匂いをかぐ定春と並んで歩く神楽の姿を
追いながら 私は暗い路地を進んでいた
微かに風に乗って 潮風が漂う
…この先は海に向かっているはずだが
何故そんな所から桂殿の匂いが?
「ん?こんなトコに何でポリバ…っ」
こちらを見下ろしていた人相の悪い
浪人を、瞬時に昏倒させて先を急ぐ
先程からやたらとこの手の輩が多く
神楽に気付かれぬよう仕留めねばならぬ
ゆえ、全く面倒で仕方ない
「一体 何だというのだ」
呟くと 急に神楽と定春が足を止めた
マズイ、また見つかってしまったか?
しかし 両者は私の方ではなく
ただただ前方を見据えている
「なんだろあの船?」
……船?
外の様子を よく目を凝らして
見つめてみると
確かに、神楽の視線の先には
一隻の船影が見えた
「もしやあの船から桂殿の匂いが?
しかし、何故…?」
思わず呟くも
またもや何人かの足音が聞こえ、
同時に神楽が物陰に身を潜める
私も気配を消し 覗き穴より様子を伺う
第五訓 満月は不吉を呼ぶらしい
「どうだ?見つかったか」
「ダメだ こりゃまた例の病気が出たな
岡田さん…」
歩いてくるのは、相も変わらず
人相の悪い浪人達
岡田…あの、辻斬りの男か
すると 奴らは鬼兵隊の手の者…
「こないだも あの桂を斬ったとか
触れ回ってたが あの人なら…」
「ちゃんと見張っとかねーから
アレの存在が明るみに出たら…」
言いながら去っていくのを見届けると
神楽が紙を取り出し、何かをしたため始める
「定春 お前はコレを銀ちゃん達の所へ
届けるアル かわいいメス犬がいても
寄り道しちゃダメだヨ」
紙をくわえて元来た道を駆ける定春を見送り
「上に乗っかっちゃダメだヨ〜
……よし行くか」
再び 先へと神楽は進む
私も後をつけようとするも、突如
衝撃と共に世界が横転する
何だ、一体何が起こっている!?
「なんだよ?どーした?」
「いや、こんなとこにきったねー
ポリバケツがあっからよぉー」
「うわホントだボッロ!」
この声 また鬼兵隊の浪人どもか!?
「邪魔クセーから蹴り飛ばしんだけど
何か重てーんだよ、何入ってんだあれ?」
「つーか転がりすぎじゃね?」
「オレにも蹴らせろよ、最近暴れてねぇから
ストレス溜まってんだよ」
次々に襲いかかる衝撃に、私は
フタが取れぬよう押さえながら耐える
ドンドン、神楽から自分の位置が
離れてゆくではないか
おのれ…ことごとく邪魔をしおって…!
反撃しようにも回転が止まらぬことには
どうしようもない
しばらく衝撃は止むことがなく
さすがに手が痺れ、フタから離れそうに
なっていた直前 回転が止まる
「ホンット重ぇなこれ、何入ってんだ?」
「オレ達がこんだけ蹴っててもフタ取れねぇし
一度回転を止めて 調べてみよーぜ?」
ごとり、と重い音がして 横向きから
正しい位置へと身体が戻る
「ったくマジ重てぇな 何のゴミが入ってん」
フタが開き、覗き見る三人の浪人が
顔を引きつらせた一瞬
私は槍の一撃をお見舞いしていた
「浪人ふぜいが手こずらせおって…」
吐き捨て、転がる奴等に構わず
先程の船のあった場所まで走る
見つかるかもしれぬがこの際構わん
神楽の身が 心配だ
近づくにつれ 何かが聞こえてくる
「船に 明かりが…!」
船上に取り付けられた明かりが
甲板を照らしている
「ヅラあぁぁぁぁ!!」
神楽の叫びが 間違いなく船の上から聞こえ
続いて、銃声が轟いた
―迷いは無かった
私は、船着場から勢いをつけ船へ飛ぶ
槍を船体へと突き立て
身体を持ち上げるように駆けながら
引き抜いた槍を刺す動作を繰り返し
「今だぁぁ押さえつけろぉぉ!!」
神楽へと殺到する兵達を割って
「ぐぎゃあああ!!」
「ぐぅおえっ!!」
私は、神楽の元へとはせ参じる
「お主ら、大勢で一人を囲み…
それが武士のやることか!」
「何スかアンタぁぁ!?」
二丁の銃を持った女がこちらを睨む
「人に名を聞く時はまず自分から名乗るのが礼儀だ」
「質問文に質問文を返すなっス!」
「ククク…お姫様の護衛のお出ましってとこか?」
有象無象の浪士達の中ですら目立つ殺気を
漂わせながら、高杉が呟いた
「!なんでここにいるアルか」
「偶然だ」
「どんな偶然ネ ウソつくなよテメー」
疑わしげな目をした神楽に頭を叩かれる
…肩を打たれているにもかかわらず
平気で動けるところは、流石夜兎
と、感心している場合ではない
「とにかく、ここから離れろ」
「イヤアル!きっとここにヅラがいるネ!!」
いくら致命傷ではないといえ、撃たれた
ばかりにも関わらず引く気のない神楽
定春がこの船に桂殿の臭いを
嗅ぎ取った事も気になる以上
今の神楽を説得できる自信は…と
考えている間にも神楽は
浪人しばきつ移動し始めている
「待て神楽 なら私も共に行」
「ダメね!は早く帰るアル
お兄ちゃんごっさ心配してるネ!!」
「確かに兄上も心配だが それとコレとは」
『無視してんじゃねぇぞガキどもがぁぁ!』
言い合いの途中、割り込む浪人どもを
「「やかましい黙れ雑魚がぁぁ!!」」
声を揃えて二人で張り倒す
「その様子じゃ腹の調子は
大丈夫そうだなぁ、」
「…お主に心配される筋合いは無い」
殺気を乗せて高杉を睨むと、銃女が
銃口をこちらに向けて叫ぶ
「テメッ晋助様に向かって生意気っス!
生きて帰れっと思うなっス!!」
「ダメです 先程も言ったとおり
女子供は殺さずに捕らえるのです」
「だぁかぁらロリコンはいい加減に
してくださいっス武市先輩ぃぃ!」
「ロリコンじゃありませんフェミニストです」
…なにやら船の上にいる男と掛け合いを
はじめる銃女を放っておき
立ち塞がる浪人どもを 薙ぎ倒しながら
「ヅラぁぁぁ!!待ってろォォ
今行くぞォォォ!!」
「仕方ない お供いたす!」
よろよろと、奥へ歩く神楽へついて行く
「な…なんてガキどもだ…」
尚も追いすがる浪人を神楽が傘の銃で
一斉掃射を浴びせる
「無茶をするな神楽、後ろは私に任せろ」
「こそ余計なおせわネ
まだ自分の身ぐらい、自分で守れるヨ」
息を整え、こちらを向いた神楽の目の色が 変わった
「なんだ ココ」
つられて振り向き 私も目を見開いた
部屋を占める機械の群れ
液体の入った大きな容器
ただし、あの時と違い 中にあったのは
餓鬼椿ではなく
「……紅い 刀?」
「そいつを見ちゃあ もう 生かして帰せないな」
気付けば、神楽の背後に銃を突きつけ
女が 引き金を引こうとしていた
辛うじて 頭に向けられた銃を
槍の刃先で跳ね上げて狙いをずらし
弾丸は 神楽の顔を掠めて壁へめり込む
そのまま、女の首を掻き切ろうとするが
「おっと動くなっス!」
もう片方の手が握った銃が、神楽の身体に
突きつけられていたため 動きを止める
「くっ…油断したアル」
「貴様 その薄汚い銃を神楽から退けろ!」
「お断りっス、さぁ これからテメェら
二人じっくりなぶってやるっスよ」
女がニヤリと笑って銃口を私にも
向けたと同時に
神楽が 私を蹴り飛ばし
私は甲板の方へと吹き飛ばされる
「こほっ…神楽!?」
「!逃げるアル!逃げて銀ちゃん達に
心配ないって伝えてヨ!」
「しかし」
言い募る私に 神楽は不敵な笑みで
「大丈夫アル!私がこんな染み付きパンツ女に
やられると思ってるアルか?」
「ちょっ、染みなんてねぇって
言ってんだろがクソガキぃぃぃ!」
「すまぬ神楽…必ず 助けに行く」
言って私は立ち上がって甲板を駆け
群がる浪士を吹き飛ばし 船の端まで―
銃声が背後で響き
胸を何かが貫いて、途方もない熱が生まれる
じわり と血が広がるのが分かる
「そのまま鉛玉食らって死ねっス!」
くるりと振り返ると、銃女が続けて引き金を引き
私は まっ逆さまに海中へ転落する
後はただ、闇が広がっていく…
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:ようやく5話目です お待たせしま
また子:待たせすぎっス!死んで晋助様に
わびて来いっスぅぅぅ!!(銃乱射)
狐狗狸:ぎゃあああぁぁぁ!?(避)
武市:…ウワサには聞いてましたが
槍の腕前はかなりのモノですね
狐狗狸:うわっいつの間に背後に!?
武市:有守流の使い手であり…ちょうど
食べごろの年齢でお肌もこう輝きが
また子:聞いてねぇよ武市変態!!
武市:変態じゃありませんフェミニストです
狐狗狸:いや、変態でしょ
高杉:殆どの名を呼ぶ機会が
無かったが…夢として成り立つのかぁ?
狐狗狸:……恐らくは
次回 の生死は…!?
様 読んでいただきありがとうございました!