第三話 [決戦→回帰]










床板へ大きなひび割れを刻み付け


踏み込んだ雨野の豪腕が唸りを挙げて憑きだされる





「悪いが、さっさと終わらせなきゃいけない理由があるんでな
最初から全力で行かせてもらう!






一族から追放された身ではあるが、力ある妖怪である
雨野の全力を込めた一撃は


烈火のごとく激しい殴打へ 本当に炎を灯した





炎を纏う連撃をまともに受けて
あちこちを炭化させながら肉塊は再び吹き飛んでゆく







普通ならば塵一つ残さず消し飛ぶほどの衝撃に
数瞬だけ廃棄仏の動きが止まるも


狂気によって作り変えられた死者の細胞はそれを許さず


肉片を蠢かせ、負傷部分を再生させながら
肉塊は奇怪な呻き声を上げ 速度を上げて三絵へと迫る





「三絵ちゃんには指一本たりとも触れさせません!」


そこへ 駆けた勢いを利用した三津子の拳が刺さった





その威力は先程の雨野の連撃に勝るとも劣らず


ふらりと体勢を崩した廃棄仏に


後方に下がった彼女と入れ替わるようにして飛び出した
シズルの刃が振り下ろされる





「これで止まっては…」







ブルブルと痙攣する肉塊に貼りつけられた二つの顔の
白目が、反応を返すようにぎろりと彼を睨む





「くれないか、ってうわ!





とっさに退くも 素早く生やされた腕が
予想外に伸びたのでバランスを崩したシズル目がけ


肉塊は体積に見合わぬ速度での突進を繰り出し





「その攻撃はさせません」





言葉と共に三津子の指が 空を掻いて何かを紡ぐ







場に漂っていた"運"の流れが、白魚の様な指を介して
操られて廃棄仏へと絡みつき


それは廃棄仏の攻撃を"本体の不慮の転倒"による
失敗として発揮された





「今のは君かい?助かったよ」


「どういたしまして」


「うっし、もう一発行くぞ!





叫びと共に雨野が強靭な脚のバネを使い
研究所の天井ギリギリまで跳び上がり


狙いたがわず 体勢を立て直す肉塊へ


己の全体重と加速を乗せたストンプをお見舞いした





生やされた腕の一つが千切れ落ち、骨らしきものの折れる音と
濁った呻き声を鳴らして廃棄仏が悶える







…が 体積を縮め負傷部分を自ら削り取った事で

瀕死になりながらも活動を再開させたようだ





「っち、なかなか止まらねぇな」


「でも弱っては来ている…
あと、少しで終わらせてあげられる」





三絵を求め、新たに生やした複数の腕で
速度を増して壁を這い進む肉塊へ





先回りしたシズルが、脚を同じサイズの両刃へと
変化して斬りかかる





「と、ま、れぇぇぇぇ!





脚だけでなく両腕も瞬時に刃へと変え
再生を上回る速さで全ての腕を切り落として


壁から落下した廃棄仏へトドメとばかりに一撃を加える





立て続けの攻撃に耐え切れず 肉片を散らしながら
廃棄仏はその場に留まる







…だが 狂気はなおも止まらず


貼りつけられた顔のどちらからも涙のように体液を流し


ガチガチと牙を鳴らしながら
より体積を縮めながらも繰り返すようにいくつもの腕を生やす





生前の面影を踏みにじるような悲惨な光景を目の当たりにして





「…生み出した野郎、見つけ次第ブチ殺る





シズルの瞳に、それを生み出した元凶への殺意が宿る









廃棄物の動きに注意しながらも 三絵を安全な位置へ
移動させ続けてきた三津子は





三絵が変わり果てた両親や…戦いの様子に怯えている事に気づき





少し身体を曲げ そっと少女の頬を手の平で包み
ふわりとした笑みでこう言った





「三絵ちゃんのメイド服はもう 準備してるんだからね
待っててね三絵ちゃん」


「えっ…?」





唐突に まるで明日の天気でも話すかのような気軽さで





「デザイン選ぶのにちょっと時間がかかっちゃったの
でもきっと似合うから楽しみにしてね」





明るく笑いかけた三津子の態度に
虚を突かれ、三絵の中から恐怖が一瞬鳴りを潜める





けれども 答えようとした少女の大きな瞳に


三津子の背後から現れる、醜く捻じれた肉塊と腕が映った





「いやああぁぁぁぁ!!」







突き出される腕から三絵を庇いながら
三津子はすかさずカウンターで拳を入れ


廃棄仏が怯んだ隙に三絵を抱えて すばやくその場を離れる





「おねえちゃんっ…血が!


「平気ですこれくらい、メイドさんは強いのです」





こめかみから流れ落ちる血に構わず


微笑みを崩さず、三津子は三絵を励まし続ける





「無事帰れたら修行の続きをしましょうね?
ちゃんと三絵ちゃん用の眼鏡も買ってあるんだから」







喰らわされた不意打ち返しが急所へ入っていたのか
肉塊の動きが目に見えて鈍る





「海斗君、今の内に!


「任せろ!」


力強く答え、雨野は突進の勢いをも利用し





「これで終わりだっ…落ちろおぉぉ!!





握りしめた拳へ込めた渾身の力を廃棄物へと叩き込んだ







湿った生々しい破壊音と共に一際大きく肉塊が震え





…そこでようやく再生能力が尽きたのか


何度攻撃しても、再生を繰り返し動き続けていた
廃棄仏の身体がぐずぐずと崩れ落ちてゆく





「終わったか…」





ため息をついて腕を戻したシズルへ
肉塊から視線を外さぬままで 雨野も返す





「…ああ、終わった」





三津子は三絵を優しく抱きしめて そっとささやく





「終わりましたよ 帰りましょう」







小さく頷いた三絵が ふと崩れゆく肉塊へ瞳を向ける





すると崩れ落ちる腐肉から浮かび上がるようにして
二つの人の形のようなモノが現れ


慈愛に満ちた眼差しを 三絵へと向けて呼びかける





「紗枝、真子を
お姉ちゃんを助けてやってくれ





性別も面影も 何一つ分からぬ人型もまた

周囲の肉片同様にゆっくりと崩れていたが





「今まで、お姉ちゃんと貴方を比べて
窮屈な思いをさせてしまってごめんね」






注がれる眼差しは 紡がれる優しい声音は


記憶に違う事のない、父と母のモノだったと
三絵は確かに理解していた





「お父さん、お母さん」





それきり返事もなく ただただ形を失くしてゆく人型を
静かに涙を流したまま眺める少女へ


妻を亡くした彼は 穏やかな祈りの言葉を捧げる





「…大丈夫だよ
二人はちゃんと眠れたから 今度こそ」



「おねぇちゃん、おじさん達…」





そこから先の三絵の台詞は 言葉にはならなかった


抱きしめて背を撫でる三津子へ縋り付くようにして
堰を切ったようにただ…ただ泣いていた







崩れ切った腐肉から覗く二人分の人骨を見つめながら


シズルは傍らの雨野へと語りかける





「後で、二人をきちんと弔ってやろう 海斗君」


「…そうだな、たとえ一度化物になっちまっても
人間だったんだ 弔ってやらなきゃな」





その言葉に頷きながらも





富穣って言ったか
こんな胸糞わりいことをしでかしやがった野郎は)


雨野の心の奥底からは

溶岩のように煮え滾る憤りが湧き上がっていた





(覚えておけ 手前は絶対にぶっ飛ばす)











しゃくりあげる声が収まった頃


涙を拭おうと差し出された三津子のハンカチを
首を横に振って拒否した三絵は





自らの手の甲で涙を拭きとって キッと顔を上げる





「三絵、お姉ちゃんを助けたい」





今までの幼さが嘘のように 少女はしっかりと
三人の目を見て頭を下げる






「お願いします、力を貸してください」





自ら成長し 前を向き、自分達を頼る三絵の願いに

首を横に振ろうと思う彼らではない





「大丈夫よ、メイドさんを信じてまかせなさい」


「おねぇちゃん」


もちろん!家族(ファミリア)を助けるのが僕の役目さ」


「外人のおじちゃん」


「…乗り掛かった舟だ手伝ってやるよ、それに富穣って野郎は
個人的にもぶん殴ってやらなきゃ気が済まないんでな」


「怪獣のおじちゃん」


「いや俺には白熊丸って名前がだな…」





と不満げに雨野が答えるも


三人の答えに安心しきり、緊張の糸が切れて
眠りに落ちた三絵にはもう既に聞こえていないようだ





代わりに 彼女を抱きかかえた三津子が返す





「その名前は初めて聞きました どちらが本名です?」


「どっちだろうが俺は俺だ、好きに呼べよ」


「じゃ僕らは今まで通りでいいかな」





微笑みながら訊ねるシズルへ

雨野は短くおう、とだけ返した







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簡素ながらも二人の埋葬を済ませた後


三津子やシズルと別れた雨野が急ぎ足で遊園地へ戻ると







少し薄暗くなった園内のベンチで 退屈そうに
足をばたつかせていた凪が彼に気づいて立ち上がる





「遅い」





予想通り、不機嫌さを隠そうともしない様子に

厳つい顔に刻まれた眉間のシワを更に深めて雨野は言う





「悪かったな ちょっと電話がかかってきてたんだ」


「そう」


「まぁ今日は多分もう電話もかかってこねぇから
今からはずっと一緒に遊べると思うぜ」


「ふーん」


「まぁ、閉園時間まで
そこまで時間は残っちゃいねぇけどよ…」





完全に拗ねている凪の機嫌という


当人にとっては廃棄仏よりも苦戦を強いられそうな難敵に
どう挑むべきか頭を悩ませる雨野へ







文字通り手を差し伸べたのは、他ならぬ凪だった





「ん!」


「なんだ、手を握って貰いたいのか」





珍しく甘えてくるじゃないか、と鼻を鳴らして小さく笑い
雨野が伸ばされた手の平を優しく握ると


凪が顔を真っ赤にして怒鳴り返す





「違う、もういなくならないように!!」


「はいはい、分かりました
もういなくなったりしねぇよ」





言いながら空いた手で紫色の小さな頭を雑に撫で


雨野は 風に消えてしまいそうなほどの小さな声で付け加える


「…まぁ少なくとも 今日はな





その呟きは撫でる手を頭から離そうと絶賛抵抗中の
凪には聞こえていないようだ





「やめろ、ばか!」


「ほいほい さて、凪さんや
次は何で遊びたい?おっと身長制限に引っかかるもんは」


だめだぜ、と言い終える前に





もういい、ジェットコースター乗る」


と勢いよく宣言して 少女は雨野から手を放し

ツインテールを揺らして乗り場の列へと駆けてゆく





「あ、待てって!」





それを追いかけながら、ジェットコースターの年齢制限を
懸念する雨野ではあるが





「まぁ ああは言ったがおやっさんの名前出せば
もしかしたら何とかなるか?」


大して悩む事無く"守頼み"という結論で落ち着いていた







「急に走ったらあぶねえじゃねぇか」


「ジェットコースターに、バイキングにフリーフォールに
海斗途中でへばんないかな」





どうにか追いついた雨野の説教じみた言葉も


次の乗り物を指折り数えながら、楽しそうに呟く凪には
あまり耳には入って無いようである





「おいおい、ずいぶん乗るつもりだな
あまり疲れさせないでくれよ?

まぁ先にへばるのはそっちかもしれねえけどな?」


「海斗みたいなおじさんに 小学生が負けるわけがない」





自信満々に告げる 護るべき幼子





「まぁ今日は お嬢様のわがままにとことん付き合うとしますか」





ため息をつきながらも、青年は閉園時間まで
あちこち引っ張りまわされたのだった







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店へと戻ったシズルは、依頼されていた懐中時計の
修理を完了させて雪村に電話で連絡を入れ


やってきた彼女へ懐中時計をそっと手渡す





「お手間を取らせて申し訳ない
その分 しっかり修繕させていただきましたよ」


「ふふ、ありがとうございます
また動いてくれてよかったわ」





手の平に乗せた時計を愛おしそうに眺める雪村へ

シズルは、片目をつぶってこう返す





「思い出の詰まった、素敵な贈り物でしたからね…
貴方の様な美人の元で動けるようにしてあげないとね」


「またお世辞を」





彼女は空いた手で口元を抑えて笑ってから
懐かしむような口調でこう続ける





「でも、貴方を見ていると思い出すわ
この時計をくれた人のことを」



「きっと素敵な人だったのでしょうね…」





遠くを見る眼差しに共感を覚えながらも







「そうそう」





思い出したように、シズルは申し訳なさそうな様子で
上げた片手を顔の前で立てて言う





「少し急用が出来まして
明日から臨時休業させていただきますね」


あら、そうなの?
それならこの時計を直す為に無理をさせてしまったかしら?」


「構いませんよ、用を終えたら また店を開けますので」





急な話にびっくりしている雪村を笑顔にさせたくて


シズルは 精一杯の微笑みを浮かべる


「そしたらまた
このファミリア時計店へいらっしゃってください」








意図が伝わったのか 雪村は微笑みを返し
楽しそうに応えた





「そうね こんな年になってからの新しいお友達ですもの
ちょくちょく寄らせてもらおうかしら」


「大歓迎ですよ、ウチは閑古鳥が鳴く男ヤモメですので
美人の話し相手は本当に…おっと失礼


「ふふふ、本当に面白い人」





照れくさそうに頭を掻くツナギの店主から

ふと視線を外して目にした時計の時刻に気づいて
雪村が驚く





「…あらやだ、もうこんな時間
貴方と話しているとすぐに時間が過ぎてしまうわ」





ぺこりと頭を下げ、店の出口へと向かう彼女より早く
店のドアへとたどり着いたシズルは

ドアを片手で開き 空いた手で出口を指し示す





「今日は、これで
お店が開いたらまたお喋りしましょう」



「ええ、またのお越しをお待ちしております
雪村さん」





またね、と短く告げる柔らかな声と笑顔を


一礼したシズルは黙ったままで見送っていた







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三絵を無事に仮住まいへ連れ帰った三津子は


少女がすっかりと寝静まったのを確認すると
専用の番号へと連絡を入れる





「お久しぶりです、山田先生」


『おや、メイド3じゃないですか
いったいどうしました?』





温和な低い声は

彼女がよく知る"山田 太郎"当人に間違いはない





「最近私が少女を引き取ったことは ご存知ですよね?」





事実確認を行いながら、彼女は相手の返答を
待つことなく本題に入る





「その少女の姉がとある組織に捕まっているようなので
その組織を調べていただきたいのです」


『わかりました どうにかしましょう』





二つ返事で了承される事も、互いにとって周知の事実


山田も三津子も 共に"子供"の保護・愛護・育成を行い
見守る事を是とした組織の一員なのだから








受話器の向こうで一つ頷いてから、山田は訊ねる





『ほかに困った事とかはありませんか?

我々は子供たちの幸せだけを糧に
生きているような存在ですからね』





三津子…"メイド3"は確固たる自信の笑みを
口元にだけ浮かべながら 彼へと答えた





「あの子の身は私が必ず守ります
その辺はご心配なく」









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あとがき(解説やら雑談やら)


狐狗狸:今回も長くなりましたが2回目セッション終了!
このセッションの脅威は4回再起してました


戦闘描写はスキル&異能を加味しつつ好き勝手書いてます


回帰のロールは本来 時計屋→メイドさんさん→雨野さんの順番で
凪ちゃんが雨野さんがちょいちょいいなくなってるのに
気付いてるか否かのダイスロールがありました


そしてGMの「次がキャンペーン最終話なので
(RPは)それも考慮してください」という台詞があり

思いっきり死亡フラグじゃないですか、とツッコミ入れてました


とりあえず総括すると 凪ちゃんと三絵ちゃんカワイイ




次回 最後のセッション、彼らが向かうは…


読んでいただきありがとうございました!