あなたは僕に夢をかなえる術をくださりました
かけがえの無い仲間と、たくさんの術の知識
そして大変ではあったけれど楽しい経験を
僕にさせてくださりました
それは今の僕にとっては大切な思い出であり
同時に糧と、返しきれないほどの大恩として
心に深く刻まれています
…けれども 一緒にあなたの笑顔が
刻み付けたあのかすかな痛みも
未だに忘れられず心の片隅でふくらむ一方です
教えてください…この痛みの正体は何ですか?
どうしたら僕は、どこか後ろめたくもある
この気持ちを忘れることが出来ますか?
お願いです…教えてください……
〜No'n Future A 「silent killer」〜
「ルーデメラさん」
僕が呼ぶと、彼は両手に薬ビンを握ったままで
くるりとこちらへふり返る
「どうかしたのかな?天使君」
「あの…このような貴重な蔵書をお貸しいただき
本当にありがとうございました!」
言って僕は お借りした巻物を両手で差し出す
コレはここからそう遠くない町の魔導師協会に
立ち寄られた際に手に入れた物らしく
僧侶系の術で向きがいいから、と
ワザワザ僕に貸してくださったのだ
巻物を受け取りつつ ルーデメラさんは
やわらかな微笑みをこちらへ向ける
「いえいえ、理論は覚えられた?」
「はいっ 少しムズかしかったですけれど
とても詳しく記されていたので何とか…」
「そう言ってもらえると貸した甲斐があるよ
じゃー早速一つ実践してみてくれる?」
笑顔のまま 彼にさらりと告げられて
僕は思わず問い返す
「え…あの、実践ですか?」
「そう やっぱり一回は試行してみなきゃ
より記載された術の効果も実感出来るしね」
確かにそれは、おっしゃる通りなのだけれども
他の方々はそれぞれの用向きで野営をはった
この場所から離れているので
ここには僕とルーデメラさんしかいない
巻物に記されていたのは"対象に影響を及ぼす"術
まさか貸してくださったこの人にそれを
行うわけにもいかないし
かといって、身近の動物でためすには
少し良心が咎めてしまう…第一動く生き物に
きちんと術があてられるか不安でもある
「仕方ないなぁ…じゃ、天使君の成長の為に
実験体としてモ゛ライムを呼んであげよう」
「いえっ、そ、そんな僕なんかの為に
お気づかいなさらないでください!」
ビンを置いて召喚術を行おうとしていた
ルーデメラさんの様子に、僕は慌ててしまう
知識を与えてくださるだけでも十分ありがたく
恐れ多いと言うのに
これ以上、お手をわずらわせるのは…!
「いーのいーのヒマだし…あ」
地面に陣を描こうとしていた動きが止まり
つられて僕も顔を向ければ、向こうから
石榴さんが戻ってくるのが見えた
「ちょーどお誂え向きの相手が…
クリスく〜ん、ちょっとちょっと!」
「あん?何だよルデ」
眉をひそめる石榴さんを呼びつける
その声は とても楽しそうでありながら
どこか怖いものを秘めてもいました
ホラ今だよ、と語りかけるように
真っ直ぐにむけられた蒼い眼差しに
ドキリと胸が高鳴った
…僕は この人に逆らえない
「石榴さん…ごめんなさいっ」
「え?な、何だよシュド…」
一度頭を下げ、戸惑う石榴さんを見据えながら
素早く覚えた呪文を唱えて―
「フィクスホルダル!」
向けた両方の手の平から いくつもの
淡い光の粒子が雨みたいに降り注いで
「うわぁぁっ!」
その光を受け止めた石榴さんの動きが、止まった
…叫んだままの顔で少し身を引いたような状態で
文字通りその場で"固まって"しまっている
「うん、どうやら理論は頭に入ってるみたいだね
いやーよかったよかった」
「本当にごめんなさい石榴さん!
すぐ術を解き「待ちなよ」
駆け寄ろうとして、ルーデメラさんに肩をつかまれる
「どーせだから効果時間もついでに
図っておこうよ、参考に」
「え…でもそれだと石榴さんはずっと
あのまま硬直したままに…」
「いーんだよ、クリス君ガマン強いし
少し大人しくしてた方が当人の為だって」
ね、いーよね?と固まったままの石榴さんへ
楽しげに話しかけるルーデメラさんを見て
ちょっとだけ…胸が苦しくなる
「じゃ、観察がてらお茶でも飲みつつ
お菓子でもつまもっか 用意お願いね?」
「あっはい!かしこまりました!」
僕はハッと我に帰ると、石榴さんにもう一度
頭を下げてからお茶とお菓子の準備をする
…石榴さんも元に戻られるだろうし、後の
方々もお戻りになられるでしょうから
コップと お茶とお菓子の分量はその人数分
だけど注ぐのは、二人分
運んできたコップを白く長い指がつかむたび
或いは並べたお菓子が形のよい唇へと
運ばれていくたびに
息さえ止めて、その様子を見つめてしまう
「……うん やっぱり天使君のお茶と
お菓子は絶品だね!」
零れんばかりの笑みを向けられて
「あ…ありがとうございます…!」
僕の心は嬉しさと、言いようのない熱で満たされる
「いー加減そのままなら君の分ももらうから
いいよね〜クリス君?」
笑いながら石榴さんへそうおっしゃった途端
「…っざけんなぁぁぁ!!」
前触れ無く動き出した石榴さんがルーデメラさんの
襟首をつかんで怒鳴り出した
「ちぇ残念、もーちょっと硬直してればいいのに
ねぇ天使君もう一回あの術かけない?」
「笑顔で何頼んでやがんだこの野郎!」
当然だけれど やっぱりものすごく怒っている…
しっかりあやまんなくちゃ!
「ごっごめんなさい石榴さん!いきなり術を
かけてしまって本当に申し訳ありませんでした!」
「いやシュドは悪くねーよ、悪ぃのは予告ナシで
人を実験台に差し向けたコイツだ」
「別にいいでしょ?頑丈な所が君の取り得だし」
「好きでタフになったんじゃねーっつの!」
そうして普段通りの口ゲンカを始めるお二人を
ボンヤリと眺めているうちに
また…胸が苦しくなってしまう
ああ、もう一度こちらを見て欲しい
その楽しそうな笑みを他の誰でもない
僕にだけ 見せていて欲しいだなんて
…何て罪深いことを考えてしまうのだろう
浮かんだ想いを心の隅へと追いやって
「二人とも、やめてください!」
激しさを増す争いを止めるべく僕は
いつものように 合間に入る
……ああ、あなたが高名な魔術導師なのなら
僕のこの罪深く後ろめたい痛みの正体を
そして それを忘れ去る術(すべ)を
教えてはくださりませんか?
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:また片思い話だけど、こっちは悲恋
(つか切恋)系ですのであしからず
ルデ:誰に説明してるんだか…(呆)
狐狗狸:いーんです、ついでに蛇足るとシュドの魔法
回復と防御以外の補助系魔法(の理論)はルデが教え
(石榴やモ゛ライムに)実践させてました
シュド:おかげで色々な呪文が使えるようになり
感謝してます…石榴さんや召喚獣には申し訳ないですが
ルデ:いいんだよ 君の役に立てて彼らも本望だし
石榴:間違っちゃいねぇがテメェは黙れ(怒)
過去の話なのか現在から続く感じかは
まぁ…お好きにご想像くだされ(投げんな)
読者様 読んでいただいてありがとうございました!