時代と科学の進歩により、それまで広まっていた
嗜好品に規制がかかるのは日常茶飯事


なれど 規律を守りながらもその嗜好品を
愛する者達にとっては

ともすればその規制は死活問題となりうる





……要するに何が言いたいかというと





「そいじゃー今日から再び禁煙令が敷かれるんで
まぁ頑張ってくだせぇ 土方さん





世論や周囲の状況をまたもや上手く
味方につけた沖田の提案により


愛煙家の彼にとっての地獄の日々


再び始まりを告げたのであった







「くっそ、総悟の野郎ぉぉ…!」





ギリと強く歯噛みしても、こればかりは
全員の決定もある手前覆せず


さりとてヘビー通り越して名実共に
チェーンスモーカーと言って過言でない土方には

一日の禁煙とてマトモに成立できた例がない











「ニセモンだってそう悪いもんでもない」











「つっても、またハメック星に行くのは
コリゴリだしなぁ…はぁ……」





前回の一件を思い出し眉をしかめて

ため息をついた彼の背を見つめながら


近藤もまた、以前の状況を思い出していた





「…いくら皆で決めたとはいえ、好きなモンが
味わえないとなると辛いだろうな」





真撰組を設立する前からの付き合いですら

"煙草を吸わぬ姿"の方が珍しい程だった男である


むしろ副長として 己の隣で仕事をこなすように
なってからは益々喫煙量が増えた位だ





「確かに煙草はよくないが…しかしアレじゃ
トシが気の毒だな…」





愛煙家の常として周囲から眉をひそめられても


土方とて、それなりにはルールを遵法しつつ
喫煙を行っていたのだ





……それが長い期間一切禁止となると


彼の精神不安定&挙動不審っぷりは正直
今度こそ仕事所じゃ無くなるのではないだろうか





「せめて吸えないにしても 何か気でも
紛らわせられるモンでもあればなー…」








元来、苦しんでいる相手には親身になって
悩むのが近藤という男の性質であり


ソレが思い入れの深い人物であれば

余計に"力になってやりたい"と無い知恵を
絞って考えつくすワケで





局長〜さっきっから
唸ってばっかいないで仕事してくださいよ」





肝心の巡回中ですらそんな様子の彼に

半ば呆れ気味に隊士が声をかける





「ん?ああ、すまんすま…」


我に返り 謝った近藤の目に


店の前の"ある商品"が止まった





「どうかしましたか?」


「な、なぁ アレって…」





当初きょとんとしていたが、指差す方を見て
隊士は納得したように事も無げに言う





「最近開発された機械らしいですよ?
何でも煙も吐けて本物に近いシロモノだとか」





機械もここまで来たんですね、なんて
呟く彼の声が果して聞こえていたかどうか


近藤の背後には正にベタフラが舞い降りていた









「……で、こいつぁ何なんだよ近藤さん」


「あ、トシ知らないの?これ電子煙草っつって」


いやそれぐらい知ってるわ じゃなくて
何でこれをオレに寄越したかって聞いてんだ」







あくる日の屯所廊下にて、やつれながらも
訝しげな顔で渡された品と当人を見やる土方に


いとも晴れやかな曇りの無い笑みで彼は答える





「いやーだって禁煙令でトシ煙草吸えないじゃん
だから代わりになればいいかなーって

コレだったら本物じゃねぇから大丈夫だと思うし!





"そんな事だろうと思った"と心の中で呟き

土方は開いた片手で額を抑えて溜息をつく





…実を言えば、それ位の事は当人もとっくに考え付き

色々リサーチした上で本体を購入する所までは
たどり着いてはいたのだが


決して安いとは言えない本体価格


面倒極まりない組み立ての手順や長時間の充電が
必要になる為、もう一つ本体がないと持たない点


肝心の味も好みの銘柄を名乗るのが
腹立たしいほどに似ても似つかぬシロモノ





何よりも吸って吐く煙…否 水蒸気には

一ミリたりともニコチンが無い事に


重度喫煙者の彼にはどうしても物足りなかった





(所詮、紛いモンは紛いモンか…)





苦々しい想いを抱きつつ自室でひとりごちた
土方は、手の上の機械の味も威力も知っていた







…だがそれが割りといい値段だった事も


微妙に笑顔へ不安が混じり始めた相手が
自腹を切り 善意で贈ろうとしている事も

同じぐらいありありと理解していた







フゥ…と重たい息を一つ吐くと


彼はうっすら唇を釣り上げて、こう言った





「そうかよ…じゃコレありがたく貰っとく」


「おおっそうか!オレにはこれ位しか
出来んけど、禁煙乗り切れよトシ!!」








安心したような近藤の笑顔が励みになってか


少々ばかり手間は増えたが、電子煙草による
土方の禁煙生活は長続きしていた





充電切れはやや激しいものの 二本もあれば
吸うものが無く口寂しい事態も起こらず


逆に長く吸っているうちに

案外カートリッジが長持ちする事も分かり


物足りなく似つかぬ味だった水蒸気も
徐々に舌へと馴染んできて


(慣れりゃ…これはこれでアリか)

などと思い始めても来ていた


そうなると始めは注意を受けこそすれ

今では隊士達の前でも堂々と吸えて気も楽だった





…但し、沖田は分かってて水鉄砲で機械を
ぶっ壊そうと襲ってくるから注意が必要だが









廊下で白い煙を燻らせていると

角を曲がった近藤が彼の姿を目に止め、笑う





おっ!どうやら気に入ってくれてるみたいだな」


「って、本体見ただけじゃアンタがくれたヤツか
分かるわけねーだろ」


「分かるって〜だってレジ直前まで悩んで
買ったヤツだもんそれ!」


「どんだけ店員に迷惑かけたんだよアンタは…」





などと軽口を言うも、己の事を思って故の
行為についつい口元が緩んでしまう





「だって好きなモン相手に贈るなら、美味しく
吸って欲しいって思うだろ?」


「……近藤さんらしいな」


「あ 今トシちょっと赤くなった?照れたか?


「調子にのんな腐れゴリラ」





歩み寄り、からかう様に顔を覗く近藤へ
軽めのチョップをお見舞いする土方





イダっ照れなくてもいーじゃねーかよ〜」


「うるせぇよ…まあアンタの贈りモンのお陰で
随分助かっちゃいるんだがよ」


「何だ?何か問題でもあったか?」





小首を傾げて訊ねる彼へ、土方は小さく頷き


「まー、コイツが使えねぇのが
一番の問題ってトコか」





隊服のポケットから手の平サイズの
マヨネーズ型ライターを取り出して見せる





「あー…それお前のお気に入りだっけな」







電子煙草は仕込まれた機械のランプが
中身の液体を水蒸気に変える"火"の代わりだ


点火も消火も必要が無い為

愛用のライターもここしばらくは出番が
無いままでポケットに入れっぱなしなのである





「…けどそれ、大事なモンなんだろ?
だったら禁煙令終わるまで大事にしまっとけよ」





肩を叩き 諭すように笑う近藤へ





「じゃあ近藤さん、アンタが責任持って
しばらく預かっててくれよ」



不敵な笑みを返しながら土方が肩に乗った
無骨な手を取り、ライターを握らせる







当然 彼は眼に見えて動揺しまくり





ええ゛っ!?いやいやいや、これトシの
大事なモンだから自分で持ってた方が!!」



慌てて返そうとするが、先程の
お返しとばかりにスルリとかわされ





大事だから預けんだよ…禁煙終わったら
絶対ぇ返せよ?」


イタズラっ子の瞳で煙を燻らせ土方は

横を擦り抜けて廊下から消える








普段の香に似た、ニオイの残滓を感じながら





「全く…しょうがないヤツだ





緩やかに呟き 近藤は口の端を上げた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:意識してるのか無意識なのか敢えて
そう!敢えてぼかしました近土です


土方:どーだか、テメェの場合大抵曖昧にしか
書いたためしがねぇじゃねぇか


狐狗狸:だってそれが通常営業だし…正直
雑食だからリバでもイケる口だし(大抵は)


近藤:ええと…よく分からんけど、煙草吸わんで
アレだけ話書けてスゲーなアンタ


狐狗狸:パイポならごく稀に吸いますから
あとは資料や某方の使用感想を参考にしてます


土方:万一そいつにバレたらどーすんだ?


狐狗狸:ジャンル外の方なので無いとは思います
…が、もしバレたら謝ります、ガチ土下座




煙草や眼鏡とかは、意識して書くのが大変な分
割とその辺の工夫が楽しいとか思います


読者様 読んでいただきありがとうございました!