手荷物を持って、日の暮れた廊下を歩いていて


渡り廊下の窓を透かして 空き教室から
出てくる二人の男を目にした





「近藤君と…坂田先生?」





人もほとんど少ない放課後、補習も既に
終わっている時間に何をしているのかと


訊ねるつもりで角を曲がりかけて







「何が悲しくてオメーの落としモンをワザワザ
探してやらなきゃなんないワケ?オレぁ」


「だから謝ったでしょ先生!それに
教師付き添いでないとここのカギ開かないし!」


だったら別のヤツに頼めってーの!
それこそ補習受け持ってた坂本とか!!」


「あの人大概校内で迷子になるじゃないですか
それに先生いっつもヒマでしょ?」


「ヒマじゃありませんージャンプ読んだりとか
これでも結構忙しいんですぅー」


「結局ヒマじゃん!!」





…聞こえた二人の会話に、納得して足を止める











「色の無い日とは無塩な甘さを」











にしても補習で一体何を忘れたんだか





彼のことだから ペンや消しゴムなどの
ありきたりのものから


携帯や自宅のカギ、更にはカバン丸々一つなど


おおよそ普通なら忘れないようなものまで
可能性として思い当たるのだが





「でも思い出せてよかったですよ、家まであと
数メートルってトコだったし」


「てゆうかお前さ、どーやったら筆箱から
自宅のカギからカバンから一切合切置き去りにして
気付かず家に帰ろうと出来るワケ?」





なるほど、全部


薄々…いや、常々思ってはいたけれども

近藤君は本物のバカなんじゃないだろうか





むしろそこまでやってるなら他の補習者や
肝心の教師が気付きそうなものだが





「坂本のバカはともかく、一緒に補習受けてた
連中は全く気付かなかったワケ?」


「あー…そういやオレの席の周りにいたの
桂君と河上君と高杉君とかだったんですけど」


それでか





よくよく思い返してみれば、3Zのクラスは
補習を受ける相手が多かったな





「そりゃ気付かないワケだ…って
え゛え゛え゛え゛え゛!?


「ど、どうしたんすか先生」


いや驚くわ!ヅラはともかく高杉のヤツも
補習受けてたってーのか!?」


「あ、それオレもビックリしました!」





なんでも、隣の桂君に事情を聞いたところ


流石に単位が危ないと危惧した河上君から
一緒に補習を受けるように誘われ


桂君もソレに協力し、渋々赴いた…らしい





「珍しいこともあるもんだ…オメーが前代未聞の
忘れモンしちまうのも分かる気がすらぁ」


でしょ!あと急がないとお妙さんの帰宅を
影ながら警護出来ないんでつい慌てて」


「原因主にそっちじゃねーかぁぁぁ!」





思い切りのいい右ストレートを顔面にくらって
近藤君はややよろけた





「何すんですか先生ぃぃ!痛いっすよ!!」


「お前いい加減にお妙のストーカーは止めろって
マジで捕まるか始末されるぞ、お妙に


そんな事無いっすよ!そりゃちょっとお妙さんは
シャイでアグレッシブですけど、アレは彼女なりの
愛情表現であってそれに全力に答えるのがオレの」


どんだけ頭お花畑なんだよ!その思考を
受験勉強に活かせ!オメーは!!」



「いーんですぅ、オレらには伊東先生っていう
心強い味方がいるんですからぁ!」





思わぬところで自分の話題が出て、ドキリとした





「人任せにしてんじゃねーよ つか今更だけど
同学年なのに何で"先生"なんだよ?」


「だってテストん時とか、オレらにも
分かりやすく要点教えてくれるし!将来絶対
いい先生になれそうだと思って!」





言う彼の顔つきは至って真剣だった







…そう、嫌々ながらも風紀委員の連中のために
勉強会を開いてやったりしているのも


恐ろしく飲み込みの悪い委員長に根気よく
付き合ってあげているのも


近藤君が、いつだって本音で僕に向き合うから







「……ふぅーん、だったら補習すっぽかして
伊東に勉強教えてもらっときゃいいじゃねぇか」


「いや、補習はあくまで補習なワケだし
そこまで伊東先生に頼りきるのはマズイでしょ」


「ゴリラにも一応それぐらいの常識はあんのな」





普段通りの軽口を叩く坂田先生だが


レンズの奥にある瞳がニコリともしていないのが
遠くからでも、よく見えた





「ま、今日は助かったっす!それじゃオレ
帰りますから さいなら!


「おい近藤、ちょっと手ぇ出せ」







立ち止まって、差し出された彼の手に


坂田先生は白衣のポケットから取り出した
キャラメルの箱から 中身を一つ転がり落とす





え!?コレくれるんすか先生!!」





ちょこんと納まる四角と、気だるげな担任とを
見比べながら近藤君は言う





「本当はすっげー嫌なんだけどな、世界の
甘いもんは等しくオレのモン確定なワケだし
お前の糖分はオレの糖分なワケだしぃ?」


けど、と一言置いて坂田先生は





「一応お前に先月甘いモンもらった借りがあるしぃ
お前みたいなバカが万一試験落ちたりとかして
留年されっとすげー面倒なワケだし、それに
甘いモンは脳みその働きをよくするって言うし」


「あれ、さり気にオレバカにされてない!?





グダグダと言葉を並べ立てて、ふわふわと
絡まっている銀色の髪を掻いて続ける


「だから貴重な糖分をお前に分けてやる」





しばらく、キョトンとした顔で彼は佇む







全く 近藤君もほとほと鈍い


…この人が何を考えてこんな行動に出たのか

誰だって 察しがつきそうなものじゃないか





「何か色々言いたいコトはあるけど…まあ
ありがたくもらっときます、あざっす!





ニコニコと悪意の無い笑みで 差し出された
キャラメルをポケットにしまう彼とは真逆に


施した側の坂田先生は やる気なく


…いや、やる気を落としてため息一つ





「あの、そんな甘いもん渡すの嫌だったんなら
オレ別に返しますよ?」


バカ野郎男が決死の思いでやるっつったモン
簡単に撤回できるか!大事な糖をやったんだから
絶対ぇ試験合格して卒業しろよな!!」



「う…うっす!オレがんばるっすから先生!!





ガッツポーズを取った後、近藤君は側の階段を
力強く駆け下りて行く









間を置かず 安っぽいスリッパの音が


僕の方へと近づいて…





盗み聞きに覗き見か?いい趣味してんのな」


人聞きの悪い、勝手に面倒なやり取りを
始めていたのはそちらでしょう?」





指でフレームを押し上げ 僕は自らの行動の
正当性を主張する


親切にも会話が終わるまで待っていたこちらが
責められる所以は、どこにもない





「で?お前さんは何だってこんな時間まで
学校に残ってたんだよ」


真面目な生徒なので、図書室で勉強に
励んでいたらこの時間となっていたんですよ」





皮肉を織り交ぜつつ答えて見つめ返せば


この人は、憮然とした表情をしていた





「…んだよ、ゴリラな生徒を気にかける教師が
そんなにおかしいってのか?」


「そうは言いませんよ、それに誰が何を
想おうが迷惑を被らない限り個人の自由です」





何より、僕には一切関係が無いわけだし





「妙なこと勘ぐってないでとっとと帰れ優等生」


「言われなくてもそうしますよ」







横をすり抜け様、坂田先生へひとつ忠告した







「…伝えたい事があるなら、ストレート
言わないと一生気付きませんよ?近藤君は」





何しろ、僕がここにいると気付く事もなく
アレだけのことを言ってのけたくらいだ





案の定 どこか不機嫌な声音が返された





「余計なお世話だコノヤロー」


「そいつはどうも」





三月の半ば、巣立ちと共に…春も気付けば近く








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:捏造に近くて申し訳ないですが、表と
リンクさせたかったのでやりました 伊東視点!


伊東:僕はこっちじゃ生徒なのか


狐狗狸:ええ、表が教師なので対比させてます
近藤始め風紀委員の相手には"先生"呼びデフォで


銀八:WD絡めたの無理くりじゃね?てゆうか
オレがアレっぽっちの甘いモンでゴリラに借りを
感じてるとか思うわけ?ねぇ?


近藤:そ、そりゃーお妙さんに渡すつもりだった
逆チョコが玉砕して 仕方なく先生に贈呈した
悲しいエピソードじゃそうですけど…


銀八:…まあ、糖分ならありがたいけどな


伊東:素直じゃないな、この男は


狐狗狸:それはアナタが言うセリフじゃ…いえ
何でもないですゴメンなさい(汗)




初CPですが、あくまで銀近です…個人的には
伊東や桂の参戦なども迷いましたが銀近です


読者様 読んでいただきありがとうございました!