第二話 [狂騒1→3]










―少女の名前は"赤来 紗枝(あからい さえ)"


ひと月ほど前に一家四人が交通事故に遭い


酷い事故で遺体の判別が不可能となっている中
半死半生の彼女だけが病院へ搬送されていた





しかし入院して三日目に 院内から姿を消したという





自前の地味さと組織時代に培った技術によって
紗枝が入院していたであろう病院へ潜入し





その情報を聞き出したシズルは愕然とせざるを得なかった





「彼女は、家族を失った事に気づいているのか…?」





思わずと言ったその呟きは


時を置き、現れては消える竜巻の轟音と

それによって起きる破壊音や人々の悲鳴にかき消される





言いようのない既視感に襲われるシズルの耳に


携帯の着信音が 小さくも確かに届いた







「…美人から直々のお呼び出しとは嬉しいけど
用事って何だい?」





彼を近所の公園へ呼び出した三津子は


エプロンのポケットから取り出した赤縁の眼鏡を
手の平へ乗せて差し出す





「先日の竜巻で、メガネのフレームのネジが飛んでしまったようで
直していただけたら助かります」


「あー…その 申し訳ないんだけど
僕の所はあくまで時計だけ扱ってる店だよ」


「そうなんですか?」





きょとんとした顔で目をしばたたかせる三津子へ
眉根を寄せて苦笑いしながらも





「まぁ、一応直せるから大丈夫だよ」


シズルは丁寧に眼鏡を受け取り 手持ちの工具で修理を始めた







側のベンチに二人で腰かけ


修理の合間に情報交換を兼ねて他愛のない世間話や
互いのことを簡単に口にする中で





ふ、と思い出した事を三津子は訊ねる





「シズルさんは ご結婚なされていたんですね」


「昔の話だけどね、いわゆる一目ぼれって奴なのかな?
僕がだけど」





照れくさそうにはにかむその姿はとても54とは
思えぬ初々しさに満ちていて


三津子もつられてニコリと微笑む





「今でも愛されていらっしゃるんですね、素敵です


「そう言ってもらえると嬉しいな
彼女は笑顔がとてもかわいくてね 子供も大好きで…


そう、生きていたならあの少女くらいの子が
孫になっていたかもしれない」





どこか寂し気な笑みに、そうですねと返して


三津子は胸の前でグッとガッツポーズを作って意気ごみ
明るく振る舞ってみせた





よ〜し じゃあ
あの子を何としてでも助けるといたしましょうか」


「もちろんさ、ちなみにオヤジさんの家では
孤児の引き取りはまだやっているかい?」


「さあ どうでしょう
まあ もしダメでも心当たりがありますので」


「よろしく頼むよ、僕の店は閑古鳥がよく留まるからね」





和やかな空気が辺りを満たし、折よく修理の終わった
眼鏡が持ち主へと返された直後


彼の手持ちの携帯が震えた





「…雨野さんからでしょうか」


「みたい、だね」





視線をかわす二人の顔から朗らかな笑みが鳴りを潜め始めたのは
唐突な連絡が原因ではない







――――――――――――――――――――――





…時間は少しばかり、二人が合流する前まで遡る





人ならざるモノである雨野は自慢の脚力を生かして
竜巻に関しての情報を探し回り





結果 少女を中心に起こっている事と
自然の風ではありえない吹き方から


竜巻が少女自身の能力で生み出されたモノである事がわかった





「やっぱり あの竜巻はその子供の能力に間違いはなさそうだな
さて、どうやって助け出したもんか」





一息ついた路地にて携帯を取り出し


シズルの番号へとかけて、入手した情報を伝えていた矢先





え?近くの公園にあのメイドといんのかよ」


『たまたま合流したんだよ、それよりもそっちの方でも
風の吹き方がおかしくないかい?』


「言われてみりゃ確かに…」





雨野が自身を取り巻く空気の流れの違和感を意識した瞬間


待ち構えていたかのように急な追い風が吹き始め





「うわあぁぁ!?また竜巻だぁっ!!」





それは周囲のまばらな悲鳴や破壊音を伴いながら

新たに発生した竜巻の形で雨野の前へ現れる





「おいおいおいマジかよ…!





右腕で顔面を防ぎながら進むも


すぐさま押し戻されてしまう為、人が退散したのを
見計らって雨野は変化を解き

改めて風の壁へと立ち向かうが


竜巻の脅威は単純な圧力や飛来する物体による衝突だけに留まらない





古来より様々な説により言い伝えられ、指示されてきた現象

"かまいたち"が恐ろしい切れ味を持って近づく人間を苛み


頑丈なはずの雨野の"元の姿"の皮膚さえも刻んでいく





「痛っ、マジか…だが」


ぱっくりと開いていく傷の割に少ない痛みと血にも構わず





「こんな風ぐらいで…俺が負けると思うなよ!」





歯を食いしばり、雨野は中心にいる少女に
当たらないように狙いを定め


自らと少女の間に巡る風へ爪を立てて薙ぎ払う





斬撃により一瞬弱まった暴風の向こう側で
少女の唇が微かに動く





「さみしい、わたしを見て」





涙交じりに 耳に届いたその呟きへ
雨野が答えることは出来なかった


荒れ狂う風を縫って代わりに答えたのは







「…紗枝ちゃん!





振り絞るように張り上げられた時計屋の声だった





――――――――――――――――――――――







…不自然な風の流れと、携帯からの唐突な轟音


そして舞い上がる周囲の物体によって竜巻の発生と

雨野や周囲の人々の危機に気づいた二人が
生み出された竜巻の元へと駆け付け





「三津子さんは他の人達の安全を!」


「分かりました」





素早く動き始めた三津子の動きを一瞥してから
彼は土埃を上げる風の渦へと足を踏み入れる





「彼は大丈夫か…いや、それよりも…!
いるんだろう?聞こえているかい!紗枝ちゃん!





飛び来る物体を避け、風の攻撃を頑丈な身体と
やせ我慢でこらえながら一歩ずつ進み





うおっ!?い、今のはもしかして海斗君の攻撃か?」


斬撃を避けた直後に弱まった風の隙間から

へたり込んで泣いている少女を目に止める





嘆き悲しむその姿は どこか"彼女"に重なって





「…紗枝ちゃん!





必死の叫びが届いてか、驚いた顔を向けた紗枝の

すぐ側に見えたモノに 鳶色の瞳が見開かれる





ぼやけて見えたもう一つの姿は―風の精霊





「あれは…精霊が憑依しているのか…!?





以前の事件と経験則からシズルは


紗枝がその身に風の精霊を憑依し
その加護によって命を繋いでいる一方で


制御が出来ずに暴走してしまっている事を理解した





少女と違い険しい顔つきを向けていたものの


増えた闖入者に、勝ち目がないと悟ったのか


精霊は風の力を強め、近くにいた雨野とシズルとを
吹き飛ばして少女と共に再び姿を消した









腰をさすりながらも起き上がったシズルは


人の姿へと戻っていた雨野へと駆け寄る





「大丈夫かい!」


「ああ、大したことねぇよ…それより周りの奴等は」


「確認いたしましたところ、被害はありませんでした」





すまし顔で側へ控えていた三津子に二人が
ビクっと肩を震わせながらも 短く頭を下げる





「おお、アンタ仕事早ぇな」


「これぐらいメイドのたしなみですよ
それよりあの子、紗枝ちゃんはどうでした?」


「それなんだがよ…」





彼女の言葉を皮切りに先程の紗枝の呟きと
憑依した風の精霊についての情報が彼らの間で共有され





「いっそ竜巻が出来るトコに先回りして
被害を食い止められねぇか?」


「何か、法則性があるかもしれないね」


「でしたら この地図に現在までの竜巻の
発生地点を描いてみてはいかがでしょう?」






広げた地図に 三人は竜巻が起きた地点に印をつけ
次の発生地点を予測し始める







1日に数度の割合で、唐突に生まれては消える竜巻だが


発生した場所を辿ると ある一定の流れに沿って
動いている事が把握できた


そして次に現れるであろう地点は…





おやっさんの屋敷だと?」


「ええ、その可能性は極めて高いと思います」





全員で屋敷の付近に待機するか、一人ないし二人は
別の地点に現れる可能性を考慮して動くべきか


互いの仕事も織り込んだ上で話し合おうと
シズルが口を開きかけた時だった





おい時計屋、ちょっと来い」





声のする方を見れば、通りの曲がり角から
咥え煙草をした学が半身を覗かせ手招きしていた


二人に断りを入れてシズルは彼の側まで歩み寄る





「何だよセンセイ」


「ウチの医院で竜巻の被害が出てな
家電が軒並みエラい事になってるから急ぎで修理頼むわ」


「いやそこは正規の修理屋頼めよ
前々から言ってるけど僕は時計屋だから!」


「あちらさんは他の被害で忙しいしツケも気も利かんからな
あとついでにこのリモコンとかも」


「何サラッと仕事増やしてんだ、このうさんくさ医師」


ケチケチすんなよ 診療受け付けねぇぞ?」





至極真っ当な時計屋のツッコミをのらりくらりと
かわし続ける内科医のやり取りを遠目で眺め





「…こりゃ、俺達二人で屋敷の守り固めとくしかねぇな」


「そのようですね」





視線を合わせた二人は 呆れ混じりにそう呟いたのだった









学に引きずられゆくシズルと別れ、一井江屋敷へと
ひとまず帰還する道すがら





「そういえば雨野さん、この機会ですから
一つお伺いしてもよろしいですか?」


「おう、何だよ?」





腕組みをした彼に全く物怖じする事無く

三津子はずいっと半身を乗り出すようにして言う





「凪ちゃんの 食事とかちゃんとしてますか?」


あ?食事ぃ?」


「雨野さんは体が丈夫過ぎなので逆に心配になっちゃいます
あのぐらいの子は食事のバランスとか重要ですからね」





思い当たるフシがあったようで、あーと雨野が頭を掻く





「俺料理とかへたくそだから炒めただけの野菜とか
焼いただけの肉とかしか作れねぇしよ」


「野菜も取ってるようでしたらいいのですが
量とかバランスが心配ですね」





それで凪が喜ぶかと言われれば、答えは否で





必然的に外食が多くなってしまっている事を口にすると


三津子が"それはいけない"と苦言を呈し

屋敷にちょくちょく連れて来るように助言する





「必要であればお料理とか教えてあげれますしね」


「ああ、そうさせてもらうよ
女とも触れ合わせた方が凪もちゃんと育つだろう」


守も喜ぶみたいだから、と雨野が答えると

俄然 三津子もやる気になったようだった





「任せてください、しっかり家事を仕込んで差し上げます
どこにお嫁に行っても恥ずかしくない程度には!


「はは、そいつは頼もしい」





青年らしい快活な笑い顔で 雨野は会話をこう締めくくる





「まぁ今はそれよりもあの竜巻と そん中にいる嬢ちゃんを
何とかしないとそんな事も言ってられなそうだけどよ」








彼らが屋敷へと戻って、さほど間を置かず


予測通りに現れた竜巻が屋敷へと向かっていた





「マジで来たな…さてどうす」


言いながら雨野が傍らにいた三津子へ訊ねるも
既に彼女はそこにはおらず





慌てて追えば 屋敷の外へ飛び出した三津子が


黒いストッキングに包まれたしなやかな脚から
想像できないような速度で路上を駆け


勢いに乗せて跳躍し竜巻の壁へと到達したと同時に





「はっ!」


握りしめた拳を、思い切り強く叩き付けていた





厚い暴風の壁もその拳の拳圧と衝撃に耐えきれず崩れ


一拍置いて爆発にも似た轟音を響かせて竜巻が掻き消える


…そうして拳で暴風を退けるコトに成功した
三津子は華麗な着地をするのだが


風を孕み膨らんだスカートは何故かめくれ上がる事無くしぼみ





「マジかよ…」


一部始終を眺めていた雨野は、予想だにしなかった
三津子の一面にただただ度肝を抜かれていた





ちなみに当の本人は 至って平然とした顔で微笑を一つ





「メイドでしたらこれぐらいの事はできませんと」


「いや、それ多分アンタだけじゃねぇのか?出来るの」







彼女の活躍により、一旦は退いた竜巻だったが


未だに脅威として近くに残っている以上
再び屋敷へ牙を剥く可能性は依然として消えていない





故に 一般の者達だけでなく組員までもが屋敷に
退避し怯えている現状で


雨野は一人 屋敷の門に仁王立ちして構えていた





「ここには凪、それに世話になった奴等がいる
傷つけるつもりならやってみやがれ!





三津子の散らした暴風の残滓か 辺りではやたらと
強い風が吹き荒れて屋敷の庭の木々を揺らす





その光景と仁王立ちする雨野の姿は


周囲の住人やたまさか通りかかる通行人さえも
避けて通る程の迫力を醸し出していた





そこへ ツナギ姿の初老男が器具を片手に現れる





「やあ、いつもの時計修理に呼ばれたんだけどいいかい?」


「こんな日にまで仕事か あんたも大変だな」


「懐も寂しいし、体動かしてる方が落ち着くからね」





強面の用心棒に臆することなく 時計屋は笑顔で続ける





「それに オヤジさんとこにも色々世話になってるし」


「そんなもんか」





言いつつ雨野も、自身も守には世話になっているな
と改めてしみじみと呟き


"時計修理"の一言で思い出したようにポケットを探る





「あ〜それと時計修理なんだが 俺のも頼まれてくれねえか

腕時計したままで変化解いちまって腕輪のとこが
ぶっ壊れちまってよ」


「道理で妙な壊れ方すると思ったら、変化系だったのか…」





ため息交じりにシズルは、今まで引き受けた
雨野の破損物を記憶から掘り起こして納得した顔をしている





「時計部分は壊れてないし何とかなるだろ?」


「構わないよ、どうせ中に入ったら
他の奴等からも頼まれるし 安くしとく」





壊れた時計をシズルが受け取ったのを見た直後

雨野の中で 不意に凪の顔が浮かんで消え


そこで、もうすぐ凪が誕生日を迎える事も思い出した





「ありがとな それと今度行く時
女の子に似合いそうな時計を仕入れといてくれねえか」


ほうほう若いねぇ で、美人さんの特徴は?」


「そうだな…今度10歳になる紫色の長髪で
黒い服が似合う子だ まぁちと生意気だがな





ニヤッとどこかいたずらっぽく笑う雨野の様子に





「そりゃ将来有望だな、ウチの時計に
興味持ってもらえるようなヤツを見繕ってみるよ」



話題に出た相手との間柄を察し、釣られたようにシズルも笑う







と 足音を響かせて門前まで近づいた守が
立ち話に興じる二人へと呼びかける





「遅いと思ったら、こんなところで話し込んでたのか」


ああ わりいおやっさん ちっとオレが引き止めちまった
それじゃ仕事頑張んなよシズルさん」


「ありがとよ」





ぺこりと頭を下げて雨野の側を通り過ぎ





「待たせたなオヤジさん」


腕組みをした渋い顔の守と共に シズルは屋敷へと向かう





「時計屋、雨野と何話してやがったんだ?」


「美人さんの話だよ、オヤジさんも知ってる子かもね」


三津子…じゃねぇな 雨野ならか?
それにしても仕事より女の話に食いつくたぁお前も男だな」





愉快そうに口角を上げた守に視線を向けられ
シズルは若干たじろいだ





「からかわないでくれよオヤジさん
僕はオヤジさんや海斗君と違って普通の男なんだから」


「なぁに言ってんだ、竜巻だろうが仕事しに来る
いい根性持ってんじゃあねぇか」






守ほどの男に力強くそう言い切られると


例え人使いが荒かろうが そう悪い気がしないシズルであった









門を護る雨野の決意から放たれたその力は無意識だったが
竜巻の勢いを削がれ続けた精霊を怯ませるには十分で


それを好機と見た三津子が運勢を操作して


シズルの時計店へ直撃するハズだった竜巻は

店のある通りの一つ向こう側へと過ぎ去ってゆく





「そう簡単には 行きませんよ」





誰もが見惚れるような笑みを浮かべて三津子は
通り過ぎる竜巻を見送っているが





威力を弱めながらもいまだに脅威として
存在し続けている竜巻に、内心困ってもいた








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あとがき(解説やら雑談やら)


狐狗狸:流れに任せ、狂騒(きょうそう)フェイズ
脅威の行動含めて一気に詰め込みました


狂騒では 調査で脅威(きょうい/シナリオのボス)に関する
情報を調べたり、日常でお互いの"光"を稼いだり
防御で脅威の判定する値を上げて攻撃を防いだりします


PL→脅威の順で三回動き、脅威は誘いでPCの闇を増やすか
拠所の破壊でPCの拠所(回帰に必要)を使えなくしてきます


脅威の攻撃は対抗判定で防いだり軽減する事が出来ます


今回、情報は4つで時計屋と雨野さんが交互に調べ

メイドさん さんが双方と日常で2サイクル 最後に時計屋が
雨野さんと日常して二人が防御に回ってまして…


メイドさん さんは脅威の対抗演出で本当にパンチしてました




次回、お待ちかね(?)の決戦フェイズです


読んでいただきありがとうございました!