ユウウツな気分になるのは、何もこの時期に
限った事じゃない
もちろん平和が一番だってのは知ってるし
働いてそれなりに長いから ここなりの忙しさの
"波"みたいなものはつかめてきた…けれども
「ガチガチなんですけど、パンパンなんですけど
辛いんですけど冷蔵庫的な意味で」
連休も明け、ロクに仕事が無い中
本格的に備蓄が底を着く前にお金がある内に
食料を買い溜めしておく
たったこれだけの事を実行させるのに
かかった労力と、必要以上に買い込まれた食糧
ついで 居間のソファに倒れこんでいる男を
雇い主だと思うと改めてため息が出る
「毒にも薬にもならないヤツにも矜持はある?」
「ガチガチなんですけど、パンパンなんですけど
辛いんですけど筋肉痛的な意味で…足揉んで」
「イヤですよ新しいパワハラですか」
「むしろセクハラね」
「ちょっ、オメーらちったぁ家主を労れよ」
「十分三百円なら考えるアル」
「オメーに頼んだら治療費のが高くつくわ
それに百分の間違いだろ」
「三百円程度でどんだけこき使う気ですか」
必要ない時にはやたらと機敏に動けるくせに
結局、荷物ほとんど僕と神楽ちゃんに持たせて
スーパーと万事屋を一往復したくらいで
なんでへばってんだこの人は
僕の周囲…てーか江戸の街での知り合いは大概
マトモじゃない連中ばっかりだけど
主人公であり、上司でもある銀さんが
ダメな方に頭一つ抜き出てるってどういう事だろう
ぐーたらだし糖尿病寸前だし自己管理出来ないし
仕事ロクにしないし…
とかくこの人を肴にすればグチには事欠かない
「オレが馴染みの店で食ってたら犯罪ですかぁ?
何罪ですか宇治銀時丼おかわり罪ですかぁ!?」
「だったらいっそ味覚傷害罪でブチ込んでやるよ」
「したらテメェも同罪だバーカバーカ!」
…土方さんにも飽きもせず
毎度毎度似たような感じで突っかかっちゃうし
にしても味覚傷害罪の点に関してはお互い様ながら
「スイマセンね…あの人いつも大人気なくて」
「アイツが勝手に突っかかってくるから
単純に返してるだけだ、お前が気にして
謝る筋でもねぇよ」
この人もこの人で 一々あんなダメ大人
相手にしなきゃいいのに
中身が同レベルというか
妙なトコロで抜けてるというか…
「あれれ〜なに仲良くなってんの大串君と
ダメでしょ税金泥棒に騙されちゃ〜」
「税金泥棒関係ねーだろ!あと誰が大串だ!」
「アンタらもう少し周囲の迷惑考えて下さいよ」
「「じゃかしい黙ってろメガネ!!」」
「ユニゾンすんなそこでぇぇぇ!!」
そのクセ変なタイミングで息合わせたりするし
…もう本当は仲いいだろアンタら
てーか、最近の僕の扱い軽くね?とか
本気で悩んだりする今日この頃
軽くため息なんかをつきつつ、僕ら二人は
人の立ち並ぶホームに並んで電車を待つ
「ったく期待の新人社員が五月病程度に
あっさり負けてんじゃねーっつの」
「万年五月病な銀さんにだけは
言われたくないと思います」
仕事内容からして、神楽ちゃんには退屈な上に
イロイロと不向きそうだったから
今回は留守番してもらっている
万事屋帰ったら 夕飯何つくろうかな…
卵そろそろ使い切らないといけないしなぁ
ぼんやりと考えているウチに
白く曇った窓に人の手や顔が所々張り付いた
電車がホームへとなだれ込む
「げ…これに乗るのかよ…すし詰めどころか
拷問じゃね?人間蒸し風呂地獄じゃん」
「仕方ないですよ、この時間帯ですから
退勤ラッシュなんでしょ?きっと」
うな垂れる銀髪を前へと押しやって
ほとんど詰め込まれるようにして乗り込む
うっく…久々に乗ったけど、こんなに
隙間無いラッシュは、始めてかも…
やや斜め向かいに銀さんが正面を向く形で
立ってるけれど やっぱりこのラッシュは
こたえてるらしくキツそうにして…
……え、う、うそ、これって…!?
電車が動き出してから ようやく気付く
人ごみの中から伸びた手が…股間にあった
「ぎゃぁぁぁっ!ちょ、ちょっと
ドコ触ってんのぉぉぉ…!?」
そう…銀さんの股間に
妙にキレイな手だっただけに
ガッチリと股間をわしづかんで揉んでる様は
果てしなくシュールかつ不気味
「って感想述べてる場合かぁぁぁ!
オレの息子の一大事コレぇぇぇぇぇ!!」
涙目で叫びながらも、人に挟まれてるせいか
腕を伸ばして手を掴む事も出来ずに
銀さんはただ身悶えするばかり
「き、気持ちは分かりますけど…さすがに
この混雑じゃ身動きもロクに取れません…!」
「じゃこのまま大人しく揉まれてろってのか!
二重の意味で揉みくちゃになれってのか!?」
「おっ、落ち着いてください銀さん
周りの人の迷惑にもなりますし」
「今現在迷惑してんのはオレだぁぁぁ!!」
…不運な事に、この電車は急行
つまりは目的駅までしばらくノンストップ
「…ガマンしてください、これを乗り切って
降りる時にとっ捕まえましょう」
「何この屈辱…オレどっちかっつーとドSなのに
羞恥プレイかましたい方なのに…!」
不快さに苦しむ銀さんをなだめながら
どうにか目だけを動かして犯人を探すけれど
混雑具合と位置関係のせいか、全く分からない
ソレをいいことに手はやたら自由に動き回り
目の前にある雇い主の表情が 徐々に
周囲が避けるぐらいヒドくなっていく
…とは言え耐え抜くばかりの地獄にも
きちんと終わりはやってきた
「銀さん、あともうちょっとの辛抱です!」
「ま…マジで…か?」
目的駅まで、あと一駅に差しかかった事を告げ
その途端 相手の腕が引っ込んで―
僕の股間目がけて伸びてきた
「え…うそっ…!?」
逃げる事も出来ず青くなる僕の目の前で
手が怪しげな動きを見せて
―次の瞬間、見覚えのある腕がその手を
根元から力強く握り締めていた
「おいコルァ…さんざオレの息子もてあそんどいて
他のヤツに乗り換えようなんざどういう神経だ?」
駄々上がりしていた不快指数をも上乗せして