[ あの子は、何においても僕を優先してくれている


どんな時だって僕を心配し 無条件で全面的に
僕を信頼して希望をかなえようとしてくれている]






思い出の中にいるは、いつだって無表情で





『今日の夕餉を買ってまいりましたぞ兄上!!』


『気持ちはありがたいんだけど、それホヤだよね
そんなもんどこで売ってたの?』





後ろで一つにまとめた黒い三つ編みを揺らし


作務衣姿に足袋の、おおよそ女の子らしくない姿で

兄の目の 手の 声の届く所にいた





[でもそれは唯一の肉親だから、だけじゃない]





周りにどれだけ白い目を向けられようとも


兄との結婚を口にし、それが実現できるように
彼女なりの努力を惜しまないその姿は


当人にとっても…ひたむきで歪に見えた





『兄上!必ずや結婚して家庭を築き幸せな日々を
送れるよう励みますゆえ、それまでお待ちくだされ』


『僕は このままでも十分に幸せなんだけどな』


思ったままを口にした彼は





『私もです…しかし、兄上にはもっともっと
幸せになっていただきたいのです』



表情の乏しい顔を少しだけ曇らせながら答える
妹の胸の内を…本当は知っていた








[妹は…はあの日からずっと僕に対して
罪悪感を抱き続けて


その"贖罪"を理由に 無意識に真っ当な世界から
向き合う事へ目を背けている]






江戸で暮らし、様々な人々と関わるようになって


少しずつ 年頃の娘らしく成長を重ねていたものの


それでもの根っこの部分には その想いが

呪いのようにこびりついていると知っていた





「だから、あの子の逃げ場を無くそうか
前々から思ってはいたんですよ」





冷たい仕打ちも、あの決別も


全てはずるずると先延ばしにしていた
"兄妹離れ"のためのお膳立てだったと彼は自嘲する











第十二訓 お決まりの展開は安定感が違います











「そりゃまた おとましー事さぁしたもんだ」


「文句ぐらいは言われると覚悟してましたけれどね」





しかし兄のそんな予想を、妹はいい意味で裏切ってくれた





「あっさり出て行ってくれた上に、弱音を吐いた僕を
慣れない携帯越しに励ましてくれたんですよ」


「なんとまぁイメージ以上にがいなだらずじゃの」


「全く持ってその通りですよ」





老人の表情と態度で何となく言わんとすることを
理解しているのか


気にせず好き勝手しゃべっているかは定かではないが


かみ合う形で答えるの手は
膝元に置いていた日記と筆から離れて





「誰に何と言われようと自分を曲げないし
バカなことばっかり言うし、この間も稽古でうっかり
頭と手に怪我して邪気眼患者な見た目になっちゃうし」


ベッドの上で眠り続ける の頬を優しく撫でる





「でも…そーいういいトコダメなトコ全部ひっくるめて
この子は、大事な妹なんです





慈しむように頬を撫でていた白い手が不意に離れ


膝元の日記の真上で止まると、強く握りしめられる





「僕は…悔しくてなりませんよ」







本に対して非道な行いをされて憤った須藤老人同様


彼もまた、妹が理由も無く平凡な人間に
力を振るうなどという凶行に及ばないと信じていたが故に


大した理由の無い、平凡な人間の悪意に
攻撃され続け 命まで奪われかけた事実を


どうしても受け入れられなかった





まで傷つけた犯人を呪いたくてもどこの誰だか
顔も名前も人数も、存在すらも分からないなんて…!」






握りこまれた手の平に爪が食いこんだのか


にじみ出た赤い血が、指の合間を伝って一滴ずつ
白いページへと滴り落ちる





[思いっきり ぶん殴ってやりたい

出来ることなら同じ目にあわせてやりたい





過去の自分と…妹を傷つけた犯人を]






隣といって差し支えない程の距離にいた須藤老人には


ページに書かれた怒りのこもった独白と


赤以外に広がる日記のシミがハッキリと見えた





「全財産支払うでも土下座でも裸踊りでも映画出演でも
宇宙一周でも、僕に出来る事なら何でもします」





それは潤んだ緑玉の瞳から零れ落ちる


熱い透明な滴だった





「もう一度 僕に戦う力を貸してください」







無言で病室を出た須藤老人は扉のすぐ側で





壁に寄りかかって眺めていた銀時達と顔を合わせる





「おじいちゃーん 便所は反対方向だぜ?」


知っておる、でも今はそんな事どうだっていいさ
重要な事じゃあるめぃ」


「不快指数上がりそうなセリフはともかく
その身体で徘徊してたらポックリいくアルよ?」


「ここでながまってるのはアタシにゃ向かんゴロ
だからアンタらもちぃとリハビリに付き合えや」





いまだ傷を抱えるはずの 貸本屋のくぼんだ瞳には
強い輝きが宿っている





いい加減きまげてんべさ、アタシの大事な本を
大好きな本の作者をおしゃかしくさったがしんたれには
ちんちんな湯ぅくらしても足りんわ」


「須藤さんそれ二重にマズい発言じゃ…でも」


「言葉はともかく、気持ちは魂(こころ)で理解したアル」


「んじゃそろそろ話数も残り少ねーし、陰からこそこそ
ねちっこい事やらかしてるムッツリ野郎を連れてくっかね」


真っ先に動き出す老人と共についていく銀時が
足を止めず、誰にともなく呟く





とっとと泣き止んどけよカマ兄貴
あとでイヤってほどテメーらから搾り取ってやっからよぉ」






ほぼタカリ同然のヤクザめいたその言葉と


遠ざかる足音に…病室のはどこか嬉しげに
小さく微笑んでいた











―それから三日も経たずに


"総霊未詳"に関わった編集が拉致された、だの


作者が何者かに襲われて
全治二か月の負傷を負って療養中、だの


作品のモデルとなった店に小火騒ぎがあった、といった
ウワサがまことしやかに流れ始め





それに重なるようにして かの編集は姿を消した





「なぁタカミ、須藤編集が行きそうな場所に
何か心当たりないか?」


「すみません全く…先生に聞いても
病院にいるから分からないって言われてしまって…」


「一体どうなってるんだ…?」





事を荒立てぬため表ざたにはしていないものの


容疑掛けられた彼の理由不明な不在
出版社の内部は浮足立つ





スナックやある中華飯店、吉原の店などにも
一時休業の札が店頭に下げられており


"ASSの会"の作務衣集団達もこのただならぬ事態を
不可解に感じ、須藤老人を問いただす





「須藤さん 甥っ子さんの消息について
何かご存知の事は!?」


「アナタを襲った犯人について、少しでも手がかりは
ありませんか!やはり犯人はあの少女ですか!?」






が…返ってきたのは





「魔窟と化した庭園の門扉の上で
ガーゴイルは嗤う(知らないね)」


「誰かぁぁ!解読班を呼べえぇぇぇぇぇ!!」


方言まみれのとぼけた返答だけだった







そのウワサと、あまりにも合致する現実の様子は
機会や人の口を通じて流れ





『犯人どんだけ"総霊未詳"嫌いなんだよ
"総霊未詳"に親でも殺されたのかってーの』


あれ?確か犯人って入院中だったよねー』


『仲間でもいたんじゃね?それか模倣犯、間違いない』


『間違いない(キリッwwww
犯人のツラ拝みに病院まで行ったヤツらざまぁwwww』






手口や標的となったモノの違いから


共犯者がいただの、模倣犯が暴れまわっているだの

はたまたこれはデカい事件を起こすきっかけに過ぎない
といった憶測が連日のように飛び交い


生まれた膨大な情報に


"犯人説"が埋もれて流されてゆく





そこへファンとアンチの不毛な水掛け論が展開され


不確かな真偽と明確な悪意に満ちた言葉の羅列が
埋め尽くされたとある掲示板に


一つの書き込みが、投下された





『オレのねーちゃん、あの病院で看護婦やってんだけど』







…暗い部屋の中で モニターを凝視していた顔が
書き込まれていたある一文によって





おぞましい嫌悪の表情に歪んでゆく





『あの刺された通り魔 意識取り戻したって』









書き込みから二日ほど経った午後





「あの…私、さんのお友達で
お見舞いに来た者なんですけど」


「あらそうですか、それではこちらの台帳に
記入をお願いしますね?」


ひとまとめにした黒い三つ編みを揺らした着物の人物が
受付で記入を済ませ、病室へと移動する





「刺された傷が深かったせいか意識も安定してなくて
大事をとって療養中…か」


事前に聞いたその情報を口ずさみながら


しなやかな手が、果物の入ったバスケットを撫でる





院内では看護師や医師がパタパタと走り回っているが

例の事件のせいか 一時期ほど見舞客への警戒は少なく


たまに見かけていた黒い制服や奉行所の人間も
現在進行形で一度たりとも目にしていない





「…まあ、やりやすいのはいい事よね
後はアイツをどうしようかしら」





目的の階に着いた着物の人物は


一通りの部屋を覗きこみ、中にいる患者や
他の見舞客の様子をチェックしてから

目当ての病室へと赴く







ドアを開けば…そこには誰もいない


どうやらも席をはずしているらしく、ベッドには
小柄な人ひとり分の膨らみと長い黒髪が見える





それを確認して 客はニンマリと笑みを浮かべた





「運命はアタイに味方しているのね」





らんらんと緑色の瞳を輝かせ


一歩、また一歩とベッドへ近づきながら


バスケットからタオルを取り出して握りしめた
"見舞客"は、眠る人物の首へとその両手を







「やっとおいでなすったか」







背後からかけられた声にハッと振り返れば


入り口から看護師や医師、患者に扮した銀時達が
病室へとなだれ込んでくるのが見えて


三つ編みの人物はベッドへ寄り添うように身じろぐ







「い、一体何なんですかアナタ方!?
私はただこの人のお見舞いへ」


「今まさに冥途への切符をお見舞いしようとしておいて
そいつぁ通らねぇだろ?」





あからさまに小ばかにしたように笑いながら


ベッドを囲むように対峙する集団の最前列にいた
銀時が、白衣を脱ぎ捨てながら口にする





「隆実 裸吾痔(たかみ らーじ)さんよぉ」





見舞客…タカミがカラーコンタクトをはめ込んだ
人工的な緑目を見開いて


貼り付けていた笑みを 凍らせた





「調べは、もうとっくについてるんですよ」





対峙するようにして、新八と神楽に支えられ





「ウチの甥の後輩で、三年目の若手編集」





現れた、入院着をまとう須藤老人が


これまでになく凶悪な面構えでタカミを見据えている





「女装癖は七年、同じ会社のDTP担当とは二年の恋仲
代理人の件を積極的に提案し買って出ただけあって
頻繁に街に出ており 機械操作にも明るい」





貸本屋の店主が持っていた独自の情報網を復活させ


老人づてで"ASSの会"会長と一部メンバーが
総力をあげてネットワーク内部を探ったため







彼の素性 の代行としてのスケジュール


合間を縫ってどんな偽名を使いどのような姿で
何時にどの場所にいたか、出版社サーバーで
アクセスしていたログでどんな書き込みをしたのかなどが


短期間かつストーカー顔負けな精度と量
ほぼ完璧に洗い出されていた





「いやはや、協力した我々が言うのもなんですが
密偵のお株を完全に奪う調査能力ですね」


「くりんれー江戸ばアタシん古巣や、顧客のコネは
よりどりグリーン聞き込みのヅデヴァバカシドゥケ!」


急に標準語やめないで!もうちょいがんばって!!」





挟まった小ボケに勢いを得て、ここぞとばかりに
苦笑したタカミが反論を行う





「確かに…犯行現場の近くをこの姿で通りすがったかも
しれませんが、しかしそれだけでしょう?」


「アホ抜かすんも対外にせぇよ、ワイはアンタの姿も
ジーさん入れたトランクも見とるんやで?」


「証拠がなければただの推論ですよね?」


タオルを手放し、バスケットを胸の前で抱え直し





「僕が上司のご家族に傷害を負わせて、先生の妹さんを
刺したっていうなら証明して」


生憎よぉ こちとら探偵じゃねーから地道な証拠集めも
推理ショーも披露するつもりねぇんだよ」





悪あがきを続けるタカミへ、銀時がぴしゃりと言い放った





「私達の力があれば たとえ隠滅されていたとしても
アナタが犯人である証拠ぐらい探し出せますし」


「ぬしを捕え しかるべき場へ突き出せば事足りるが」


「それじゃあくんの気も、ちゃんの無実も
晴れねぇから一芝居打ったのさ…オレ達全員でな」





まさにそれは万事屋の培った人脈の広さと

彼らに対する信頼があってこそなせる 狂言芝居





あたかも新しい事件が起きたように行動し
同時にタカミおよび出版社側への情報を制限


代わりに事件関連のウワサをばらまくことによって


"犯人説"のウワサを薄め…
タカミの興味を 事件へと引きこんだ





「テメーの身に覚えのねぇ事が起きりゃ、原因を
調べようとウワサに食いつくだろうと踏んでな」


「じゃあ、あの女が目覚めたって書き込みも…」


「もちろん罠ネ」





神楽のその発言で、彼は病院周辺や院内の警備が
自分をおびき寄せるためワザと緩められたものだと気づく





「事情をお話して こちらの作戦に協力して頂きました」


「今だって無能警察が 税金の分だけ飛び込む野次馬
とっ捕まえてるアルよ」





そこで扮装した江戸集団に混じっている山崎が携えている
無線らしきモノから、土方の声が流れこむ





誰が無能だ ったくバカが多すぎて同心連中じゃ手が
回んねぇから来てやっ―ぼやきながらもオレ達は
一仕事終え BARで至福のひと時を過ごすカミュ―

オイこら人のセリフにモノローグ挟んで帰ろうとすんな


『まーまー、それよりもう一人ほどそっち行ったぞ』





諌める声の後 人の叫び声や爆音などが無線から響き





「悲鳴ば聞こえちょうけんどもなんくるなかっぺ?」


「…いつもの事なんで気にしないでください」


うろたえる須藤老人へ、慣れた様子で新八が返す合間に


俯いて肩を震わせている若手編集へ
じりじりと 人々が包囲網を展開し始め





護られるようにして中央に佇むが呼びかける





「タカミさん、もう諦めてこっちへ「ふふっ」







バスケットを抱えたままおもむろにベッドへと腰かけて


くつくつと とてもおかしそうに


顔を歪め身を折り曲げて…タカミは笑っていた





「冗談よしてよ先生…この程度のピンチで主人公が
諦めるとでも思うの?」


「待っ…待ってください、一体何を「近寄らないで」





跳ね除けるようにの言葉を遮って


視線で周囲の動きを牽制し、タカミが
大事そうに抱えていたバスケットに手を差し入れる







バスケットを埋めていた果物がぞんざいに退けられ


その下から現れた、爆弾らしき物体

部屋の半分を埋めていた江戸の面々の顔色が変わる





「爆弾…それ、本物!?」


探せば素人でも爆弾ぐらい作れるモノよ?
威力は弱くても、この部屋くらいは吹っ飛ばせるわ」


多少なりとも動揺を見せた彼らへタカミは
さも愉快そうに笑いかけている





「ズイブンと大口叩くもんだな、裸吾痔だけにってか?」





だが、銀時のこの軽口によって


化粧で整えられた笑い顔が…嫌悪に醜く歪んだ





「そんなアホみたいな名前で呼ばないでちょうだい?
アタイは"霊子"なのよ だから偽者女は殺さなきゃ」






吐き出された どす黒い感情の矛先は


頭から布団をかぶって眠るへと向けられていた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:ムダに長くなったサスペンス風味のこの話も
次くらいで終われそうです…多分


新八:曲りなりにも何年か文章書いてんですから
いい加減自信持って断言してくださいよ


銀時:ゼロには何かけたってゼロだぜぱっつぁん


長谷川:こっちガン見しながら言うのやめて
そーいうのオッサンの心に刺さるから


神楽:オッサンって言えば
あのヒゲ編集、どーなったアルか?


狐狗狸:一応作戦に協力してもらってるけど
犯人にバレる可能性とかも考え、病室へ雪崩れた
メンバーの中にはいません…まぁその辺りは次回で


山崎:別におびき寄せるなら病室でなくとも…


神楽:そこはほら、サスペンスでも定番な
崖下での告白みたいなもんアル




流れ流された物語 その結末を飾るのは…!?


様 読んでいただきありがとうございました!