第二話 [脅威1→決戦]










突然の三絵の失踪に動じていたのは 三津子だけではない





「家族を失う悲しみなんて、もう沢山だってのに…!」





少女に亡き妻の面影を重ねてしまっている事を自覚しつつ


それでも少女を気に掛ける時計屋もまた
芳しくない店の仕事を放棄し


手掛かりを求めて廃研究所のある山野を駆けていた





そんな彼の眼前へ、唐突に三津子が現れる





「雨野さんからこれを渡されました」





反射的に驚きながらも 会う事自体は予測していたので


足を止めたシズルは短く頷き、差し出された彼女の指に
つままれぶら下がるキーホルダーへと着目する





「妙な汚れがある…もしかしたら三絵ちゃんのいる場所の
手掛かりになるかもしれない、借りてもいいかい?」


「どうぞ」





肩でしていた息を整えつつキーホルダーを受け取る彼へ

三津子はどことなく沈んだ面持ちで呟く





「シズルさん すみませんご協力感謝します」


「家族のためだろう?
それに美人の頼みを断るってのは男としてちょっとね」


ありがとうございます、必ずあの子を見つけ出して
あの子ともどもお礼に上がります」


楽しみにしておく、と笑顔のまま返したシズルだが


キーホルダーを眺めつつ 少しばかり顔を曇らせる





「それにしても研究所か…嫌な予感がするな」


「私にとっては関係ありません
あの子を探し出して連れ帰るまでです」






いつになく感情的に言い切る三津子の姿に
自らの胸の裡にあるものと似た決意を感じとり


シゼルは勇気づけるように言葉を返す





「そうだな 今の三絵ちゃんの家族は君だもんな





こくりと一つ頷いて三津子は クラシックスタイルの
メイド服のスカートを翻して姿を消した







少しばかり時間はかかったものの


鳶色の瞳がキーホルダーについた独特の汚れを一つ一つ見つめ


そこから持っている情報と照らし合わせ
汚れの原因が割り出される





…その汚れは キーホルダーを見つけた研究所跡ではなく


そこから比較的近くにある、別の研究所跡にある
資材や植物などからついたようだ





そして どちらの研究所からも近い場所に

責任者の名前が同一の、既に使われなくなった
研究所がある事から三絵の行き先を推測し





「研究所に繋がりが…?」





胸に抱いた疑念をより深く募らせつつも

シズルは 持っていた携帯電話のキーを押す









ポケットの中で震える電話に気づき、雨野が眉をしかめ
ばつの悪そうな顔つきで凪へ向き直る





悪ぃ、ちょっと便所行ってくる」


「…早くして」


「おう 戻って来るまで適当なヤツに乗ってていいから
この辺りにいろよ?」





回復しかけた彼女の機嫌が目に見えて下がるのを
目の当たりにしつつも場所を変え


手短に用件を終え、教えられた研究所跡へ
道中変化して疾走し赴いた雨野ではあったが





「ここにも三絵ちゃんはいないか」





もぬけの殻であるその場所も 初めに訪れた旧研究所と
さして変わりない荒れ具合しか見られなかった





「たく行ったり来たりで疲れるぜ…





徒労に終わるかもしれないと思いつつも

一通り内部を調べていた雨野が、錆びついた
机の引き出しの一つに違和感を覚えたので


直感に従い その引き出しを力任せに引く





どうやら引っ張り出されたその引き出しは
二重底になっていたようで


その部分に、ちょうど一束分の資料が隠されていた





「この資料は……あいつらならこの資料から
場所がわかるかもしれないな」







研究所跡から全力で来た道を戻りつつ





「これを見つけた、あと頼む


「ああうん了解したよ また後で…
って早いな獣化してると」


「シズルさんの分を複製いたしますので、資料をこちらへ」





半ば押し付けるような形ながらも、近くで行動してた
二人へ見つけた資料への手渡しを完了させ





「ああ、さっさと戻んねえと
裏で何かしてること凪にばれちまう」


振り返りもせず遊園地へとひた走ってゆく雨野の口から
思わずと言った呟きが漏れる





「アイツ意外と勘がいいんだよなぁ……」







成り行きとはいえ前回の一件に関わっており


"幼い少女"に浅からぬ因縁がある雨野も
言動や態度よりは 三絵を深く案じているのだが





「しかし、このままもし見つかんなかったらと思うと
不安だな…それに、凪の機嫌も…」





彼の胸中の大半を占めるのは


現在の当人よりも、失踪が起きた"これから"への不安と


遊園地にたびたび置き去りにせざるを得なくなっている
凪の機嫌をどう回復させるかであった









…資料を渡して走り去る水色の巨大熊を
何とも言えぬ心もちで見送ったツナギの時計屋は





「複製が完了しました、どうぞ」


「ああ ありがとう」





赤縁メガネのメイドから受け取った資料へ目を通し


そこに"富穣"という文字がある事に気づく





「富穣…確か、さっきまでの研究所の責任者の名前も」


「ええ 富穣という方のようですね」





今でこそ流行らない時計店の店主なれど、組織にいた頃は
偵察や潜入任務などを数多くこなしていた


その経験からくる予測からシズルは三絵の行き先が
"富穣第三研究所"である事を割り出し


更に、身分などを隠す側特有の視点から


変哲のない内容と文脈に巧みに擬態した
"真の内容"も正確に読み取っていた





…すなわち"赤来 紗枝を早急に呼び戻し―"







「富穣第三研究所に彼女が…
やはり、手引きした奴がいるのか…!





資料を読み込む内に 焦りと苛立ちを
露わにし始めるシズルへ 三津子が呼びかける





「何か分かりましたか?あの子は


「…結論から言えば今の所は無事だろう
でも、急がなきゃ危ない





個人か組織だってかは不明だが

三絵はあちこちの研究所へ移動させられている


誰かを警戒してか 他に意図があるのかはともあれ


最終的な目的地が富穣第三研究所であり


今までの目撃情報などを照らし合わせて 彼女がまだ
ソイツの元へ辿り着いていない可能性が高い





…と言った内容を簡潔に伝えられ





「なるほど、了解しました」


一つ頷いて 三津子がその場から離れてゆく





「…一体 何が目的なんだ?」





三絵自身のみを案じるが故に それ以外に無関心な彼女と違い


彼ら二人は、前回の事件から三絵の身だけでなく

そもそも何故 風の精霊が三絵に憑りついたかが気になっていた








一部の強力な影響を及ぼす精霊を除き

基本的に精霊自身に明確な自我や意思は存在しない


今も三絵に憑いている精霊は後者側であり


前回の事件では主導権こそ握ってはいたものの
あくまで三絵の感情に従って行動していた





故に―ひとつの事実が浮かび上がる





すなわち 精霊自身が意図的に憑依したのでないなら


憑依の術などロクに知らないであろう幼子へ
風の精霊を憑依させた人間が存在する










その事実を前提として考えた雨野もまた


渡す前にざっと目を通した資料で"富穣"の名前が気にかかり





わかった、こっちでもそいつらについて探ってみる」





戻った直後の連絡で確信を得て、独自のやり方で
細かく調査を進めていく


無論 側にいる凪を当人なりに気遣った上で





…だが、そんな彼の事情など全く知らない凪にとっては


楽しみにしていた遊園地へ二人で来ているにも関わらず


どこか上の空であり、短い時間であれ

たびたび自分を置いて離れる雨野の態度は
不満のタネでしかない





「次、アレやるよ?」


「はいはい…VRねえ、よく分かんねえけど面白いのか?」


知らないの海斗?VRを使ってるゲームとか場所が
最近多くなってるの」


「へえそりゃ便利なこって」





だから気のない返事をする雨野を凪がリードして


二人で最新のVRアトラクション
『ミナコロくん殺人事件』へ入場する まさに直前





「こちらのゴーグルをお付けになってご入場ください」


「へいへ…げっ





二人分のゴーグルを受け取ろうとした雨野の携帯に
着信が入った 次の瞬間


ほぼ同時に凪が眉を吊り上げ しかめ面をしたのは
当然の成り行きでもあった









後ろに並んでいた一般客や遊園地スタッフに
迷惑をかけるわけにもいかず


止む無く入場をキャンセルした雨野は


どうにか列から離れるよう説き伏せるも、今もなお
じっと下方からきつく睨む瞳に心苦しさを覚えつつ言葉を紡ぐ





「あー悪ぃ…その、さっきの電話のヤツが
急な相談あるからかけ直すっつっててな」


後でいいじゃん、今 遊園地に来てるんだから」


「早くなんとかしねぇといけない用事なんだよ
すぐ済ませるから、頼むからあそこで待っててくれ」





凪としてはまったく納得できなかったが


真剣な声音で詫びる雨野が、自分と離れている間


内容は分からずとも"大事な用事"を慌てて済ませているのに
気づいていたのでそれ以上怒る事も出来ず





彼に言われた通りアトラクションの隣に併設された
小さい子用の体験VRスペースへ移動した







少し哀しそうにも見える小さな背中と





「…海斗のバカ


密かに耳に届いた呟きに心抉られ





『さあ君は、ミナコロ君を殺した犯人を見つけられるかな?!』





背後から響く 場違いに明るいアトラクションの宣伝に
追い打ちをかけられながらも遊園地を離れた雨野は


やり場のない怒りを力に変えて


一井江組の同僚から紹介してもらった情報屋から辿り着いた
富穣の名を知る"元研究員"へ

肉体言語を交えた尋問を行った





結果 今回の一件は富穣の独断で行われており


目に余る越権行為の処分を行うべく組織側でも
当人の行方を追っている、という情報を手に入れた





「どうやら、敵さんはどこかを裏切って
勝手に行動してるみたいだな」


舌打ちと共に"ガキを利用するなんて気に食わねえことしやがる"
怒りを含んだ本音を

雨野はまだ見ぬ事件の首謀者へ向けて吐き出す





覚悟しろよ この町でそんな企みはやらせはしねぇからな」





ぐっと握り固めた拳に反応し


尋問を終えた元研究員がびくりと身を竦ませる





「も、もう失礼しても?」


「構わねぇよ、もう聞きてえ事もないし勝手にどこへでも行け」





そそくさと退散した元研究員から視線を外し


富穣第三研究所へと移動する傍ら雨野は
凪への機嫌をどう回復させるかを真剣に考えていて







その思考に気を取られていた為か





死角から伸びて来る敵の一手に一瞬反応が遅れ


かわしきれない彼の首筋へ 鋭く尖った木の根が刺しこまれる





「いけない!」





―寸前で、横合いからのメイドの一撃が間に合い


刺し傷は皮一枚を傷つける程度の浅いもので済んだ





改めて身構える二人の前へ立ちはだかったのは


人の形を模し、人と変わらぬ大きさを持った
いくつもの木の根がより合わさって出来た数体のナニカ





なんだこりゃ?木で出来た人形か?」


「恐らく、私達と同じような人種の力によって
生み出されたモノでしょう」


「まあどうだっていいな…邪魔だオラ!





変化を解いた雨野の拳が木の根人形へと当たり


衝撃で腕が千切れた一体が周囲の数体を巻き込み隊列を崩す





人外ならではの攻撃力に加え 自身の大半が消し飛ぶほどの
ダメージでも怯まずに襲いかかる耐久力を兼ね備えたヒトガタの群れは


通常ならば脅威となってもおかしくない戦力を有していたが


人ならざるモノであり、怒りを抱えた雨野と三津子にとっては
割りばしも同然の木偶であった








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竜巻の収束に何者かが関与していた可能性を考慮し


三絵を誘導するついでにワザと手がかりを残し
自らを追跡するモノを炙り出そうとしていた白衣の男は





「ガキの姿と僅かな書類に食いついたのがこの三人とはな
…組織の人間じゃあ無いようだが、何者だ?





モニターに映る 自らの研究所へと侵入した三人へ
ひどく怪訝そうな顔をした





「まあいい 奴らの対処よりも今はやるべき事がある
もう少しばかり試運転をしておくとしよう」





自らの傍らにあるモノを一瞥し


男は…冨穣は、口角を吊り上げる








―どうにか富穣第三研究所で合流し





はぁ、何とかわかってはもらえたけど
凪の奴ちょっと不機嫌そうだったな…」


「仕方ないコトだけど、楽しみにしてたみたいだからね
早く戻ってその分目いっぱい楽しませてあげるといいよ」


「そうするよ」





ここに来るまでの経緯を語る雨野をシズルがなだめる中


三津子だけは凛然とした表情を崩さず、足を踏み出す





「ここに あの子が」


「気を付けて、彼女をおびき寄せた奴がいる…
どんな仕掛けがしてあるかわかったもんじゃない」





言いつつ少しだけ前へ出て 研究所の先導を務めるシズルへ





「俺らが探っていたトコでも変な木の人形みたいなのが
襲ってきたしな、そういうのがまだいるかもな」





後方を警戒しつつ雨野が言葉を重ねた直後





頭上の排気口から無数の木の根が飛び出しながら落下し


床へと落下したいくつかの根が絡まって
数体の人型をとると三人へと襲いかかる







…現れた敵を蹴散らしながらも
彼らが研究所の内部を進んでいる頃


三絵は研究所の奥まった広い空間へ辿り着いていた





自動販売機がすっぽりと入るくらいのカプセルがいくつか並び

複数の機械とコードや配管で繋がれている薄暗い室内





そのカプセルの一つが淡く発光しており


溶液に満たされた内部に浮かぶ 一組の成人男女
少女の瞳を釘づけにしている





『その二人が君のお父さんとお母さんだよ』





スピーカーから響く 優しげな男の声


彼女を導いていたその声に触発され、三絵がカプセルへと
一歩 また一歩と近づいていく





「お父さん……お母さん……」





あともう少しで手が届く距離まで近づき


小さな手を カプセルへ向けて伸ばした刹那


カプセルにヒビが入り

砕けて流れ出た中の二人の肉体が
膨れ始め 混ざり合うようにくっついていく





「ひっ…!」





後ずさる三絵の前で生々しく蠢く肉塊は


3〜4m程の一つの肉塊にまとまって生まれ変わり

そこから複数の巨大な腕と二つの人の顔を生やして蠢く






『くっくっく……ぎゃひゃひゃひゃひゃひゃ!





狂気に塗れた男の声が 怯える三絵へと追い打ちをかける





『もうお前の両親は人間じゃねぇんだよ

そいつは天才科学者富穣様の失敗作の塊、『廃棄仏(はいきぶつ)』
欠陥品は親子ともども死んじまえ!ぎゃひゃひゃひゃひゃひゃ






瞳のない肉塊の白目が…確かに三絵を"見"て

のっそりと 腕を使い這うようにして動き出す





震えながらもどうにか逃げようと身体を動かす三絵だが


数歩も行かぬ内に足がもつれ、その場にへたり込んでしまう





「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」





絶望に染まった表情を浮かべる三絵を


押し潰すように肉塊の巨椀が迫った








「三絵ちゃん?!」





そこへ、いの一番に駆け込んだ三津子が
駆け付け様に抱え込むようにして三絵をその場から引き剥がす


続いたシズルが、刃に変えた両腕で挟み込むようにして
頭上から迫っていた巨腕を斬り落とし


腕を切り落とされてバランスを崩した巨体は


元の姿へ変化した海斗の拳が突き刺さった事で
彼らから数メートル離される形で吹き飛ばされた





一瞬の事で呆然としたままの三絵の無事を確認した三人は


少しだけ安堵した表情を浮かべると
再び表情を硬く引き締める





「怪我は無いようだね…
ったく、胸糞の悪い事抜かしやがって


「おい、このクソ野郎
てめぇいったい何しやがった!!」






男二人がスピーカーへ向けて怒声を浴びせるも
既に通信は切れているようだった





「クッソ、あの野郎切りやがった!」


「腹の立つ話さ、親に子殺しをさせて喜ぶサイコ野郎の戯言だよ
家族(ファミリア)を何だと思ってんだ





普段よりも荒い口調のシズルへ同調するように
雨野も強く舌打ちをする





「自分の子供すら判別つかなくなってるみたいだし
とりあえずは黙らすしかなさそうだ」


「三絵ちゃん ごめんなさいね
ちょっと待ってて





三津子は周囲を警戒しつつ、三絵を護るように前へ出る







吹き飛ばされた衝撃から立ち直り こちらへ…
三絵へと這い寄ろうとする肉塊へ





「そうだな…済まないが
もう一度眠ってもらうよ お二方」



シズルは決意に満ちた鳶色の瞳と、片腕だけの刃を向け





悪いな、三絵ちゃん
お前の両親にちょっと手荒いことするぜ…だから」


見たくなければ目をつぶってろ、と肩越しに呟き

怒りを糧に雨野は拳を合わせて打ち鳴らす








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あとがき(解説やら雑談やら)


狐狗狸:今回の話はいつも以上にやりたい放題してます


PCの順番を入れ替えてる&セッションに無かったシーン捏造
辺りもさることながら


拳で語る部分は、拳によって培った信用&尋問(怪我はさせてない)

脅威の部分で次回シナリオの先バレも含んだ
オリジナル怪人(?)を出しちゃったりしてます


ちなみにVRは専用ゴーグルをつけて、アトラクション内部を
うろつく体感型のモノで 小さい子は保護者同伴でないと入れない為
預り所も兼ねた小規模の体験VRスペースがあります


脅威 誘い1回目:「縁」で−修正入って1回成功で2
対抗判定に闇溜めて成功したので1


2回目:「縁」の−修正入るもまたも成功1→出目が1
対抗判定に闇溜めて成功 どっちにしろ1


3回目:「黒幕」で脅威の正体が変わり、メイドさん さんの防御で
+修正で成功1→出目1 その後は上記と同じ流れ


…結果的に脅威の行動にほぼダメージ受けてない男PC2名
そして脅威のダメージ来なかったメイドさん さんですが

内心ではちゃんと三絵ちゃんの心配してるんですよ!てコトが
少しでも文章に現れてたら幸い




次回の決戦は割とバトル多めです


読んでいただきありがとうございました!