第一話 [拠所→異音] ―水比市(みなごろし) 急成長を遂げたベットタウンの一つでありながらも 少しばかり都心部を離れると、自然さながらの山野などが 色濃く残されている場所も多く見受けられ 海辺も近く観光シーズンになると それなりの賑わいを見せる一地方である そんな水比市に構えられた一軒の屋敷は 遥か昔に自警団として設立された一派"一井江組"が 代々受け継いできた歴史のある場所だ 屋敷の主たる一井江家が率いる一井江組は 血の気が多く不器用ながらも、昔気質の頭首たる "一井江 守"の人柄に惹かれた男達が集まり 長らく地域に愛されてきた 今時珍しいほどに真っ当めな商売を行う組織でもある 故にその信頼を崩さぬよう、日々のシノギに頭を痛めている …ちょうどこの日も 室内のデスクに座して書類を眺める 守と組員達の間で重い空気が漂っており 苛立った守の拳が デスクを強く叩いた 「おい、茶だ!茶を持ってこい!!」 歴史の長いこの屋敷に使えている使用人やメイドも 当然、何人かいるのだが 組員達の渋面と今の守の剣幕を恐れてか 中々入室できずにいる …そんな中 「はい、分かりました すぐお持ちします」 音もなく…影のようにするりと現れた一人のメイドが 恭しく一礼し、部屋をしずしずと出ていった 「お、気が利くヤツがいるじゃねぇか」 メイドの整った顔立ちとゆったりとした立ち振る舞いに 少し気を良くした守とは対照的に 部屋にいた他の組員達は、少し呆気に取られた顔をしている それもそのはずだ 彼らの記憶が正しければ あんなメイドは"いなかった"のだから しかしクラシックなメイドドレスに身を包んだ彼女は 色素の薄い長髪を少しもなびかせぬ足運びで盆を運び デスクへ適温の茶を入れた湯飲みを乗せる 「どうぞ、お茶でございます」 「悪いな…そういえば、見た事ねぇ顔だ おい、誰が連れてきた!!」 再びデスクを叩かれ、びくりと組員達が身を竦ませる中 答えたのは当の本人であるメイドで 「数日前に雇われました、主に他メイドの臨時の 教育係として参りました 三津子と申します」 以後お見知りおきを、とスカートの裾をつまんで 丁寧なお辞儀をしてみせた動きは どこか芝居がかっていながらも 人々を魅了する仕草であった 「そうだったか…?」 首を傾げながらも、口にした茶の味に満足し 「茶の入れ方もうめぇな よし、他のメイドの教育頼んだぞ 三津子」 「はい、お任せください 精一杯やらせていただきます」 メイド…"三津子"は赤縁眼鏡の奥にある瞳を ニッコリと笑みの形にして答えた 新たなメイドが一人増えたのを境に 一井江家のメイドの質が向上し、商売が不思議と とんとん拍子に上手く行くようになった そんな忙しくも好ましい数日が過ぎ 一人の男"雨野 海斗"が傍らの少女と共に一井江屋敷の門を潜る 服装こそシャツにズボンといった簡素かつ普通のものだが しっかりとした筋肉のついた大柄な体形と 短く刈り込んだ水色の髪に強面のその男は 明らかに守の関係者にしか見えず 実際、よからぬ事をしていた不良を倒した縁で拾われて 組の用心棒になった経緯を持っている 「おやっさん、遊びに来たぜ 凪の奴が行きたいって言ってたんでな」 「おう 雨野、連れて来たのか」 隣に並ぶ 紫色の髪をツインテールにした黒服の少女を 見下ろして、守はその頭をぐしぐしと撫でた 「久しぶりだなガキンチョ」 「組長 いたい、もっとやさしく」 嫌そうに顔をしかめながらも満更でない少女…凪の様子に 楽しそうな笑い声がかぶさる 「旦那様 ジュースとお菓子でもご用意いたしましょうか?」 と 気配を悟らせる事無く現れた赤縁眼鏡のメイドに 雨野と凪はぎょっとした顔をするが 守は特に驚く事もなく笑顔で答える 「おう、頼む三津子…で何がいい?ガキンチョ」 「オレンジジュースがいい」 「だそうだぜ、えっと初めて見る顔だが新しいメイドか?」 「おう 他のメイドの教育係をやってもらってる 誰が雇ったかは知らねぇが使えるメイドだ」 「三津子と申します 以後お見知りおきを」 「お、おう よろしく頼む」 彼女に対して抱く"違和感"を自前の勘で察知しながらも 特に害意があるようにも見えず、推測の域を出ない "同類"の直感を胸中に仕舞い込んで雨野は続ける 「誰に似たんだが生意気な奴だが凪の事もよろしくな ここにはむさい奴が多いから」 むっとした顔をする凪へ微笑みかけながら 三津子はぺこりと頭を下げた 「雨野 お前も一杯やっていけ」 言いつつ守が奥の方を指差したので 「なら、遠慮なくいただくとするか」 ニッと口角を吊り上げ、雨野も屋敷へ入っていく 三人に続いて歩を進めたのだった 一井江組の管轄は広く、管轄内での付き合いも 堅気であるなしに関わらず行われ続けている 住宅街の片隅に建てられた一件の時計屋もその一つだが 「おーよくきてくれた、こっちだこっち」 「センセイ、機械なら何でも直せるってわけじゃ ないんだから一々呼ばんでくれよ」 店の主であるツナギの初老男"シズル=レンディ"は 顔馴染みである近所の内科医"伊藤 学"に呼ばれて 家電の修理に駆り出された所であった 「あんな細かい物を直せるんだから 大丈夫だろう」 「いや時計相手じゃ勝手が違うって」 呆れた顔をしながらも、シズルは学の手から 差し出されたペンライトを受け取り作業を始める しばしの間 黙々と修理を進める彼の手先と 白髪が混じった亜麻色の後頭部を眺めていた学は 「あれからもう、30年くらいか」 そう言いながら 白衣の内ポケットから煙草を取り出す 「すまなかったな 助けてやれなくて」 「構わないよ、むしろ感謝してる …センセイのおかげでアイツは笑って逝けたから」 「…ところで、新しくいい人は作らないのか?」 見向きもしなかったシズルが、微笑と共にちらりと 鳶色の瞳だけを学へ向けて答えた 「美人はいるけど、アイツほど笑顔が似合う相手が 僕には見つけられなくてね」 途端に 火のついた煙草を噛んで学が嫌な顔をする 「おいおい、まさかお前…俺に惚れてんじゃねぇよな」 「やめてくれよ!僕にその気は無いからな!?」 「冗談だよ、冗談」 ギョッとした顔で勢いよく振り向いた相手の様子に 学は大爆笑を持って返した 「全く心臓に悪い…あの一井江屋敷に 初めて来た時以来だ、こんな冷汗」 「おう、あの爺か あいつは人使いが荒くてなぁ 俺は内科医だから怪我は治せねぇって言ってんのに」 「分かる、周りの若い衆も血の気が多いわモノの扱いが雑だわで ついでに色々頼まれるんだよな」 「そうそう、そうなんだよ」 最も、修理を頼む頻度の高さは目の前にいる内科医とて 負けてはいなかったりするが そこは今更なので二人は話題にしない 「そういや知ってるか? あの屋敷に最近新しいメイドが入ったってよぉ」 「ああ知ってる、あの髪が長くてメガネの美人さんだろ?」 時計修理の際に見た三津子の姿を思い出しながら 時計屋もまた、彼との話に打ち興じていたのだった ―――――――――――――――――――――― 光があれば そこに必ず闇もあるように 平和なように見える世界でも、何かのきっかけで 簡単にその平和が崩される事は珍しくない 特にこの"水比市"では そういった、誰にも語られる事のない荒唐無稽で 不可思議な事象が無数に存在し …それに挑んだモノ達も、同じ数だけ存在する 屋敷の食料を買いに商店街へ繰り出していた三津子も その例外に漏れることは無く 殊更に強い風が吹き、それと共に飛ばされた 一枚の巨大な看板として襲いかかった だが彼女にとってその速度はあまりにも遅く 軽やかに身を翻すだけで 呆気なく看板は通り過ぎ 地面を何度かバウンドしてまた空中へと巻き上げられていった 「いったい 何だったのでしょうか?!」 吹き付ける向かい風の中 原因を探し辺りを見回すと 遠くに巨大な竜巻が吹き荒れているのが目に留まった 「確認しときませんとね」 周囲の悲鳴を気に留める事もなく、三津子は買い物袋 片手に竜巻へと向かっていく 市に突如として出現した竜巻の被害 学との談話と頼まれていた機械の修理を終えて 店へと戻ってきたシズルも その例外に漏れることは無く 殊更に強い風が吹き、それと共に飛ばされた いくつかの屋根瓦が時計店へと迫っていた 「なっ…!?」 ギョッと目を見開きながらもシズルは 右腕を平たい両刃へ一瞬だけ変え、叩き落とす要領で 瓦を斬りつけて粉々に叩き割る 吹き付ける向かい風の中 原因を探し辺りを見回すと 遠くに巨大な竜巻が吹き荒れているのが目に留まった 「竜巻!?ここ日本だぞ、店のローンまだ残って …いや、まず原因が先か!」 ガタガタと周囲の窓ガラスを震わせる強風にも 怯まずシズルは竜巻へと向かっていく 竜巻は強さを増し、あらゆるものを区別なく さらい 引き剥がし空へ巻き上げていく 一井江屋敷を出て、今日の夕食をどうするか 凪と話し合いながら並んで歩く雨野も その例外に漏れることは無く 殊更に強い風が吹き、それと共に飛ばされたのは 隣で歩いていた凪だった とっさの事に面食らいながらも 数秒も待たず飛ばされゆく凪に追いついた雨野は 地を蹴って飛び、凪の身体をしっかりと抱きかかえる そうして人がいないことを確認した彼は 一瞬だけ"本来の姿"へ戻り その重みで地上へと着地する 「なんだ、さっきの暴風 いくらまだ子供の凪とはいっても異常すぎる」 吹き付ける向かい風の中 原因を探し辺りを見回すと 遠くに巨大な竜巻が吹き荒れているのが目に留まった 「あの竜巻が原因か 凪、悪いがちょっと用事が出来た おやっさんのとこで大人しくしててくれるか」 先程の異常事態のせいか、普段は強気な少女の瞳は とても不安げに揺れている 「わかった…海斗ちゃんと戻ってくる?」 「まぁ大した用事じゃない すぐに終わらせてくる」 力強い言葉に少し安心したのか 一つ頷いた凪は、いつもの様な口調を取り戻す 「わかった大人しくしてる その間組長に遊んでもらう 海斗が買ってくれないゲームとかやってるから」 「たく、お前はこんな時でも生意気だよな はいはい、そうしてくれると俺も安心だよ」 屋敷へ取って返して凪を預けてから、雨野は 足早に竜巻へと向かっていく …こうして巨大な竜巻の元へ 特異な三人が集まった 「君らも来てたのか、怪我とかは無いかい?メイドさん」 「ええ 今のところは大丈夫ですよ」 ごうごうと風が唸り 街路樹や車などが飛び回る 光景の前で和やかに返すメイドを見つけた雨野は あの時抱いた自らの直感が正しかった事を理解した 「俺は問題ない というかメイドさん あんたも常人じゃあなかったんだな」 「何のことでしょう」 「それはお互い様だろう?というかこんなデカい竜巻 アメリカ以来だなぁ」 空々しい三津子の返事へシズルが慣れたような態度で続け 三人が飛び来たコンクリートの塊を避けつつ 限界まで竜巻へ近づき、目を凝らすと 「アレが、あの子がこの竜巻の原因…?」 「さぁ俺にはそこまでは分かんねぇが あの竜巻に 飛ばされてないってとこを見るとそうなんだろうよ」 竜巻の中心には一人の幼い少女が しゃがみこんだまま、泣きながら何か叫んでいた 「だよなあ、それとあの子… 泣いてるように見えるんだが、僕だけか?」 「いや、俺にもそう見える」 もしや自らの力が暴走しているのか?と雨野が呟く でなければ余計に止めさせなければいけないのだが 荒れ狂う風が強すぎて、声も腕もロクに届かない 「とにかく 何とかしてお話してみないと いけませんね」 何て事無く言い放ち、動こうとする三津子に 多少戸惑いを覚えながらも 「…まあ、吹き飛ばされても死にはしないか」 続いてシズルも少女へ向かい一歩踏み出し 「どうにかして、あの竜巻を抑えないとだが …とりあえずやってみるか」 人としての変化を解いた雨野が彼らの歩みを支援すべく 少女に当たらぬよう、爪で斬撃を放ち風の勢いを削ぐ しかし それを阻むように一層強い風が 向かい風となって三人へ吹き付け 「待ってくれ!君は…」 追い縋ろうとするシズルの声もむなしく 次の瞬間 少女は風と共に姿を消していた 「消えた…?」 「なんだったのでしょう」 遠くのざわめきに反応して人の姿へ変わった雨野と 竜巻と少女の姿を探し 辺りを見回す三津子へ 「昔、似たような子の事件に巻き込まれた事がある」 深刻な面持ちをしたシズルが、言葉を切り出す 「自らの力を持て余し、制御できずに死んでしまった …あのままだと彼女もそう遠くない内に」 二人の顔色がさっと変わる 脳裏に浮かぶのは… 竜巻の中で泣き叫んでいた少女の変わり果てた姿だ 「むろん周囲の被害だってデカかった… 僕はもうあの過ちを繰り返したくはない」 僅かな沈黙を置いて 二人は答える 「まあ 放っておくわけにも 行きませんか」 「…ガキの頃のオレと似たようなもんか なら助けないわけにはいかねえな」 頭を掻く雨野と微笑む三津子の返事に シズルはほっとしたような面持ちで笑う 「頼む、味方は多い方が心強い 美人がいるならなおさらね」 連絡先として、互いの携帯番号だけを交換して 三人は 竜巻と少女の問題を解決すべく動き出した ―――――――――――――――――――――― あとがき(解説やら雑談やら) 狐狗狸:今回は拠所(よりどころ)フェイズと 異音(いおん)フェイズの流れまでを描写しております 詳しい解説は、煙草屋様のサイト内にあるPTF版のルールブック または某動画でのギャップおじさんTRPGリプレイ動画で説明されていますが ざっくりいうと 拠所=PCの日常を演出するシーン 異音=シナリオの導入をするシーン、です そしてPC三人の出自を簡単に説明しますと メイドさん さん=人外 雨野さん=人外 シズル=改造人間 となってます …設定は後々 描写予定 次回はいよいよ本格的にシナリオがスタートします 読んでいただきありがとうございました! |