「待っててくださいよ、すぐに退院して
アンタに追いついて見せますから」





病院でそのセリフを言って、どれだけの時間


リハビリをして過ごしたろう







大佐達なんかも、ヒマを見つけては
ちょこちょこ病室に訊ねてくれるし


元々交友関係は広い方だから


医者や看護婦さんや他の患者なんかとも
もうすっかり顔見知りだし





こっそり隠れて煙草を吸ったりなんかして
そこそこ日々を満喫はしている





これだけのんびりとした時間はいつぶりだろう


…正直、大佐の下で働くようになってから
マトモに休み取れなかったしな





つくづくトンデモねぇ上司だと思う


薄給で扱き使うわ、やっと出来た彼女と
無理やり別れさせられるわ


オマケにこんな火傷まで腹にもらったし…







でも、あの人の隣はどこか居心地がよかった








〜clear chain〜








いつもオレの目線の少し下にあった
手触りのいい黒髪


やや年より若作りに見える整った顔





普段仕事をさぼり気味で、腹は黒いが
地位に見合った判断力と行動力を持ってて





何だかんだ言いながらも







オレら仲間の事を 思ってた







出来ればあの人の"野望"を前線で最後まで
付き合ってやりたかった





不敵な笑みを称えた大佐の側で


タバコを一本吹かしながら、バカな話で
盛り上がりつつ突っ走りたかった





けれど…もうそれも無理な話





走ろうにも、足が動かないんだ







どれだけ力を込めても 足の指一つ
動かすことが出来ない


感覚の無くなった下半身は
うんともすんとも言わなくて





不意に夜中目を覚ましては


疼く腹の傷を抑えて、歯を食いしばる







……それでも


オレは二度と嘆いたりはしない


やり場の無いこの不満を、仲間達や
身内に吐き出したりもしない





あの人が言ってくれたから









「…待っているぞ





病院でそのセリフを口にして、どれだけの回数


空席になった アイツの定位置へ
目を運んでしまっただろう







あの戦いでハボックは退役を余儀なくされ


他の部下達はていのいい人質として
私の元から離されてしまい


私を含めた彼らは 上からの監視を受けている





…全く、面倒な事になったものだ


"野望"を果たす為の計画はいまだに進行中だが
余計に動き辛くて仕方が無い





つくづく手間をかけさせる奴だ、アイツは


気づけば煙草を燻らせているサボり魔で


口を開けば、出てくるのは女性を紹介しろだの
給料上げろだのの無駄話か


仲間内で騒ぐバカ話のどちらか







だが、信頼の置ける数少ない部下ではあった







短く刈り上げた金髪とやや高めの身長


バカではあるが命令は忠実にこなせて
意外と機転を利かせられる奴で





妙な自信に満ちたあの青い目は





いざと言う時、どこか頼もしくもあった







…今だってそう思っている


決して 口には出さないが









「どうやらこれが最後の見舞いになりそうだな」


「ですね 年明け位にはもう
あっちに移ってると思うっすよ」





後戻りする事は出来ないから


これから先、しばらくはお互い会えなくなる





…今生の別れってワケでもないハズなのに
妙に不安に駆られ


誤魔化すように新たにタバコを取り出すと


この人は眉間にしわを寄せて言い放つ







「退院するまで煙草は控えておけ」


「いーじゃないっすか、オレの
唯一の楽しみなんすよ」


バカいえ、お前が寝タバコでボヤを起こしたら
回りまわって私に小言が来るんだぞ」


「…大佐らしいっすね」





渋々といった感じで煙草を戻したハボックが
すかさず片腕を引いてきた







「そんじゃこっちで」


「私は煙草の代わりか?」


「ついさっき控えろって言ったばかりでしょ
それに、当分は会えそうにないですし」





そうだなと短く笑って、大佐が顔を近づける





これまで何度も交わしてきたのと
変わらなかったキスの味を


しっかりと記憶に焼き付ける







「苦すぎるな…お前とのキスは」


「大人の味って奴ですよ」


「単にニコチン中毒なだけだろう
早死にしても知らんぞ」





普段通りの軽口を寄越してから


別れ際に 笑みを浮かべてみせた







「それじゃ、元気でな」


「ご心配どーも、そちらもお達者で」









年を越してから オレは東部の病院へ移り





それっきり…見舞い客が減った







退院して車椅子の世話になりながら
実家の店を継いだけれども


大佐達はぷっつりと顔を見せない







オレ一人が取り残されたかのような


もどかしい苛立ちは、吸殻の増量として
如実に形となって現れて





そんな時…店のドアが開いた







「へい、らっしゃー…!?











水面下での準備は整って





ついに私は動き始めた







大総統を中央から引き剥がし


彼の夫人を証人として引き連れながら


信頼出来る部下達を引き連れて
中央の軍部へと乗り込んでゆくが…





如何せん、こちらは圧倒的に不利だった







ブリッグスの者達も動き始めたようだが


流石に死者を出さず兵を退けるにも
…限界がある









弾薬も底を尽きかけた所で


ロス少尉とレベッカがシンで仕入れたらしい
兵器を積んだ装甲車で参入してくれた







渡りに船と同行させてもらったが





この流れは想定外だ…一体誰が?







「国軍大佐 ロイ・マスタングです
このたびはまことに「ぶっ!」





久々に聞いた声は上の奴等に使うような
礼儀正しい口調で 思わず笑ってしまった







愛されて80年 あなたの町のハボック雑貨店!
パンツのゴムから装甲車まで、電話一本で
いつでもどこでもお届け参上!!」





受話器を思わず取り落としそうになった







こんなタイミングで救援を寄越すとは





…本当、お前って奴は!







「で?お支払いは?


「出世払いだ ツケとけ!





きっと アイツは受話器の向こうで
煙草を咥えて笑ってるだろう


見なくたって分かる…





払いに行ってやるさ、必ずな







――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:20巻とか22巻のやり取りを見て
一気に書く気を起こして、こんなん出来ました


大佐:前の作品と殆ど似たようなものじゃないか


少尉:あの時のあとがきと矛盾して
ふっつーにタバコ吸ってるし


大佐:それにセリフで視点が一々変わるなんて
分かりづらいにも程がある


少尉:結局、何が書きたかったんだか


狐狗狸:……二人が醸すあの独特の
雰囲気じゃぁぁぁぁ!!(泣き逃げ)





進歩が無くて、本当に失礼しました!