第三話 [決戦→回帰]










少女・赤来 紗枝の年齢と体力を考えれば
既に限界が近い、と推測し


これまでの予測を元に三人は竜巻の前へと集まる





「今なら、僕らの声が届くか…?」





人気が無くなった自然公園の開けた敷地に留まる竜巻は
最初に見た時よりも明らかに勢いが衰えており


荒れ狂う風の壁を通して、呟く紗枝の姿がうっすらと見える





「モウイヤ キライ ハナシテ
コンナコトシタクナイ」


「とにかくもう少し 竜巻が弱まってくれないと
どうにもならなさそうですね」





気配に気づいてか 彼らへ向けられた紗枝の
自我が抜け落ちたような瞳から涙が一筋零れ落ちる





「タスケテ タスケテ」





しかし救いの声を漏らす少女と三人の間には


人の姿を形作った風の塊が 敵意を持って睨みつけていた





「風は弱くなってるけど
あの子はいまだ苦しんだまま…か」


「さて難題だね、下手にアレは剥がせない
けれどそのままにも出来ない」


「仕方がありません 殺してしまわない程度に弱めて
説得といった所でしょうか?」





あと一歩で事態が収束する確信があれども
決め手に欠けている事に悩む三津子へ


紗枝を見据えたまま シズルが静かに答える





「可能性があるとするなら、アレの原動力となっている"感情"だ」





今の少女は感情が暴走した事によって主導権を
精霊に握られた状態となっている


逆に言えば原因となる感情…


紗枝の抱く 強い想いの根底を説き伏せられれば

暴走による破壊活動が収まるし
精霊を制御下に置く事も容易となる、とのこと





感情か、俺は結局のところバケモンだ
人間のガキの気持ちなんざわかんねぇ…でも」





ガリガリと頭を掻く雨野の記憶の中で


消え入りそうな紗枝の涙声がリフレインする





あいつは寂しいって言った

その気持ちは俺にもわかる」


「そうだね…家族を失うのも
一人だけでいる事も 寂しいよ」







思う所のある男二人の気持ちを鼓舞すべく





「さて、説得には
何か生きがいを与えてあげるのがいいでしょうかね」





"座敷童"に近しい性質を持つ彼女は
敢えて少女を無事に助け出した後のことを口にする





「引き取って メイドとして奉仕の喜び
教えてあげるのもよいかもしれませんね」


「奉仕はともかくとして…彼女に今必要なのは
自らを取り戻し前を向く事だ」


「まあ、どんな生きがいを与えるにしても
とりあえずは あの竜巻を何とかしてからだ」





少し目を閉じ、ゆっくりと吐き出した息と共に
しっかりと紗枝へ視線を合わせ





「それじゃ、本気を出すとするか」





言い終えた雨野の身体が見る間に大きく歪み


剛毛に覆われた筋骨隆々の、立ち上がった熊を思わせる
巨体の怪物
へと変化を遂げる





…否、人であった姿から本来の姿へ"戻った"のだ





「くれぐれもあの子には当てないようにしてくださいね」


「分かってるって!行ってくる!!





重い足音を響かせ 雨野は真っ向から竜巻へと突き進む







以前のように飛来する岩石や金属の破片などを
鋭い爪で裂き、叩き落として近づく彼を


拒むように風の塊は歪に膨らみ


強力な向かい風と化して後ろへと押し戻す





「思ったより風の壁が固いな!
…なら、これならどうだ!!





ギリっと火花が見えるような勢いで牙を鳴らし


獣の咆哮と共に烈火を思わせる激しい拳の連打
自らを襲う風にのみ狙いを定めて叩き付ける





人ならざるモノの全力を持って繰り出されたその攻撃には
形を持たぬ精霊であろうとひとたまりもなく


散り散りに消える風に巻き上げられて宙を舞う紗枝の身体を


雨野は踏みしめた脚で跳び、キャッチして着地する





「タスケテ タスケテ」


「まだおかしくなったままか」





今にも崩れ落ちそうな小さな体を丁重に抱えたまま
眉根を寄せて雨野はため息を吐く





「こういう事態はてんで苦手なんだが」


「タスケテ ハナシテ」


「あ〜おい嬢ちゃん
俺みたいなバケモンの所でよかったら来るか?





困ったようにしぼりだされたその一言に
ぴくり、と紗枝が反応を見せる







…だがしかし





「おめえと同じぐらいの女の子がいるんだが
友達になってくれねぇか」


苦笑交じりに続いた次の一言で、意思のないはずの瞳が
ぐにゃりと悲しげに歪んだ





「イヤァァァァァァァ!!」


「がぁ!」


強烈な風の一撃を至近距離で喰らって
木の葉のように雨野の巨体が吹き飛ばされ





解放された紗枝はふたたび竜巻の中心へと座り込み


庇う様に人型の風が少女を抱きかかえ、三人を睥睨する





とっさに踏ん張り受け身を取る事は出来たものの





なんて威力だ!
クッソ、俺じゃあの子は救えねぇってのかよ!」





不意を打たれてよろめく雨野の身体を

駆け寄ったシズルが支えながら、冷静に返す





「さっきの反応を見るに…どうやら紗枝ちゃんは嫉妬したようだ」


当たり前です!全く何やってるんですか
凪ちゃんの時はよくうまくいきましたね」





立腹している三津子の台詞に ぐ、と雨野は言葉に詰まった





「ああ、そうだな よく俺みたいなバケモンに懐いてくれてると思うよ!
でも面と向かって言われんのはちょっと傷つくぞちくしょう」


落ち着けよ、方向性は悪くない」


目に見えてしょげた様子の熊男を一通りなだめてから




「さて…次は僕の番かな?」





雨野の雄姿に続くようにシズルは自身の腕を
平たい両刃へと変えて地を蹴り、駆ける





牙を剥く風を刃で受け流しながら紗枝との距離を
少しずつ詰めてゆくも精霊の抵抗は激しく





「ぐっ…!」





飛んできた植木鉢をかわして体勢が崩れたのを
狙い撃ちにして強い向かい風を放たれ


彼は雨野よりもさらに後ろへ飛ばされ外灯に叩き付けられた





「おい大丈夫か!」


「気にしないでくれ、見た目より頑丈なんだ!」





改造された自身の頑丈さと反応力に内心で感謝しながらも


少女との距離を開けられてしまった事をシズルは悔やむ





「ああ本当、年は取りたくないもんだ…」


「でもお二人のおかげで精霊の力は確実に弱くなっています
今なら、行けるでしょう





眼鏡の奥の瞳に決意を宿して三津子も駆ける


向かい風も、それらが運ぶ攻撃もものともせず
三津子は握りしめた拳を振り上げ





「未来ある幼子を縛り付けるアナタは…
教育によろしくありません!」



人型の風の顔面を思い切り殴り抜いた







小気味よい破裂音を辺りへと鳴り響かせ


風を散らし、ゆっくりと紗枝へ歩み寄った三津子が
ふわりと柔らかな微笑みを向けた





「一人になってしまって 寂しさと不安でいっぱいなのね?」





あらゆる意味で孤独となった彼女には支えが必要であり


自らが拠所とならなければ、暴走を止める事が出来ない
気づいた三津子は





「私と一緒に来る気はありませんか?」


「…ワタシハ ヒトリ ダレモ ミテクレナイ」





頬に流れる涙を取り出したハンカチでそっと拭って





「では、私の元でメイド修行でもしませんか?」





短い間といえど 一井江屋敷で過ごした日々
ためらう事無く振り切って告げる







…その言葉が届いたのか紗枝の瞳に光が戻り


辺りを見回しうろたえた様子で三津子のエプロンを
きゅっとつかんで少女は訊ねる





「お姉ちゃん 誰…?」


「私はメイドさんと呼ばれています
あなたは、一緒にメイドを極める気はありませんか?」


「メイドさん?……あれ、わたし何してたの?


「覚えてないないなら それでいいのですよ

怖い記憶や さびしい記憶なんて、なくてもいいのです





穏やかな口調で安心させようと三津子が言うも


幼さゆえの不安は拭いきれず、見る見るうちに
紗枝の目には涙が溜まっていく





「どうしよう…お家も 名前も思い出せない」







不安に押しつぶされそうになり俯きかけた紗枝は


優しく背を叩かれ、顔を上げる





「思い出さなくてもいいさ
目の前の彼女が、君の家族だ






慈しむような鳶色の瞳に見下ろされ


目をしばたたかせながら 自分へと顔を向ける少女へ





「いいのですよ 覚えていないのなら
ああ、名前は"さえ"というらしいですね」


そうだ、と三津子は続けて明るくこう訊ねる


「今日からは"三絵"と名乗ってはどうでしょう」


「名前はさえ…メイドさんが、家族?」


「はい これからは一緒です」





微笑んだままの三津子をじっと見つめていた紗枝…


いや"三絵"は、不意に泣き出して三津子へとしがみつく





怖かったの 怖い夢を見たの

わたしを置いてみんな、みんないなくなっちゃって」


「もう大丈夫よ、私がここにいますからね」





背を撫でる温かな手の平と 包み込むような言葉に
しゃくりあげる声はだんだんと小さくなり





しっかりと彼女にしがみついたまま


三絵は、眠りへと落ちていた







抱きかかえられた三絵を 人の姿に戻った雨野は
ほっと一息つきながら見つめる





「やれやれ、こうして見るとただのガキんちょだな」


「あげませんよ」


「生憎だが凪だけで手一杯だよ」





門前での、誕生日に贈る品の相談を思い出し
シズルも小さく笑ったのだった









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市を一時騒がせた竜巻が消えると共に


三津子が一井江屋敷で務めていた記憶も
一部の例外を除いて人々からキレイに消え去っていた





…彼女の名残は 新しく増えたプリンのレシピだけである





「おねぇちゃん、これからどこいくの?」


震える手をそっと握り返して 三津子は答える





「今いるところじゃ 大変でしょうから
もう少し静かな所へ行きましょう」





以前、彼女自身が言っていた"心当たり"には
事前に連絡を入れていたので


二人きりで暮らせる十分な住処は既に用意されている





「そこでしっかり 仕事を仕込んであげますからね」


「仕事?三絵はたらくの?」





首を傾げる三絵の頭を優しく撫でながら、三津子は続ける





「まだ 無理ですからね
一人前になったら、一緒に働きましょう


うん!三絵、おねぇちゃんと一緒ならがんばる」





満面の笑みで応える少女に思わず彼女の頬も緩む





「厳しくすることもあると思いますが
頑張ってついてきてくださいね」







メイドの職務に生きがいを感じ、他者の世話を焼き
同胞の面倒を見るのが存在意義となっている三津子にとって


現在 最優先の事項は


紗枝改め"三絵"を一人前のメイドとして育て上げる事である





「三絵、おねぇちゃんと一緒だったら平気だもん」





空いた手でグッと気合十分のポーズを取った直後に

かわいらしいお腹の虫が鳴り響く





「おねぇちゃん、三絵おなかすいちゃった」


「あらあら…
そうだ 御屋敷で作ったプリン持ってきてるんだった」





後で一緒に食べようと、務めていた一井江屋敷で
作ったプリンの容器をちらりと見せると


途端に三絵の顔が輝き出す





プリン!?三絵プリン大好き!
じゃああっちの公園で食べよう!!」



手を引っ張り、走り出す三絵を追いながら





「プリンも私も逃げませんから、ゆっくり行きましょう」





三津子は 背を押すゆるやかな追い風を感じていた







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文字通り、嵐のような事件が過ぎ去った後





三絵ちゃん…いま、どの辺りにいるかな…?」





相変わらず 来客の気配のない店内にてシズルは

修理片手間に二人の行く先へ思いを馳せていた





「おい、生きてるかー」





気だるそうに裏口のドアを開けて入ってきた学へ
ため息をつきながらも


作業の手を止めず、作業台に座したまま
顔を上げてシズルは答える





「生憎だけど生きてるよ
ちょっと腰をやっちゃったけどね」


「今回は派手にやったみたいだな
無理はするなよ、年なんだから」


「センセイの言う通りだな、無茶は若い奴の特権だよ」


「で、よかったのか あの娘?





苦笑した彼へ 学は内ポケットから煙草を取り出し淡々と答える





「紗夜(さよ)さんに似てたんだろう?」


「…知っていたのか?」





少しばかり剣呑に細められた鳶色の瞳をものともせず


煙草に火をつけ、咥えながら学は続ける


「はっ、その様子
やっぱり 重ねてたんだな」


「嫌でも重ねるさ
紗夜と初めて会ったのも、あの事件の時だった





組織にいた時代、彼が巻き込まれた類似の事件


甚大な被害を出し 元凶となった幼子が死んだ一件


後に彼が組織を引退するきっかけとなった妻

紗夜も関わっていたのを 目の前にいる内科医も知っていた





「まったく そんな顔するぐらいなら
あの女から無理にでも奪えばよかっただろうに」


僕は臆病だからね
彼女ほど身軽にも捨て身にもなれなかったのさ」





どこか曖昧なその笑みに大きくため息をつき
煙を吐き出した学が訊ねる





「今日の仕事はそれで終わりか?」


「いや、まだとっておきのが残ってるよ」


「とっておき?」





作業の手を止め、身体ごと学へ向き直ったシズルは
満面の笑みを浮かべて答えた


「ああ、かわいい妹に贈り物をしたい
不器用な兄貴分のための品定めさ」






しばしその顔を眺め





まったく、ホントお前はお人好しだな」





どこかつまらなさそうな顔をして、携帯灰皿で
タバコを揉み消した学は彼から背を向け歩き出す





「酒でもおごってやろうかと思ったが 止めだ止めだ
…じゃあな、改造人間」





言いながらドアを開けて店を出る その寸前で





「忘れモンだぜ、学センセイ


素早く追いついたシズルが
修理したTVのリモコンを学へと手渡す





「ツケとくから、今度は変なトコに落として持ってこないでくれよ?」





呆気に取られた様子の相手を見やって


彼は、にやりと意地悪気に笑った





"してやられた"とでも言いたげな表情を浮かべ





「肝に銘じておくよ」


白衣のポケットへ雑にリモコンを仕舞い 学は今度こそ店を出る







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嵐のような数日間が過ぎ、雨野は凪を連れ
すっかりと落ち着きを取り戻した通りを歩いていた





「あ〜あ、結局あのメイドのやつ
あの紗枝ってガキ連れて遠くに行っちまいやがった」


「メイド?紗枝?
海斗、私を預けてなにしてたの?


「ああ、えーっとだ お前にもさすがに同年代の友達が
必要だよなぁって思ってなぁ」





無表情だった凪は その返答へつまらなさそうに返す





「なんだ、恋人でも作ったのかと思った」


恋人だぁ?ったくこいつはいつの間にませたんだか…
心配しなくても恋人なんざできやしねぇよ」


「…海斗、私が邪魔だったら言ってね
組長のとこの子になるから」


はぁ?なぁに言ってんだお前」





少し呆れたように彼はいつかの雨の日に拾った
恩人に瓜二つの少女へ、心からの本音を告げる





「俺はお前が邪魔だなんて思ったことなんざねぇよ」


「そう、ふーん」


「ったく、誰に似たんだか 生意気な奴だ」







返答は素っ気なかったが 沈んだ様子から立ち直り


少しだけ顔を雨野から背けた凪は、小さく
"邪魔じゃないんだ"と安堵の言葉を呟いていた







「まぁそれより凪、忘れてるかもしれねぇけど
お前そろそろ10歳になるだろ?」


え!?う、うん」





慌てて振り返る凪へ 少し照れくさそうに雨野は続ける





「そんでだ、まぁらしくねぇかもしれねぇけどよ
あ〜なんだプレゼントってやつ?用意したんだよ」


「プレゼント!!」





一瞬うれしそうに顔を上気させるも





「海斗が選んだの?なに?盃?


すぐに平静な顔へ戻って凪が問いかけ





「おい、お前俺が子供に盃渡すような奴に見えてたのかよ」





あんまりなセリフに思わず彼は"腕時計だ"と口走ってしまい

つい口を手で押さえた





「時計か、なんだ」





大袈裟にがっかりした素振りで一歩だけ彼の前へ
進み出て顔を背ける凪であったが





「でも、その……ありがとう


耳まで真っ赤になりながらも彼女なりにお礼を告げる





「本当は渡す直前まで
物は何かまで隠すつもりだったってのに…」


「海斗、うかつ」


はいはい どうせ俺は隠し事は苦手だよ」





照れ隠しにからかう凪を担ぎ、雨野は顔馴染みの
イタリア人店主が待つ店まで走り出す





「降ろせバカ!子供じゃないんだから歩ける!」





バタバタと暴れる少女の要請が聞き入れられたのは


店先にて 店主に状況を指摘されてからであった









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ほんの数日、市を騒がせた"竜巻"
世間的にはそれらしい理由がつき


事情を知らぬ市民達はひとまず納得し

次第に何事もなかったかのように忘れ去ってゆく







…しかし 何事にも例外は付き物





「ふん…役に立たんガキめ





殆どが闇に沈んだその室内で 侮蔑を込めた呟きを漏らしたその男は


竜巻の収束が予想以上に早かった事に苛立っていた





「まあいい、実験体(コマ)はまだ手の内にある」





操作しているモニターに表示された複数の画像や
数値のデータへ目を通す内


満たされた溶液に一組の男女を浮かべたカプセル状の機械を
背に負った男の口角が、吊り上がる





「赤来の力に俺様の頭脳が加われば
今度こそ…奴等を見返せる…!」






濃密な狂気に満ちた哄笑が

誰一人として聞く者のいない室内に響いていた…








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あとがき(解説やら雑談やら)


狐狗狸:長いですが切りがよかったので決戦回帰(かいき)フェイズ
両方ともを書ききって、1回目セッション終了です


決戦は文字通り脅威との対決となり 基本はPC→脅威の順で
1サイクルとし、脅威の闇を削り1D6ダイスでの再起(さいき)
失敗するまで戦います


今回は再起を2回した直後に、"取引"という特殊な設定条件を
満たしたのでフェイズが終了しました


条件は"今回の脅威を拠所にする"でした


1度目はダイス目で雨野さんに

2度目は私の今までの出目が
ほぼ1〜3だったのでメイドさんが説得に当たりました


回帰(判定は拠所と同じ、但し闇は使えない)
帰れるか不安だったので出目の安定したメイドさんに託したのです


ちなみに奥さんの名前は"紗枝"をもじってその場でつけました




次回、2セッション目にて三絵ちゃんが…!?


読んでいただきありがとうございました!