[今にして考えてみれば僕のスケジュールや
須藤さんの連絡先、妹の怪我のコトを知っていて


犯人としての条件を満たしていたのは 彼だった]






「彼氏んトコであの話を読んでから、もう夢中だった」





おざなりなタイマーがついた爆弾を片手に


二つほどのボタンがついたリモコンを空いた手に握り


迂闊に動けない入口の面々へ 語り聞かせるように
タカミは言葉を紡いでゆく





"総霊未詳"の事なら何でも調べた…

実話を元にしたスペクタクルな展開に個性豊かなキャラを
より身近に感じられて完璧に幸せだったわ


この女を除けばね





タカミにとって霊子は気高く、美しく、何よりも強い
無敵の存在かつ誰からも愛されるヒロイン





そう信じて疑わない彼が

期待に胸を弾ませて対面したモデルの少女は


薄汚く、みすぼらしい犯罪者で


おまけに愛想も感情もロクに表せない
出来損ないの天人もどきとしか映らなかったようだ





「こんな女が"霊子"じゃ"総霊未詳"に傷がつくじゃない」


「だから妹を刺したんですか?」


「ええ」







野次馬やアンチを目撃情報で操り、誘導した
路地で接触を図ったタカミは





さん逃げてるって聞いたから少しでも
囮になれたらって思って、変装して来ちゃいました』


『心遣いは痛み入るが離れた方がいい お主も危険だ』


『わかってますけどほっとけませんよ
先生も近くにいますし、一緒に行きましょう』





兄をエサに動揺させることで


隠し持っている凶器を気取らせる間を与えずに

彼女との距離を詰めることに成功した





早く行きましょう、もたもたしてたら先生
変な人に捕まっちゃうかもしれませんし』











第十三訓 事実は小説よりも粋なり











「って言ったらこの仏頂面女、面白いくらい血相変えて
アタイについてこうとしたから楽に刺せたわ」


「たかが一冊の小説のキャラクターのために
そこまでするなんて…」





信じられないモノでも見るような彼らの視線など
意に介することなく


誇らしげに胸を張ってタカミは言う





惚れ込んだ作品のためならなんだって出来るわ
あのスケベ編集だって、先生の作品を売るために
アタイの用意したスキャンダルを利用したんだし」


「やっぱりあの通り魔や店への脅迫騒ぎは」


「あそこまで便乗するバカが多かったのは予想外ね」





作り物の緑眼が、ベッドの少女と
少年少女に支えられた包帯だらけの老人を見やる





「さっさとこの女殺してジジイ生贄にして
手っ取り早く終わらすつもりだったのに」


「最初からアタシを犯人役しぬう気で呼んだんか」





肯定するように鼻で笑い 彼はもてあそんでいた
リモコンを見せつけるように左右へ動かす


数歩後ずさる人垣の様子に満足し





「さぁおしゃべりは終わり、アタイは今度こそ
この女を殺して"仮想霊子"になるの邪魔しないで」


ベッドから腰を上げたタカミが 布団へと手をかけ―







「いくら類友たぁ言えテメーみてぇなファンが
ついちゃ、(こいつ)も作品もかわいそうだぜ」






突き放した銀時の一言が その動きを止めた





「話やキャラ好きなのは勝手だけどイイ大人なら
現実と妄想の区別ぐらいはつけるヨロシ」


「てゆうか妄想だけでも激痛なのに人様にまで
迷惑かけちゃファンとして失格でしょ?」


「それお前が言うの?ねぇ」


「何よそれ…アタイは"霊子"なのよ?」


「だから何?さっきから自分は"霊子"って…勝手に
成りきるだけじゃなくちゃんまで巻き込むなんて
そんな迷惑な人、私は主人公だなんて認めないわ」





ぴしゃりと言う妙に他の者達と、彼らに
囲まれたも同調したような表情を浮かべ


それによって苛立った彼は歯噛みする





黙れ、口答えしてんじゃないわよモブキャラのクセに」


「裸吾痔さんアナタいい加減に
「その名前で呼ぶんじゃねぇ!」





女装に違和感のない細身から想像もできない程の
怒号を吐き散らし、タカミは江戸の面々を睨む





アタイがどれだけそのふざけた名前に苦しんだと思う

馬鹿親どものせいで変えられない名前を、人生を
どれだけ消してしまいたいと考えたか…!」



知らねぇよ、人殺しまでやらかしてテメーの名前と
人生そっくり変える気持ちなんざ知りたくもねぇ」


「いやまぁ親御さんもヒデェと思うけどな、名前の事
言い出したらオレらだって史実からもじってるだけだし」


「僕なんか苗字 芸人さんから取ってますし」


「あ、私もいちご100『緊張感持てお前らぁぁ!!』





脱線する説教に無線越しのツッコミが飛ぶのと


追い詰められた獣の顔をした彼が
空いた手を布団へとかけたのがほとんど同時だった





「ねぇ先生、この女を殺したならアタイを"霊子"だって

モブキャラじゃないって認めてくれるわよね!?





悲鳴に近い叫び声とともに布団が剥ぎ取られ…







「いやベッドインでそんな積極性をかましてくる時点で
十分キャラ濃いですわよ?アナタ」





タカミは、限界まで目を見開いて固まってしまった





ベッドに横たわり、関節を外し身体を限界まで縮こまらせた
にニコリと笑いかけられて






「全く、どこまでも骨を折らせてくれる





同時に護られていた""が 半端に屈めた姿勢を戻すと


拍子にその顔がぐにゃりと歪んで、顔へ化けていた
天人の少年がその首から離れてゆく






「サイトで暗殺編を書くつもりだからと言って
オレを影武者に使う必要はなかろう」


「そのメタはマジで控えるべきだと思います」





人垣の中で変声機を外しつつ言う桂(カゲムシャ)
ツギハギ顔の大柄な少年が おずおずと訊ねる





「重かったですよね 首、大丈夫ですか?」


「真の侍ならば童の一人二人頭に乗ろうと
どうという事はない、それよりもお主のその力
ぜひ攘夷に「見境ナシか」


「あの女はどこっ!?どこに逃がした!!」





半狂乱といった体のタカミを抑え込もうと
江戸の人々による包囲網が一気に狭まりかけるが





「来るなあぁぁぁぁ!!」





リモコンの片方のスイッチをカチリ、と押して

爆弾を前面へと押し出されたため再び輪が広がってしまう





あわてて逃げ出すに構わず


ベッドをまたいで窓際まで後ずさったタカミが
しっかりと爆弾を抱きかかえて怒鳴る





「どこに隠したんだ、連れてきなさいよ早く!!」


「タイマーが動き出してる…まさかホントに押すなんて」


「ココデ爆発シタラアナタモ死ニマスヨ?!」


「自爆?上等よ、あの女さえ殺せればアタイはそれで
満足すんのよ!分かったらとっととあの偽物女を


「ぎゃーぎゃー騒ぐんじゃねぇよカマピー2号
発情した猿じゃあるめーし」





混乱と緊張が極度に達した一瞬





なら最初っからそこにいるぜ?なぁ





すべりこんだ銀時の呼びかけへ応えるように


ベッドの下から伸びた槍の柄底

二重の囮に完全に気を取られたタカミの手から
リモコンを弾き飛ばす





「そうとも…私は、ここにいるぞ!」





続いてベッドの下より這いだした作務衣姿の少女が


もぎとった爆弾を外へと放り投げ 間髪入れずに
放った"飛ぶ斬撃"を直撃させて破壊する





ひらめいた爆発の余波が 病室のガラスを砕いた







[意識を取り戻したに、僕はどうしたいか訊ねた


あの子はいつもの無表情でこう答えた


彼と向き合い 罪を犯した理由を問いたい

そして自らの過ちを分からせたい、と


だから全てをあの子と…皆さんへ任せることにした]








伏せていた江戸の住人達が身体を起こす





さん!無事ですか!?」





「無事だ、裸吾痔殿もな」







庇われるようにして床へ押し付けられたタカミも
ゆっくりと身を起こして


傷一つない自分の姿と足元に散らばるガラスの破片


そして頬や腕に真新しいかすり傷を増やした
に気づくと、顔を歪めてうつむいた





「…アタイはアンタを殺そうとしたのよ
助けて改心するとでも思ってんの?おめでたい頭して」


言葉半ばで襟首をつかまれ

顔を上げさせられた彼は目を白黒させる





「自棄を起こすな馬鹿者が」





至近距離でさらされた怒りに満ちた深い緑眼を

直視できず、安っぽい緑眼は怯えを宿して逸れた





「兄上に万一傷でも負わせていたならば
お主だけでなく一族郎党の命でも償えぬ所ぞ」


『重っ!!』


「それと改心を促したくて助けたつもりはない」





きょとんとしていたタカミの襟から 手が離れる







「兄上の話を本気で好み、兄上のため親身になって
行動した恩義に報いたまで」


何よそれ…アタイは別に 作品が好きなだけで
アンタもアンタの兄貴も、何とも思ってない…」





「だったら どうして泣いているんです?





指摘され、目からあふれ出す涙に気づき


止めようと彼は拭うけれども…滴はボロボロと
瞳から零れ落ちてゆく





「やだ…なにコレ、アタイ"霊子"になる のに…
"霊子"はこんなんで泣いたりしないのに…」


「何を言うか お主は隆実 裸吾痔だ





大嫌いな名前を呼ぶその声は

強い自信とやさしさに満ちていて


真っ直ぐなの緑眼を 今度は逸らすことなく
受け止めて…タカミは無意識に理解した







"霊子"になり替わる事で変わろうとしても自分は
結局自分でしかなかったけれど


本当はは"霊子"になりたかったのではなくて


―嫌いなトコだらけで変わりたい自分を

ありのままに、誰か一人に認めてほしかったのだと






そんな彼の内心の変化に 銀時も気づいていた





「主役じゃなくても、モブでもテメーの存在(こと)
見てくれるヤツがいたじゃねぇか」






ぶっきらぼうでも 力強くやわらかな言葉が
また一つ、魂にしみこんでゆく





こくこくと頷き、涙を流し続けるタカミへ


歩み寄った山崎が手錠をかける





「それじゃ行きましょうか」







特に抵抗もせず 立ち上がる彼を見守りながら





「皆の者 世話をかけ申した」


「全くだ今度なんかおごれテメー」



『そっちも無事に終わったようだな…
つーか被害者なんだから一応は加減してやれよ?』





普段通りの雰囲気をかもしだす銀時達から
兄へと向き直り、彼女は頭を下げる





兄上、囮などという危険な役目
引き受けてくださりありがとうございます」


「何言ってんの ほかでもない妹の頼みじゃない」


言い合って笑う兄妹へ 万事屋トリオを始めとする
人々が集まりかけて







ぱちぱちぱち、と場違いな拍手の音が病室に響く







「いや〜いいもん見させてもらったYO」





軽薄な調子でそう言って、院内仕様に扮した
住人達の合間を割って現れたのは


事件解決のため秘密裏に保護されていたハズの―





「須藤編集…いつから!?


「途中からさ〜外の騒ぎのどさくさに紛れて来てみたら
まさかこんな人情話があるなんてねぇ…ボク思わず
涙腺ブレイクしちゃったZE」


「大人しくホゴガレオランバ悪趣味な出刃亀しくさって」





吐き捨てる須藤老人に構わず編集は


サングラスに隠れた目元を拭い、元部下へと視線を移す





「しかしまさかタカミ君にアブノーマルな趣味が
あっただなんて、いや〜ビックリ!」


「ウソだ アンタは少し前から知ってて…」


「我が社から犯罪者が出たのは残念だが
まっ、これもいい宣伝になりそうだYO!





朗らかに笑う編集の台詞を


場にいる全員は、すぐには理解できなかった





「どういう意味ですか?」


「にっぶいな〜兄と妹の絆が街の住人を動かし
卑劣な犯人を捕獲!サプライズにお涙頂戴…
こんな極上のネタ使わないでどーするってのさYOU!


「ここでの事をさんに書かせる気ですか!?」


書かせるに決まってるじゃな〜い、実話を元にした
フィクションなんだから売れるネタ書いてなんぼでしょ?」





下卑た笑みを浮かべたヒゲ面は、軽蔑の視線など
痛くもかゆくもない様子で受け流し


馴れ馴れしくの肩を抱いてささやく





「どーよちゃん!これ次の話に盛りこんで
ボクらでギネス入り目指しちゃ」



直後、握られた拳をまともに受けて編集が尻餅をついた





擦りむいて血がにじむ右手で触れられた肩を払い

相手を見下ろす彼の笑みは とても冷たいモノであった





お断りします、ついでにアナタとの縁もこれきりです」


はぁ!?よき理解者であるボクを殴って
どーいうつもり!!頭狂ったのかい?」



「狂ってるのはアナタです、それと僕はもう
作家じゃありません…ただの江戸一美しすぎる兄です」


「ドサクサに紛れてナルシストっぷり暴露したアルな」


「兄上の麗しさはもう宇宙一でh『お前は口挟むな』







どうにか立ち上がりながら さしものにやけ面に
青筋を立て、編集は彼を指差す





「契約破棄するつもり?オーケー
YOUがそのつもりなら訴訟も辞さないよ!





だがそんな脅しに揺らぐほど





「構いませんよ、こちらも持てる限りの
交友関係を武器に勝訴しますから」






も、集まった街の住人達もヤワではない





「ぬしの悪評には調べがついてるしな」


「証拠ならいくらだって探しますよ、なんたって
それがオレらのお仕事ですから」


「弁護士にも看守にも知り合いがいるんでね何なら
オレが弁護して「それは遠慮します」オィィ!





逆に彼らからの圧力を受けて編集の方が

すごすごとその場から退散せざるを得なくなっていた











[○月×日 : 今日もまた いつも通りと言えば
いつも通りの、騒がしい一日だった


…本当に人生 何があるか分からない]








あれからすさまじい人脈と力技によって
出版社と の間で結ばれた契約は切れ


"総霊未詳"は出来うる限り回収される事となった





「謝罪会見のあとも、色々ごたついたみたいですよ?」





留置所にて面会したタカミによれば


映画は中止になり 例のヒゲ編集も厳罰をくらって
しばらくは大人しくなっているらしい





「皆さんにはご迷惑おかけしました…もしきちんと
罪を償ったら、また仲良くしてくれますか?」


「無論だ」


「そん時には仲良くやれるオカマも紹介するネ」





火消しに奔走している誰かさんらのおかげで
巷のウワサも下火になっている事を告げ







面会を終えた万事屋三人との前へ


"藤岡屋"のカゴを担いだ須藤老人が歩いてくる





「由來殿、もう具合はよいのか?」


「おかげさんでぬっあにもるはったさ!」


「あの、編集さんの件ですけど…」





裁判の結果 かなり慰謝料などを支払わされた
彼の甥に少しばかり同情してしまう新八へ





むしろ気にした様子もなく老人は答えた





「なーにあれぐらい気にするなし
ピルルルピピルビチャクパァるぐらいじゃい」


「電波受信!?」


「イレグャリラバンス語で"ウチのバカにはいい薬になった
これからは心を入れ替えて真面目に精進するだろうさ
今回の件ではアンタ方にゃ本当に感謝している"
言うたんさ」


「最初からそう言えよ!てか圧縮率すごいなその言語!!」







事件に巻き込まれた貸本屋の老主人は


結果的に多数の情報網と、ほとんど回収された
"総霊未詳"のごく少数を手に入れていたので


今も上機嫌で彼らと話しているのようだ





「ちゃっかりしてるジジイだなおい」





禿頭を銀時に小突かれつつも 老人は得意げに笑い





「商売人なら当たりみゃーだがや
なぁが兄さの本ば、大事に扱わせてもらうっちゃ」


「そうしてもらえると とても助かる」


「アタシゃしばらく江戸で商売させてもらうさね

今後とも"貸本 藤岡屋"をごひいきに!!





親しくなった四人と往来の人々へ向けて
威勢の良い口上を述べたのだった







[この江戸、いやかぶき町では
突拍子のない事なんて簡単に起きる


それでも僕と妹はこの町で、皆と共に生きていく


辛い事も楽しい事も 全部ひっくるめて

幸せな一ページとして魂に刻みながら]






彼らと別れ 帰りの路地を並んで歩く中


うっすらと笑う兄の顔を、妹は無表情のまま
じっと見上げている





「…どうして嬉しそうなのです?」


「儲け話がオジャンになったのは悔しいけど
やっといつもの生活に戻れたからさ」





君は嬉しくないの?と聞かれて


間をおいては…口元を綻ばせて答える


「兄上が幸せならば、私も幸せです」





[―僕らの物語は 想霊未詳(あのほん)の
続編(つづき)はこれからも続いていくのだろう


望むモノがいる限り


僕らが、こうして生きている限り]








行李を背負い、本を借りた客を見送った須藤老人が





「ほんに…いい兄妹だねぇ」


病院で拾った 一枚の紙切れを袂から取り出す


走り書きでしたためられた名前の群れは、彼によって
書かれるはずだった続編の題名案


その中の一つが 丸でぐるぐると囲われている





「この本も出来たならええ出来やったろうが
あいつらの行く末とじゃ比べるまでもあんべぇな」





孫を呼ぶような好々爺の顔でその名を呟くと

老人は、紙を大事に仕舞って歩き出す








――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:五時前ルールぎりぎりで駆け込みましたが
八月を持って愛妹帳編、完結でございます


全員:ありがとうございました〜!!


新八:今更ながらさんの隠れ場所
アレちょっと無茶すぎじゃありません?


月詠:寝台の金具の辺りに ヤモリのように貼りついて
いたらしいが…よく隠れられたもんでありんす


桂:しかし敵方への情報攪乱と二重の囮のために
の兄に変装する日が来ようとはな


源外:ちなみに変声機はオレの手製だぜ


銀時:しっかし詰め気味で消化不良はいつも通りとして
ラストの取ってつけたよーなアレは何だよ?


狐狗狸:いいじゃない…入れたかったんだもの
これ彼の"日記"から始まった話なんですし




将軍暗殺編 やる気が起きたら書きます


様 読んでいただきありがとうございました!