少し前を行く、小さな金色の三つ編み姿





大きな鎧の隣を歩く 赤いコートの少年は
間違う事無く彼だろう







見慣れた愛しい相手に、声をかける







「よ、鋼の」


「あ 大佐、こんにちは」





呼ばれてすぐさま振り返り、礼儀正しく
挨拶をする弟のアルフォンス君







それより遅くこちらを向いた兄は、


相変わらず不機嫌そうな表情をしていた





けれど いつもならすぐさま飛んでくるはずの
文句が一言も発せられない







「こんにちは…どうした鋼の?
返事が無いなんてつれないじゃないか」







からかい混じりにそう言いつつ近づくが





彼は眉間のしわを深めているだけ







無視をするとはいい度胸だな 鋼の」







答えたのは、鋼のではなく 弟君だった







「あ、大佐 いま兄さんに話しかけても
答えられませんよ」


「…どういうことだね?」








〜relative lover〜








アルフォンス君は鎧の頬の辺りを指で
掻くような仕草をしながら







「実は…キチンと歯磨きしてなかったせいで
虫歯になっちゃいまして」





鋼のは、"余計なことを"と言いたげな視線を
彼に向けている







「歯を抜いてしまったのか?」


「いえ、大事に至る前に治療したから
抜歯までは行かなかったんですよ」





手をパタパタさせながら、弟君は続ける





「けど局所麻酔をして神経を少し削ったから
半日は何も口に出来ないし、しゃべれなくって





…声に滲む苦笑は、その時の様子が
どうだったかを如実に物語っていた







「ああ、それでいつもの文句がこないのか」





喉の奥で笑うと、鋼のがこちらに殴りかかる





「に、兄さん!やめなよっ!!


「全く…しゃべれずとも凶暴な所は
代わりが無いんだな」





弟にあっさりと取り押さえられながらも
暴れたままの彼を見つめて


やれやれとため息をついた所に







通りかかった中尉が こちらにやって来た







「あら、エドワード君にアルフォンス君
丁度いい所に」


「あ 中尉、こんにちは」





大人しくなった鋼のを開放し、


二人は中尉にペコリとおじぎをする





「エドワード君 声、どうかしたの?」


「実は…」





口ごもるアルフォンス君に代わり、私が
掻い摘んで答えてやる





ワケあって しゃべれないそうだ」


「そうですか」





それ以上は追求せず、早速中尉は
用件を口にする





「倉庫内の整理で人手が足りないから
手伝って欲しいんだけど、いいかしら?」


「僕はいいんですけど 兄さんが…」







ちらりと向けられる視線に、任せろ
言わんばかりに胸を叩いて返す鋼の









しかし、局所とは言え麻酔のかかった身体
仕事をするのは余りよろしくない気がする







普段の旅でさえ良く無茶をするからな…









己の行動を考えて、行動に移すまで
さしたる時間はかからなかった







「鋼のは、私の仕事を手伝ってもらうから
一緒に来るように」





予想通り、嫌そうな顔をする鋼の





「大佐 まだ仕事を片付けて
いなかったのですか?」


「ああ、急な用事があってね」







彼女は 気付いていて、敢えて
余計なことは何も言わなかった







「…あんまりエドワード君に負担を
かけないで下さいね」





それだけを告げ、少し先を歩き
アルフォンス君を案内する







「兄さん、終わったら後で行くからね
大佐 兄さんの事、よろしくお願いしますね」


「ああ、もちろんだとも」





爽やかな笑みでその場を立ち去る彼にそう返し







残された鋼のを、自分の机が置かれた
執務室へと引きずっていった













「…君と一緒にいて 静かなのは初めてだな」





ふっと笑うと、金色の目がこちらを睨む







何か言おうと口を開くが 顔をしかめ、
彼はその口を再び閉じる







「何か言いたいことがあるのなら、これに
書くといいだろう」







言って、私は近くにあった紙の束を差し出す





彼はそれをひったくるように受け取ると
持っていたペンで何かを書く







そこには 走り書きのクセ字で





"うるせぇよ"





と、書きなぐってあった







「筆談でくらい素直になったらどうなんだ 鋼の」


"うるせぇよ、それよりさっさと仕事を片付けるぞ"


「そうしたい所だが…実は、歓談くらいしか
することがないのだよ」







告げると 目の前の少年は目を見開いた





"だましたのか"


「人聞きの悪い、君の身体を気遣ったのに」


"余計なお世話だ クソ大佐"


「君が用事でここを訪れると聞いたから
仕事抜きで語りたいと思って片付けたんだが…」







あれだけの書類を 全て消化するのは
かなり大変だったが


君に会えるためなら、と 頑張ったのに





「私の努力は、無駄に終わったようだ」







呟いたその途端、彼は少し俯いて
紙にこう書いてよこした







"…ごめん"


「謝ることは無いさ…しかし、早く
君の声が聞けるといいのにな」


"オレも、早く自分の口でしゃべりたい"







自分の声だけが響く空間も、これほど
素直に気持ちを表す鋼のも


初めての事だからか、中々新鮮だ





二人きりの時でさえ 彼は
自分の気持ちを素直に現さない







だが、今ならば もしかして…









「……鋼の、好きだ」





真っ直ぐに彼を見据えて告げてみると







"オレも アンタの事が好きだ"







思惑通り、素直な気持ちを渡してくれた









「おや、初めと比べてずいぶん素直に
なれたじゃないか 鋼の」


"バカ"







紙の中でも変わらない暴言に
君の声を聞いたような気がして





私は 小さなその身体を抱きしめる







「どんな姿であれ、私は君が大好きだよ」







返事は無かった





けれど、腕の中で
彼が小さく頷いたのがわかった













言葉と紙とで会話を交わしたその時間は





弟君のお迎えで、終わりを告げる







「次は君の元気な罵詈雑言に会えることを
楽しみにしているよ 鋼の」







キッと鋭い目つきをする彼に、私は
ニヤリと笑って手を振った









彼らが去った執務室の自分の机には





素直な彼の"声"が残っている








――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:このネタの発端は、"エドって虫歯
ならんのかなー"という思考からです


大佐:筆談ネタは某所でよく似たの
見かけたぞ、怒られはしないか?


狐狗狸:…うん、書いてて自分でも影響を
受けすぎたと思ってますゴメンナサイ


アル:僕がいっつも蚊帳の外orお邪魔虫って
嫌がらせですか?(泣)


狐狗狸:ゴメンねアルフォンス君


大佐:君には本編の活躍があるから
いいじゃないか


狐狗狸:…その笑顔といい職権乱用で
エド甘やかす辺りといい、大佐って


大佐:何かね?


狐狗狸:ナンデモアリマセン


アル:Σ何でカタコト!?




虫歯&局所麻酔の辺りについては
余り詳しくは分かりませんでした


…ので、結構あやふやな所が多いです
(詳しい方がいたらスイマセン)


読者様 読んでいただきありがとうございました!