第一話 [拠所→狂騒1] 水比市に竜巻が現れた一件からしばらく経ち 竜巻を生み出していた少女…三絵は すっかりと心の安定を取り戻した様子で 三津子と共に、用意された仮住まいで暮らし 日々 メイドとしての知識や行動を学んでいた 「三絵さん 今日はお茶の入れ方を教えていきます」 「はい、おねぇちゃん」 きりりと教育モードに入った三津子を見上げながら 気合十分に、小さなツインテールを揺らして頷く三絵 「まずは、その時のご主人様の好みにもよりますが 日本茶の場合 お湯の温度は60度から80度で入れてください」 「60から80度…」 流れるような所作で茶葉を入れ、沸かした湯を 静かに茶漉しへと注いでいく三津子の手本を瞬きせずに見つめ たどたどしい手つきで ゆっくりと三絵はそれを再現する 「番茶の場合 90度で入れられる地域もあるようですが やはりうまみを生かすには低温がよいようです」 彼女に合わせた小さめのケトルであっても やはり少し重たいのか、持ち上げる手つきが危なっかしい それでも熟練のメイドに見守られる中 無事にお湯を急須に入れられて 少女は小さく息をつく 些細な三絵の動作一つ一つに微笑ましさを感じる一方で 「ただ、さっきも言いましたように 飲む人の好みに合わせられるようにできれば完璧です より熱いものを好まれる方もいますからね」 「飲む人の好みに 合わせる……」 積み重なる指導に目を泳がせる彼女が、混乱しながらも 自分のお手本について来てくれる様子もまた 三津子の密かな楽しみの一つであった 明るくメイド修行に励む三絵の 心の平穏を 水比市の平穏と共に取り戻した立役者の一人である 雨野はというと 自らの雇い主であり、親のように慕う 一井江 守の紹介によって住まわせてもらっている家で 寝転がった状態で新聞をあくび交じりに読んでいた …一応、彼の名誉のために言っておくが今日は休みである 「海斗ーひまー」 退屈を持て余したらしい凪に身体を揺さぶられ 雨野は新聞を読むのをやめて、半身を起こす 「そうだなーまたおやっさんのとこにでも遊びに行くか?」 この家には子供の遊び道具らしいモノなどほとんどないので 大体は散歩か守の屋敷へ遊びに行くのが 彼らの間で定番の行動と化しているのだが… 数拍の間を置いて 凪はぼそりと呟く 「……遊園地 行きたい」 「遊園地か そういや考えてみりゃあ 行ったことなかったな」 「連れてってくれるの!?」 ぱあ…という音が聞こえる程の笑顔は とても出会った当初の、心を壊していた頃からは 想像できない程に愛らしくて雨野は小さく笑う 「…そうだな 確か、ちっと前におやっさんから "貰ったけど使わねぇから"とかって言って なんかご優待券とかゆうの貰った気が」 この辺りにしまったはず、と呟きながら 立ち上がってすぐ近くの引き出しを ガサガサと漁った雨野が見つけたのは まさしく新設の遊園地「水比(ミナゴロ)ランド」の優待券 サングラスに煙草のようなモノを咥えた 何とも言えないゆるキャラ「ミナコロ君」をマスコットに ポスターや公式HPなどで「釣るな 狩れ」という インパクトの強いキャッチコピーで宣伝している遊園地だ そして幸運な事に 券の期限はあと数日で切れる ギリギリの日付で刻印されていた 「お、あったあった」 ぴょこぴょこと跳ねる紫色のツインテールと いけるの?と問うような眼差しが何とも子供らしく 「よかったな凪ギリギリ期限残ってるぞ! つうわけで行くか!」 「やっ…」 思わずガッツポーズを取りながら言いかけるも 雨野と目が合った瞬間、凪は顔を耳まで赤くして ぷいとそっぽを向いてしまう 「か、海斗が行きたいなら ついてく」 普段から背伸びをして大人ぶっているのだと思っている雨野は 「…っち、素直じゃねぇんだから」 凪にも聞こえぬくらいの小声で呟いてから とてもわざとらしく大声を張り上げた 「遊園地行きてえけど、おっさん一人じゃ恥ずかしいなぁ 誰か一緒について行ってくれる奴はいねぇかなぁ 優待券も2枚あるしなぁ!」 「海斗がそういうなら」 ちょっと偉そうにそう返した凪へため息をつきつつ 「んじゃ、さっさと準備していくぞー」 のそのそと準備を始めた雨野は、少女が自分に背を向けて "やった"とジャンプする姿を目の端に捕えて薄く微笑む 来るべき遊園地への期待に胸を弾ませる凪の左腕には 宵闇を思わせるような黒に近い紫のベルトをあしらった シンプルながらも洒落た腕時計がつけられている …その時計を売った、もう一人の立役者であるシズルは ちょうど仕事休憩がてらの昼食として 手製のきのこリゾットをもそもそと食べていた 「火を通しすぎたかなー…まあ、食べれるしいいか」 そこへ、キィ…と古ぼけた木製のドアを軋ませて 「すみません」 落ち着いた声音と共に一人の女性が店内へと入ってくる 休憩していた生活スペースと店内は地続きになっているので 声を聞いて急いで口元を拭い、慌てて立ち上がったシズルは すかさずカウンターへ駆け付け客を迎える 「失礼しました いらっしゃいませ」 「あら、休憩中だったのね ごめんなさい」 彼女の年頃はシズルと同じぐらいだろうか 白く染まった髪は綺麗なシニョンとして纏め上げられ 涼やかな目元としゃんとした立ち振る舞いが 着ている黒いスーツと相まって上品さを感じさせる貴婦人である 「構いませんよ、美人のお客様を お待たせするわけにもいきませんからね」 「あら お上手」 慣れた時計屋の笑顔へ上品に笑い返して 老貴婦人は手にしていたハンドバックから懐中時計を取り出す 「あの、この時計を直してほしいのだけれど」 彼女の手の平には少しばかり大きいその時計は 蓋や文字盤に施された凝った細工を考慮すれば間違いなく一級品で 針こそ動いてはいないものの、経年劣化以外の目立った汚れや ひどい損傷などは見受けられず 長い年月を経て 大事にされた事が伺い知れた 「ほう、コレは年代物ですね… 少し値が張りますが、よろしいですか?」 「大切な人との思い出の品なの お願いするわ」 懐かしげなその視線に、時計の見立てが間違っていなかった事を確信し 「かしこまりました 責任を持ってお預かりいたします」 鳶色の瞳に共感を乗せて シズルは丁寧に頭を下げ 丁重に懐中時計を彼女の手から預かった 「ふふ、ありがとう それにしても日本語がお上手なのね」 「ええ ここでの暮らしが長いもので」 冗談めかして笑いかける店主にすっかり緊張をほぐされ 「なんだか貴方とは他人の気がしないわ」 「美人に褒めていただけると光栄ですね ぜひ今後も当店をごひいきに」 必要書類に名前と連絡先を万年筆で柔らかく記載して 「では、これで…しばらくしたら 受け取りに伺いますわ」 老貴婦人―"雪村 芳恵(ゆきむら よしえ)"は来店した時と 同じように、軽やかにドアを開けて立ち去った ―――――――――――――――――――――― ゆっくりと何事もなく過ぎていく日常 きっと今日も、楽しく笑って過ごせるのだろうと 三津子は疑うことなく信じていた 「ただいま 三絵ちゃん」 しかし…所属している組織から"どうしても"と頼まれた用件を 手早く済ませて、家へ戻ってきた三津子は 修行も兼ねて留守を任せていた三絵が出迎えず 所かその姿すらも見えない事に訝しむ 「おかしいですね、勝手に外出するはずないのですが…」 辺りを見回す彼女が程なくテーブルの上に置かれた一枚の紙を見つけ 赤縁眼鏡の奥の目を見開く そこには 慌てていたのか乱れてはいたものの三絵の字で "ごめんなさい ありがとう" の二文字だけが書かれていたのだ 「どういうこと?」 沸き上がる疑問と不安のただ中で 三津子の思考は冷静に、三絵の行く先を探る 「あの子が他に頼れるとこなんてないはず …とすればあの町に帰った?」 思い当たる場所での土地勘 そして何より 三絵の事情を知る人間で探した方が効率がいいと判断し 素早く携帯を操作し、三津子はシズルと連絡を取る 「シズルさん、あの子が突然いなくなってしまったんです 捜査協力頼めませんか?私もすぐにそちらに向かいますから」 『三絵ちゃんが!?…分かった、僕も海斗君に連絡してみる』 「よろしくお願いします」 それだけを告げて通話を切ると 彼女は、自らが所属している組織を総動員する事も 視野に入れ 三絵の捜索へと乗り出す …シズルが雨野へ連絡を入れたのは ちょうど、二人が遊園地へと入園した直後であった 「ん、電話か…シズルさんからじゃねぇか」 浮かれ気味の凪を横目に 雨野は通話ボタンを押して 携帯を耳元まで持って行く 「何の用だ?」 『忙しい所悪いけど、マズい事になった …三絵ちゃんがいなくなった』 受話器から聞こえた深刻な声色に、彼の片眉が跳ね上がる 「いなくなったも何も、あのメイドが引き取ったんじゃ …おい、まさかそこから失踪したってのか?」 『そのまさかさ、僕もさっき彼女から聞いたんだ』 こちらに戻っている可能性を示唆されて、雨野は思わず舌打ちする 「そいつは面倒なことになったな」 安定したとはいえ 精霊が憑いたままの三絵を 放置しておくわけにもいかず さりとて今日を楽しみにしていた凪の笑顔を奪うのもためらわれ 『僕も今から探してみる』 「わかった 俺の方も一応は協力する …まぁ今から凪と遊園地に行くことになるから 片手間でやらせてもらう事にはなっちまうが」 悩んだ末に"両立"を選択した雨野の 長い一日が始まった 「悪いね、埋め合わせはさせてもらうつもりだよ」 『お互い様ではあるけどな、まぁ頼むぜ?』 いくつか話をして通話を切り…シズルは人っ子一人いない 店内で深いため息を吐いてから 「久々に連絡するな…」 記憶を元に、彼は古巣である"ある組織"へと連絡を取る 『どうした?』 「単刀直入に言う "精霊憑き"が知り合いの管理下から失踪した」 紗枝の特徴と、以前の一件の簡単な概要だけを伝えて 少女の目撃情報を求めたシズルへ 間を置かず 一つの情報が舞い込んできた 『山奥にある廃墟の研究所へ、お前の言った特徴に 一致する少女が向かったのを見た奴がいる』 「研究所…?そんな所に、どうして?」 『知らん そんなもんは自分で調べろ』 一欠けらも愛想のない 事務的な返しに 妙な懐かしささえ覚えながらもシズルは答える 「助かったよ、ありがとう」 『構わんが、引退したからって鍛錬くらいはしろよ? こっちはいつだって人手不足なんだから』 「協力したいのは山々だけど、生憎ここでの生活も気に入っててね 何かあったら出来る限りのことはするから」 『当てにせず期待しておく もしこっちに戻ったら みっちり鍛え直すからな?』 プツリと切れた電話口での、最後の会話の内容に 少しばかり嫌な思い出を掘り起こされつつ シズルは素早くメッセージを携帯へ入力して二人へ送る 「この研究所なら、そんなに時間はかからねぇか…」 届いたメッセージへ素早く目を通してから 雨野は辺りを見渡し、人が並ぶ売店に目を止めた 「あー、少し喉乾いたな…ちょっとそこの店で 飲み物買いに行ってくれないか?」 「一人で行くの?」 「ここで待っててやるから大丈夫だって」 ひらひらと軽く手を振る雨野を軽く睨みながらも 小銭を渡された凪は、大人しく売店の列に並び始める 視線が自分から外れたのを確認し 妖怪ならではの脚力を生かし、人目を縫って遊園地を 抜け出した雨野は研究所まで一足跳びに駆け 早速内部へと侵入していくのだが… 「っくそ…ハズレか…」 あちこちが崩れ 苔やツタに覆われた旧研究所には 廃屋特有の朽ちた臭いが漂ってはいるが 三絵の姿は、どこにも見当たらない 肩透かしを食らい、仕方なく踵を返した雨野の目が 暗い通路の隅で光った何かを見つける 「…ん?アレは…」 拾い上げると それは研究所には似つかわしくない 茶色いベレー帽を乗せた黄色く丸っこい犬のキーホルダーで 彼はひとまずそれを持ち帰る形で遊園地へと戻る 「このキーホルダー、もしかしてあの子のか…?」 移動しつつも雨野は、キーホルダーの持ち主が三絵であり 確かに三絵があの場所へ訪れた事を直感し 「以前は ひどいことを言ってしまったのに こんな事になってしまって…あの時はすみませんでした」 前触れもなく背後に現れた三津子に驚き 足を止める 「ですが 何としても彼女を取り戻したいのです ご協力をお願いします」 「ん、前アンタに何か言われたっけか?悪いが覚えてねぇな まぁそれよりこれ、渡しておくぜ」 戸惑いながらも彼にキーホルダーを差し出され 三津子がハッとした顔をする 「これは あの子の…ありがとうございます」 「まぁ、俺も凪がいるんでな あの子を取り戻したい気持ちは分かるからよ」 何事にも動じず、時に辛辣な一言を浴びせる彼女が しおらしく頼みごとをする姿など夢にも思った事は無く 生来の強面を困ったようにしかめながら雨野は どこかそっぽを向くようにしてぼやく 「おめぇにそんな風に頼まれると調子狂うぜ」 「すみません ありがとうございます」 もう一度頭を下げ、すっと闇に溶けるようにして 立ち去った三津子を見送って一息つき 「…ってボーっとしてる場合じゃねぇ!」 彼は今度こそ全速力で凪が並んでいた売店の側まで戻る 「ぜぇ、ぜぇ…流石にハードだぜ…」 どうやら運が良かったようで ちょうど頼まれたジュースを両手に持った凪が こちらへと歩いて来る所だった 「海斗なんで息切らしてるの?」 「何でもねぇよ、それより飲みモンくれ」 両膝に手を置き、少し背を丸めて呼吸を整える 雨野を不思議そうに眺めながらも 凪は持ってきたジュースの内、片方を渡したのだった ―――――――――――――――――――――― あとがき(解説やら雑談やら) 狐狗狸:キャンペーン2回目の第一話をお送りしました まずメイドさん さんは、便宜上この小説内では "三津子"の呼称で書かせて頂きます…理由は後ほど判明します (所属組織の話も その時に) 成長でメイドさん さん→「天才」、雨野さん→「拳で語る」 シズル→「防壁」をそれぞれ取りました 水比ランドは雑談中に生えてきました 宣伝大使は、ある方に激似な水比パーおじさん(笑) ついでに言うと雪村さんは実はオヤジさんの恋人で〜 みたいな話をPL同士で作り上げてGM困惑させてました キーホルダーの外見は特に決まって無かったので捏造してます もちろんモデルはサンリオのプリンなわんこ 次回 脅威の行動を乗り越え、彼らは三絵の手掛かりを追う… 読んでいただきありがとうございました! |