょう」
「しっ…茂々…
まさか貴様 将軍を辞する気…」
「将軍様、いや茂々さん…!」
証書を拾い上げ、硬直する定々に構わず
茂々は 天導衆の者達へと答えた
「お引きとりを
ここは 侍の国にござる」
―――――――――――――――――――――
…"茂々の辞任"に免じ
天導衆の面々と戦艦は、定々を残し
その場から撤収した
夜明けと共に争いが収まり
江戸中の警察機構と米国の軍隊が協力して
様々な処理に忙殺される内に夜になり
「此度の働き まことに見事であったな」
病院へ逆戻りした異三郎へ、見舞いに来た
一橋の使者が賛辞を送っていた
定々の投獄や 将軍職を捨てた
茂々への驚きと共に
一橋派の地位の安泰をぺらぺらとまくし立て
「おかげで我々は労せず喜々(のぶのぶ)様を
将軍に押しあげる事が出来る」
などと勝ち誇ったように出っ歯の使者が
高笑うのを聞き流す片手間
打ちこんだメールをに送って、彼は言う
「根津殿 ここは官営の医療機関
どこで誰が何をきいているかわかりませんよ」
「なぁに時流は既に一橋一色
我々に逆らえる者など もういない」
断言する使者…根津が
「いえいえ、壁に耳あり障子に目あり」
「肩に」 「フェアリーと言うでしょ」
振り返って目の当たりにしたのは
近藤と土方の、いかつく悪魔じみた笑みだった
「ギャァァアア!あっ…悪魔だぁぁぁ!!
さっ…佐々木殿 私はこれで!!
おっ…お大事にぃぃ!!」
見舞いに来た真選組の二人は
逃げるように病室を出た根津から
ベッドの上で半身を起こしたままで
淡々と世辞を述べる病人へ視線を移す
「本当にアナタ達は見かけによらず
フェアリーのような心の方達だ」
「なにせ未来の警察庁長官殿だ
今からゴマすっとくに越した事はねぇだろ」
険を含んだ笑みを浮かべ
土方は、おもむろに刀の鍔を鳴らした
「葬式位、参列すらぁ」
だが相手は、物々しい気配にも動じない
「今さら利用された事に気づいて
私を斬りに来たとでも?」
「…悪政を正せるのであれば喜んで
利用もされるさ、だが俺達家臣を護るため
その咎を一身に背負われた殿を利用したとあらば」
黙っているワケにはいかない、と
殿を思う忠誠心に溢れた近藤の台詞へ
一旦メールを打つ手を止め、異三郎は
疑問を投げかける
「アナタ達は本当にそんなもののために
剣をとったのでしょうか」
…今回の件で真実彼は、一橋派のために
殿の失脚を 狙ってなどいなかった
たかが一介の浪人のために 一国の
主君(あるじ)が地位を捨てるまで心動かされ
たかが一本の腐れ縁のために 忠誠もしらぬ
バラバラの山猿が剣を取り
義理のない外国の軍までも呼び込むとは
「幾らエリートでも、予想できませんよ」
折よく、一通のメールが届き
[銀ときは無事であだ]という件名だけが
書かれたのメールを目にして
「つくづく不可解な男だ…坂田 銀時」
小さく笑い、今度はへとメールを送る
傍らで異三郎はこう続けた
「飽き性のあの娘が、任務のためとはいえ
この一件 異常な固執を見せたのも
あの男の悪い影響でなければいいのですが」
語りかけられた当の信女は
…控えていた入口から背を離し
静かに廊下を立ち去る
そして相変わらず異三郎は
天導衆をさしおき
将軍の首をさし替えても
世が変わるなどという考えを 甘いと誹り
新しい政権で、異国に頼らず渡り合える
強国を創る 一橋の若君の大志を
"矮小な法螺"に付き合うつもりはないと言い切る
「私が付き合うのは
もっと馬鹿げた…大法螺です」
「今の熱弁、の前でも奮ってやれよ」
皮肉気に笑う土方へ、返されたのはため息と
「心配せずともまだ政権は一橋には
うつりませんよ…そろそろ天導衆が動くでしょう」
"定々の見張りをしていた方がいい"という
忠告に続く
…見廻組(ぶか)からの報告だった
「烏の死骸が消えました」
―――――――――――――――――――――
船内にて、失脚した定々へ
天導衆の面々は手の平を返した言を零す
「使えぬ傀儡(にんぎょう)は早々に
切り捨てるべきだったのだ」
「傀儡(にんぎょう)としての価値はなくとも
アレにはまだ、餌としての価値があります」
敢えて逆らうがごとき進言をしたのは
彼らの足元へ、舞い戻った朧である
致命傷を避けるために経絡を歪め
彼はかろうじて死を免れていた
それでも傷は深く…回復に手間取ったようで
「ぬしにそれ程の深手を負わせるとは
一体何者であるか」
高みより訊ねる主君へ、朧は答える
「餌にかかった鬼にございます」
定々は攘夷戦争暗部の象徴…ゆえに
それを餌にして釣れる獲物を狙い
「憂うべきは一橋派の存在にあらず」
一橋を傀儡に擁し、中央に近づく
"真なる敵"…鬼を炙り出す
その為に必要な餌、と定々を称する朧へ
「なるほど、ウチのクライアントは
アンタらの餌に過ぎなかったと…ねえ」
いつの間にか潜入していた
紅い刀を持つ男が寄越した揶揄が
船内の空気を震わせる
「奴でしか連れぬ獲物があるのだ」
「そうか…だが、その餌
浮きはちゃんとついてるか?」
…時同じくして警備をしていた者達を
国籍にかかわらず片付けて
「さぁ早くここを開けろ
私を外へ連れ出せ」
現れた法衣姿の三人が檻へ寄るのを見て
定々は、自らの復権と甥への恨み言を
血走った目で叫びだす
「誰にも…天にも!!
私を裁く事などできはしな…」
が…吠える定々の腹へ、刀を突きいれ
「…その通りだ たとえ将軍だろうと
天であろうと、誰にもお前は裁かせねぇ」
三人のうちの一人が、笠を跳ね上げる
「お前を裁くのは このオレだ」
膝をついた定々を見下ろすのは―高杉だった
―――――――――――――――――――――
「この太刀筋に、銃痕、これは…!」
「死体の検分は後だ!定々は無事か!!」
近藤と土方 そしてが血相を変えて
獄中へ駆けつけるも既に遅く
檻の向こうには…頭を断ち割られた定々の
無残な死骸が壁に寄りかかっていた
同じく駆けつけた獄舎の屋根の上にて
朧は"真なる敵"を
松陽の弟子達だと断じる
そうして…背後へ現れた信女に
かつての名 "骸(むくろ)"と呼びかけ
「よりにもよってあの男 松陽の弟子と
手を組み…天導衆(てん)に刃を向けるか」
「異三郎はあの高杉(おとこ)の大法螺に
付き合うと言った なら私も付き合うだけ」
短く、決別の言葉を交わす
そうして立ち去る寸前
…彼は 彼女へと問う
「似ていたか
あの弟子達(ふたり)は 松陽に…」
彼女はハッキリと答えた
「似てない」
時同じくして
松陽が残したものを護ろうとしていた一人と
松陽の残したものを壊そうとしていた一人が
全く同じ路地で…
全く同じ 悲しい目を携えて
互いにすれ違って遠ざかってゆく
ピタリ、と足を止めた銀髪の侍が
ふと通り過ぎた者を確かめようと
顔を向けるが あるのはただ人ごみばかり
黙ったまま、再び歩き出す彼だったが
「具合はいいのか?銀時」
普段と変わらぬ無表情と作務衣姿で
近づいていくの姿を認めると
ほんの少しだけ…表情がどこか
普段通りの気だるさを取り戻していた
「それお前が言う?片足ざっくしされーの
神楽にふまれーのされてて」
「上から下までお主の方が重傷だ」
「おめーは言語能力の方が重傷だ」
憎まれ口から、ほんの少しだけ間を置いて
「他言無用の言伝を預かった」
唐突に始まった彼女の要件を
ツッコミもせずに銀時は耳を傾けた
「奴さんも存外しぶといねぇ…死肉を
漁ってる烏なだけはあるってか」
「勲殿やマヨ殿と共に殿も
獄舎へ向かったとか 間に合えばよいが」
一旦口を閉ざし…はささやくように
船での戦闘で一瞬だけ、信女の首の裏に
"烏の入れ墨"が見えたと打ち明けた
「ふーん」
興味なさそうな返事に
こちらもまた一ミリも表情を
変えることなく 彼女は天を仰ぐ
「それにしてもこれから将軍殿と
舞蔵殿は…どうなってしまうのだろうな」
銀時もまた、虚空を眺めて呟いた
「さーな」
――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:杉様の「先生に〜」は退助様側にて
出す事にしてみました
桂:で、オレの方は?
新八:アンタ傾城篇じゃ出てこないじゃん!
神楽:スタンバってたらしいけど
出てきてたら速攻ブタ箱に出荷されてたアルな
メリル:場の流れと当人の希望で銃を向けたけど
…私達、国籍が違う軍よね?
ジョニー:国際問題にならないのかな…
近藤:ま、あの時は君らのトコも
ひっくるめて味方扱いだから平気だろ
月詠:仮に何かあったとしても、あやつが
どうとでもとりなすじゃろ
待ち望む月が空へと登り 二人は…
様 読んでいただきありがとうございました!