[○月×日 : 今日もまた いつも通りと言えば
いつも通りの、騒がしい一日だった


この町へ来て 妹と再会して


一緒に住むようになってから大なり小なり
色々な事があったけど、振り返ってみれば

どれも懐かしく 幸せな一ページに思える


…だけど人生 何があるか分からない


特にこの江戸、いやかぶき町では
突拍子のない事なんて簡単に起きる





あの時だってきっかけは


本当に…ごくごくささいな事からだった]








街のビルの一室にて


並んだ机に行儀よく座った受講者へ
教壇へ佇む講師が呼びかける





美しい字は礼儀正しい所作と心構えから!

礼を弁え、真っ直ぐに己の心と半紙へ
向き合ってこそ文字は力を宿すのです!」





もっともらしい弁舌を並べ立てた
女性講師の指示に従い


彼らは一斉に、硯へ墨をすり始める





受講者に交じって…真顔で一心不乱に
墨をすっている着物姿の


廊下側の窓を通して彼女の兄…ではなく


万事屋三名が見つめていた





…ほんの数十分前





「書道教室ぅ?」





兄妹の借家にて居心地よさそうに
まったりとくつろいでいた銀時達は


支度を命じられて部屋から出ない妹や


しきりに帰るよう勧めてくる兄の
あからさまな態度や言動を目の当たりにし


興味本位と反抗心から 兄当人へしつこく訊ねた末に
その事実を知ったのである





「ええ、吉原のお店の常連さんから
教えていただいたんで妹に勧めてみました」


強制の間違いじゃねーの?」


「行くかどうかはの自由ですから」





半笑いで放たれた銀時の嫌味は


嫌味なほど見目麗しき笑顔でスルーされる





さんは参加しないんですか?」


「僕は人づてと仕事で学んだおかげで
読み書きに不自由しておりませんので」


出来るオカマは違うアルな〜」


「このご時世で教育ママよろしく習い事を
させられる経済力(よゆう)があるってのは
いい身分だねぇ〜あやかりたいねぇ」


「アンタらどの口下げて言ってんですか」





レンズを通した新八の白い視線も


人の家でのびのびとだらけながら
お菓子を貪り食らう二人には効き目がない


もっとも、彼とて十分そこは承知していたので





「お金はあっても時間は無いので
皆さんお帰りくださいな、これから僕は妹と
体験コース見学に行くので家も空けますし」


敢えて突っ込まず パンパン
軽やかに手を叩いて卓上を片付け始める





だがしかし銀時や神楽とて負けてはいない





「あーオレらに構わずイって来いよ
妹と初体験、留守番しといてやっから」


卑猥な言い方止めていただけません?
ああ失礼、存在自体卑猥でしたね銀さんは」


「面白ぇ事ぬかすじゃねぇかカマピー野郎
誤解しやすい発言したのはそっちだろ?」


「そうアル!脳ミソ10・5割発情期
銀ちゃんの前でエロワード言う方が悪いネ」


「「それフォローじゃなく誤射ぁぁ!!」」





とっとと三人を追い出したい家主と


家賃滞納のせいで万事屋に帰り辛い
三人(特に二名)の小競り合いは





兄上、お待たせいたしました」





紺地に白抜きの鷺小紋の出で立ちで
現れたを目の当たりにして


さして燃え上がらぬ内から収まった











第一訓 鍵付きの日記は絶対読まれる











標的を変えるか否か 逡巡する悪乗り二人を


その雰囲気に乗じて新八と
そそのかしたので、五人は外へ出たのだが





中々見れない彼女の着物姿と


"書道教室"という あまりにも馴染みが
薄そうな事柄に対して


通例の如く仕事が無かった万事屋所長と

従業員一名の野次馬魂に火をつけ


残るツッコミ一名を巻き込んで


なし崩しに兄妹の見学に便乗したため
現状へと至ったのであった









「懐かしいなぁ、僕も昔は寺子屋で姉上や
タカチンと半紙に筆を走らせてたっけ」





廊下から教室を覗いて、しみじみと新八が
自らの思い出を口にして





「多分オメーの貧相な筆、家のどっかに
しまってあんじゃね?もしくは先ガピガピ
とっくに捨ててるかもな お妙が」


「人の思い出汚さないでください」


二重の意味での悪質な発言に不快を示した





「銀ちゃーん 絵面がこの上なく地味で
飽きてきたヨ」


「あっそ帰れば?オレぁあの女講師に
マンツーマンでレッスン受けて帰るから
オレの筆さばき発揮して朝帰りしてくっから」


「何のレッスンんんん!?」





廊下側のやり取りは受講者の目を引き


一際大きい咳払いを講師から賜って

万事屋トリオは、一度口を閉じる







「はい、それでは本日皆さんに
書いていただく文字は"心"です」





文字の由来や 書き方の注意点など
ホワイトボードに記しながらの講師の説明を


熱心な受講者同様に


無表情ながらも、瞳をそらすことなく
も聞き入っており


始めはあくび交じりで見ていた神楽も





「…何か、段々楽しそうに見」
「ウチにはそんな余裕ないからな」





実際に文字が書かれ始めた教室の様子に
"習い事"への興味を再燃させ


先手を打って保護者に釘を刺されていた





「それにしても、さん遅いですね」





ぽつりと新八が思い出したように呟く





「スタッフに聞きてぇ事があるとか
言ってたし、もう戻ってくんじゃねーの?」


やる気なく返した銀時の言葉を
裏付けるかのごとく





どうです?あなたも妹さんとご一緒に
ぜひ本格的に教室に通われては」


「そうですね…少々考えさせていただいて
よろしいでしょうか?」


ええ!勿論ですとも!!」





受け取ったパンフなどをカバンにしまい


熱に浮かされたような面持ちの事務員へ
愛想のいい笑顔を振りまいて別れ


絶世の美女と見まごう彼女の兄は





「すみません、軽い連絡先交換のつもりが
授業内容について長話しちゃって」





落ち着いた色の着流しにまとっていた
きらびやかな空気を


どこかに霧散させて、三人へと歩み寄る





「あのスタッフの兄ちゃん、お前さんが
野郎だって知らずに惚れてんぞ多分」


「だとしてもそれは向こうの勘違いです
僕には責任も その気もありません」


「にしてはずいぶん思わせ振りだたけど
ホントに教室通い決めるアルか?」


「ですから言いましたでしょう?
通うかどうか、の自由だって」


「けど、さんがさんへ熱心に
何かを勧めるのって珍しいですよね?」





新八の、何気ない疑問を契機に


それまでシレっと受け答えしていた彼は





「僕もあの子も…あの頃は寺子屋に
通える状況じゃありませんでしたからね」





打って変わってふっと寂しげな眼差しを


窓ガラスの向こうで
顔や手に墨をつけながらも


一身に字を書く妹へと向けた





「だから今こそ こういう習い事を
通じて"共に学ぶ楽しさ"みたいなのを
が感じてくれたらな、って」


「そうだったんですか…何か、すいません」


「謝らなくていいんですよ新八君
どうせ後で皆さんに言うつもりでしたし」





そう言った彼の穏やかさに救われ


ただ一人の肉親を、親身に思いやった
言動に新八のみならず


側にいた神楽すらもつい心動かされ…





「新八も神楽も、純だねぇ」


かかるのを、人をバカにしまくった
顔と声音で銀時が留める





「このピーマンが自分の利益度外視した
お題目だけで自腹切るわきゃねーだろ」


「言われてみればそんな気もするネ」


「いやいやいや穿ち過ぎですって
家族の為なら自分の利益なんて、ねぇ?」


「嫌な人ですねぇ、でも正解ですよ」


「ですよねそんな…ってえ゛え゛え゛!?





反射的に目玉をひん剥いた新八と真逆に


泰然とした笑みを浮かべる





が教室へ通う事になったら


資格を取らせ 妹を講師として
自宅で書道教室を開く算段



実にあっさり明かした





「じゃ、じゃあ見学についてったのも
さっきスタッフと話してたのも」


「ついでにやり方盗んでコネも作れば
開業して早めに元が取れると思いまして」


黒っ!妹ダシにする気満々だこの人!!」


「もう腹に墨汁詰まってるアルから
墨をする必要はなさそうネ、このピーマン」





子供ら二人にそしられても


痛くもかゆくもない、とばかりに彼は
益々もって美しく笑う…が





「でもよぉ、世の中そうテメェの
都合よく回るもんかねぇ」


「どういう意味で…





皮肉めいたセリフと共に指された教室へ
彼が改めて顔を向けてみれば







「お主、何ゆえ墨を飲むのだ?」


は?イカスミだって食えるんだから
墨汁も飲めるだろ?常識じゃね?」


「そうなのか…どれ「マネしないのぉぉ!」





いかにも頭軽そうな青年にそそのかされて


書道セットの墨汁を飲もうとした
青筋立てた女講師に止められていた







してやったり、と言わんばかりの
嫌らしいにやけ面と目が合うも


引きつった笑みでは気丈に応じた





「ま、まあまだ今日は体験授業ですから
千里の道も一歩からと申しますし」







と…神楽が彼のカバンからはみ出ていた
本らしきものを目ざとく見つけ、引き抜く





それは豪華な装丁の


しっかりとした錠前が付いた本であった





「これ何アルか?」


「こら何してるの、返しなさい!」





顔色を変えた美青年の手を逃れ


残る二人が、少女の抱える本を見定める





「はっは〜ん こいつぁテメェの日記だな?
ご丁寧に鍵付きと来た」


「ええそうです、壊れた錠前が
今日治ったって連絡があったもので」


あ!教室来る前立ち寄ってたのって」





頷いたは 行きがけに受け取ったのは
失敗だった、と後悔していたが


その顔にはまだ若干の余裕が残っていた





「けどどっちにしろこの鍵が無いと
その錠は開≪バキッ≫ですよねぇぇ!!


彼の余裕と一緒に
やすやすと日記の錠前を粉砕し





「安物はすぐ壊れるアルな」


「どーせだからピーマンダイアリーの
御開帳でもしとこーぜ?」


ダメですって!神楽ちゃんもやめなよ!」





止めるのも聞かず、日記を取り返そうと追い縋り

逃げられて息切れする持ち主をよそに神楽が日記を開く


「さーて何が書いてあるアルか〜」





だが、下方からの一突きに読むのを阻止され


神楽の手から跳ね飛ばされた日記は


マツイ棒を構えていたによって確保された





「兄上のぷら、ぷらんべっとぉを
覗こうとは何事か!」



授業どうしたアルか」


「今しがた終わった、それよりも神楽
どういう事か説明しろ





無表情に圧する娘の手から日記を奪い





「はいはい、これはオレが預かっとくから
ガキ同士で心行くまでケンカしてくれ」


「そそのかしといて裏切る気アルか
この覗き見天パ!」



「てひゅー…返し…「うっせーな返すっ」


文句を聞き流しながら、距離を取り安全圏へ退避する
銀時の自慢の銀髪の端が





言葉通りに飛んできた斬撃によって刈られる





ただならぬ気迫を緑の双眸に宿し





「丸坊主が嫌なら日記を返せ」


振るったのマツイ棒から放たれた
いくつもの"飛ぶ斬撃"


彼らの避けた廊下の壁や床に爪痕を刻んだ





「ちょっ…待てぇぇぇぇ!
何でただの棒から必殺技繰り出せんの!?



「マツイ棒には無限の可能性があるアルっ
てことで新八パース!



「えちょっ!何で僕ぅぅぅ!?





標的となった万事屋三名は、小紋姿で
マツイ棒を振るう恐ろしき娘に追われ


人様の迷惑顧みず


日記を 連携で擦り付け合いしながら
ビル内を駆け巡って





「…も…もう、いい加減に…」


瀕死になりかけているがようやく
四人に追いついたトコロで





「うわわっ!?」


「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」」





斬撃がすれすれで日記自体を掠め


そのせいで階段付近にいた新八の手から
日記が離れ


踊り場に上がってきた
一人の中年の足元へと滑り落ちる


ん?これは…」





瞬時にマツイ棒の照準を合わせた


気づいた四人が、全力で止めてる隙に
無精ヒゲの中年が日記を拾い


パラパラ、と無感動につづられた文字を
しばしの合間 目で追って…







やがて 上にいる五人へ視線を移すと


手を止めて、何とも言えない表情をした
持ち主へと問いかける





「これ書いたの、YOUかい?


「そ…そうです それは」


僕の日記です、と恥を忍んで
答えようとしたの言葉を遮り





「この設定面白いね」


心底愉快そうに そう言った男は


日記帳を手にしたまま、歯をきらめかせた
スマイルで自信たっぷりにこう続ける





「YOU ボクと組んで本出す気ない?」





理解の範囲を超えたそのセリフは


硬直した五人の脳内でこだましていた





[…事実は小説より奇なり、って諺は
嫌になるほど身に染みて実感(し)ってたけど


この殿方(ひと)との出会いがまさか


僕の作家デビューになるだなんて
夢にも思っちゃいなかった
]









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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:今回、まさかの兄主役!日記を軸に
話を進めていく所存でありますからしてっ


神楽:日記ネタなら原作が晴太の夏休み
すでにやってるアル、間に合ってるネ


銀時:しかもピーマン兄貴が作家だぁ?


新八:始まった長編の存在意義を
いきなし否定にかかるのは止めましょうよ


狐狗狸:そーそー それにこの話を通じて
(主に傾城後から)語られなかった
長編のウチの子の行動が


銀時:便乗しての手抜きじゃねぇかぁぁ!
単にテメーが長編書くのタルいだけだろ!!



新八:いやでもさんだって、いつも
僕らと事件に巻き込まれてるワケでもないし


神楽:蓮舫とかだと江戸のヤツらと一緒に
エリー化しててもおかしくないアル


狐狗狸:…まあ、今後にご期待くださいな




今回も"本"にまつわる話ですが
代無し童話とは方向性が違っております


様 読んでいただきありがとうございました!